チップ
「の……脳内に埋め込む……」
「そうだ。もともと我々が組織を結成した理由もそこにある。だから、君の命的にも我々の組織的にも重要な事なのだよ」
パチンッと、彼女は甲高く指を鳴らして合図を送る。そうすると、一つしかないドアから、ガリガリにやせ細った男が出てきた。髪は薄い灰色、身長は猫背なためよく分からないが、そこそこ高そうだ。薄暗くてよく分からないが、首元に何か付いていた。
「ありがとうシルク。例のものを彼の前へ」
シルクと呼ばれた男は、手に持っていた虫かごを2つ、寒咲の目の前に置いた。目の前といっても、そのままの意味ではなく、足元に置かれたと言った方が正確か。
「あの……これは?」
「この虫かごには二匹のネズミが入っているんだよ。君から見て右側のネズミは、脳内にチップが入ってる。これから、この二匹を戦わせてみるよ」
シルクは低い声でゆっくり説明した。なるほど、これが俗に言うイケボというやつか。
「シルク良いぞ。ネズミを出せ」
解き放たれた二匹のネズミ。右側のネズミをみーくん。左側のネズミをひーくんとしよう。寒咲はまず、ネズミの第一行動の違いに驚いた。ひーくんは虫かごから放り出された後、何が起きたか分からないと言ったように、数秒間固まってしまった。しかし、みーくんは違った。虫かごから放たれた直後に、ひーくんに向かって走り始めたのだ。
「右側のネズミに埋め込んだチップは、殺意増強チップ。視界に入ったネズミを殺すように操作される」
彼女は涼し気な顔でそう説明したが、寒咲の耳には入ってこなかった。
猛ダッシュでひーくんへと襲いかかったみーくんは、まず相手の足へと噛み付いた。思わず声が漏れたひーくんの悲鳴にもならない声を聞いても、みーくんは攻撃の手を緩めなかった。足、それが終われば腕、耳や鼻なんかもガツガツ食いちぎり、最終的に目玉を噛み潰すという狂気を演じて見せたのだ。
「これが、チップの効果です。今回ネズミに使用したチップは、当然あなたに使うつもりはありません。どうかご安心を」
シルクはそう言ってみーくんを優しく抱き上げた。どうやらこのネズミは本当にネズミ同士でしか争わないようだ。シルクの手のひらに乗るやいなや、甘い鳴き声でシルクに忠誠を示していた。
「今見ていただいたように、どこにでもいるバカネズミが、我々のチップを使うだけで、一流の殺し屋へと成長した。このネズミと同じように、君の脳内へとチップを埋め込む事に成功すれば、今回のミッションも容易く終わるだろう」
相変わらず冷淡な態度をとる彼女に、少し狂気に似た恐怖を感じたが、寒咲はすぐに質問した。
「ほう。なら、今回俺は殺人鬼を殺しに行くわけだけど……いったいどんな凄いチップをくれるんだ?勿論クソみたいな内容じゃない事を願ってるけどね」
寒咲は少しワクワクしていた。あの何も生まれないクズ人間の生活には無かった新鮮味と、目の前で見せつけられた実績に、少なからずとも興味はあった。問題はどんな内容のチップかという事だ。
「今回、君に埋め込ませていただくチップは」
こんなにドキドキするのは大学入試以来だ。
「水……もとい液体を操れるようになるチップさ」