初めての野営
慣れない山道を歩いて、やがて日が沈んで──
目的地には到着していなかった。
カルの予定では今日中に目的地付近に到着して、明日から材料の採取を始めるとのことだったんだけど──
「いやァ、素人を連れて移動するんだってこと、うっかり忘れてたぜ」
「………」
そう、ボクが足を引っ張っていた。
慣れない山道に足をとられて、何度も休憩をいれてもらって……今だって夜営の準備はカルに任せきりだ。手伝おうにも、何をしたらいいのかさっぱりわからない。というか、疲れて眠くてもうダメだ。
「オイ、寝る前に少しは腹にいれとけ」
呼び出された光の精霊による小さな明かりを背に、カルがパンを差し出してくる。
「まだ固くなってねえやつだから、そんまま食えるだろ」
「……カルは?」
「オレは水だけでいい。食事はだいぶ前に済ませたからな」
ダークエルフの食事。
「それって、あの……」
「あァ……知ってるのか。ま、知られてる通りだよ」
ダークエルフは──木を食らう。
と言っても葉っぱや枝を食べるわけじゃない。木の精髄──命を食らうんだ。
精髄を失った木は、枯れてしまう。その代わりにダークエルフは木の寿命に応じた活力を得る。水だけで何日も──食らった木によっては何年も動けるぐらいに。
それがエルフたちから嫌われている理由のひとつでもある。木々や森を愛し共存するエルフにとって、死の森を作り出すダークエルフは、忌むべき存在なんだ。
そして──エルフにとって忌むべき存在と言えば、もうひとつ……。
「どうした、食えよ」
「ん……」
うながされて、仕方なく、もそもそとパンをかじる。……固い。これでまだ柔らかい、って本当? 無理矢理噛み切って、もらった水と一緒に咀嚼する。
「なんか気になることでもあんのか?」
「ちょっと……」
「ウジウジすんな。こっちが気になってしかたねえんだよ。なんかあるなら話して楽になっちまえ」
なんでボクが悪いように言われるんだ。人が悩んでるっていうのに。
「……アンタの知り合いのことだよ。あのエルフの」
「あァ──アイツがどうかしたか?」
「あのエルフが……ほら、言ったじゃないか。穢らわしい、って」
疲れたからだろうか。今さらになって、その言葉が胸に突き刺さってきていた。
穢らわしい、ハーフエルフ。
世界にはいろいろな種族がいる。そのなかでも人間や人類と呼ばれているのが、ヒト、エルフ、ドワーフ、マトール、ギグルなどの種族だ。
ダークエルフも、区分としては人類の範疇に入る。いくら嫌われていても、生物学上の区分は変わらない。
人類、と呼ばれるものの大きな特徴として、異なる種族間でも子どもを作ることができる、というものがある。でも、生まれてくる子どもは、片方の種族でしかない。ヒトとギグルの間に生まれた子どもは、ヒトかギグルなんだ。
ただし。ヒトとエルフの場合だけ、混血児──ハーフエルフが生まれる。
そして、ハーフエルフは子どもを作れない。
それを他の種族は欠陥だと言い、ヒトとエルフに種族としての問題があるのだと言う。ヒトもエルフもどちらもそれを認めず、相手におしつけ、そしてハーフエルフは忌み嫌われている。特にその親である二種族から。かろうじて人類の範疇には入れてもらっているけども……。
「くだらねェ」
──人に話せと言っておいて、カルは短く吐き捨てた。
「だいたいアイツは、エルフつっても平野歩きだぜ。他のエルフからしてみりゃ、バカにされてるような連中さ」
平野歩き。森に国を構えるエルフたちが、森からでて生活をしているエルフに対する差称だ。
「でも森から出ている人の方が、商売は成功してたりするらしいじゃないか」
「まーな。アイツもアレで領地持ちの貴族だったりするしな。だが森のエルフからしたらそんなもんは知ったこっちゃねえ。平野歩きは平野歩きなんだ」
「ヘンなの……」
「そういうこった」
カルがボクの顔を指さす。
「エルフの基準はおかしいだろ? だからよ、ハーフエルフのことだって、そんなもんだ」
──ああ。
「気にするこたあねェよ」
そうか、これは──慰めてくれてるのか。なんてまわりくどい。なんて不器用な。
「あんだよ、何ニヤニヤしてんだ」
「べつにぃ」
「チッ──さっさと食って寝ろ」
言われなくても、もう眠気が限界だった。
ボクはパンの最後のひとかけらを飲み込むと、マントにくるまって、すぐに眠りの世界へと落ちていくのだった。
2021/12/29改稿