アブない夜
日が落ちて、星が夜空に散りばめられ始めたころになってようやく──薬が完成した。
タイヨウの果汁の他に必要なものはすべて用意されていて、手順も難しいことはなかった。濾して、蒸留して、混ぜて、攪拌して、温めて、冷やすだけ。
そのことをカルに言うと、
「専門家の簡単は、素人には簡単じゃねえんだよ。オレにはああいう細けェ作業はダメだ」
薬が出来上がったからか、上機嫌にそう言った。
──たぶん、ほめてる……のかな?
ボクが作業している間に、カルがまた狩りをして食事を用意してくれていた。薬に没頭しておなかがすいていたのに気づかなかったボクは、それをペロリとたいらげる。
満腹だ──仕事もきちんとできたからか、ものすごく満たされた気持ちだ。
「しかしマクナ、オマエさ」
その気持ちに、こいつはすぐ水をさしてくる。
「よく今まで生きてこれたな」
「どういうことだよ」
「警戒心がなさすぎるってんだよ」
警戒──?
「まず女ひとりで店番やってたのがありえねえな」
──だから、ボクは
「ダークエルフの言うことを簡単に信じてついてくるし、男との二人旅だっていうのにな」
ボクは!
「夜もグースカ寝やがるし。襲われたらどうするつもりだったんだか」
ボ・ク・は!
「ま──安心しろ、オレは」
ボクは!!
「男にしか欲情しねえから」
「ボクは男だッ──って、エッ」
え?
……えっ?
「オマエが女でなきゃ、わりと好みなんだよなァ。とっとと手を出してたとこなんだが──ん?」
………。
「オマエ、今なんつった?」
「さ、さあ? 聞き間違いだ──じゃないかしら?」
じり──と、腰をわずかに上げて後ずさる。
「わたっ、わたし、別になにも言ってないことよ」
「シルヴィア、発言を許す。──言ったよな?」
『聞いた聞いた。男の子だって』
弓から致命的な証言が発せられた。
『意外ィ。確かに男物の服着てるし、胸もないし、男っぽい顔してるけど、そういう女の子だと思ってた』
「あァ、オレもな。気をつかって触れないでやってたつもりだったんだが」
よくある。
コイツらのように勘違いされることは、五度に四度ぐらいの確率で、よくある。お客から口説かれたことも、まあ──少しある。男の子っぽい女の子だと思った、と、そう言われることは、よくある。
そういうときは男だと伝えるだけで、心を折ってやれたものだけど──
「なんだ。気をつかわなくてイイみたいだな?」
折れない相手は、初めてだった。
「イッ、いやいや、気をつかえよ! ボクは男なんて──ふ、普通に女の人に興味があるんだッ」
「興味ねェ……もう済ませたのか?」
「はっ? 何を!?」
「女とヤッたことあんのかって訊いてんだよ」
「そっ、そんなの関係ないだろ!」
「んじゃ男とは?」
「あるわけないだろっ!」
「んだよ」
カルは、身をのりだしてイヤらしく笑った。
「どっちとも経験なねーんなら、どっちがイイかなんてわかんねーじゃん。まずは男と初体験といこうぜ」
「どどどどうしてそうなるんだよっ!」
「ヤッてもいないのに判断なんてできねーだろ? イイじゃねえか──別に女との経験が後でも」
「よ、よくな──うわっ!」
逃げ出そうと力を入れた瞬間──背中から組伏せられていた。何が起きたのかさっぱりわからない。手も足も、どんなに力を入れても動かない。
「ひぃぃ──」
何か、何とかしないと──そ、そうだっ。
「しっ、シルヴィアはいいのかよっ!」
「ハァ?」
「だってほら、あの時、ご無沙汰とかご褒美とかなんとか──こ、こういうイヤらしいことなんだろっ? シルヴィアにしてやんなくていいのかよっ!」
今なら分かる。アレってつまりこういうコトの話で──
「──ああ。そんなら、コレがご褒美だぞ」
「……えっ?」
「コイツは男色専門の覗き趣味だからな」
は?
『ショタハーフエルフとかめっちゃたぎるわ。法力ガンガン溜まってきた。ドンとイけ! ドンと!』
「ま、オレの方は溜まってたしな」
最低だこいつら。
「まァ、初心者相手に手荒なことはしねェよ。気持ちよくしてやっから、任せなって。な?」
「ちょ、ボクは、やめっ、服っ……あっ、やっ……!?」
あの時感じたことは間違ってなかった──コイツは……コイツは、本当に、最低の客じゃないか!?
2021/12/29改稿