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ももんがのようなもの

「めんどうなヤツも追ってきたし、予定より早いがこっから山道だ」


 物騒なエルフを見送った後、カルがそう言ってボクたちは街道から外れた。


 街道と言っても、隣町へ続く狭いもので、馬車や人に踏み固められただけの道だったのだけれど、山道を行くことになってボクはそれがどんなにありがたいものか知った。


 まず、歩いてるのが道じゃないもの。


 地面を木の根がでこぼこにして、落ち葉とやわらかい土が足を取り、かと思うと急にとがった岩がでてきたりするし、鋭い葉の草が生えていたり、小さな木が枝を伸ばしていたり。とてもじゃないけどスイスイとは歩けない。


 そんな状況で、カルは木々がジャマする苔むした斜面を、ひょいひょいとジグザグに歩いていく。 まっすぐにではなく、斜面をすこし登るように横切り、折り返しては横切り、という感じに。


「ま、待って、早いよ。ちゃんとした道じゃないんだから」

「ア? 道だろうが。ほれ、ああいってこういってこう進むんだよ」


 指し示された『道』とやらは──さっぱりわからない。


「どこが道なのさ」

「だからよ」


 話を聞くと、獣が歩いた痕跡があるらしい。それを追うことで効率よく移動できるとのことだけど……それって、獣並みの人間にしか見えないんじゃないかな、うん。


 こんなふうに歩くのにも苦労しているけど、それより気になるのは。


「あのさ。危なくないの?」


 町の外は危険であふれている。そう聞かされてきた。獣、山賊、それに魔物──いつ襲われてもおかしくないって。


「ア? そうさな。オマエは転ばないことだけ考えてろ」

「なっ──なんだよ、それ。子ども扱いするな!」

「んなこと言ったって、他に何があるってんだ?」

「そりゃ──獣とか、山賊とか、魔物とかさ」

「ハッ」


 カルは鼻で笑った。


「獣は今ぐらいの季節は食いもんがたくさんあるからな、わざわざ人間を襲ったりしねえよ。気配を察して向こうから避けてく。山賊? そんなのはもっと人通りのあるところを狙うモンだ」

「う──じゃ、じゃあ魔物は?」

「こんな近くなら、数が多けりゃとっとと町を襲ってら。この山には──ま、いねェとは言い切れねェ。獣のデカい版みたいなヤツなら、ポツポツいるかもな」

「ほ、ほら!」

「んだよ、心配すんな。そういうのは数がすくねえし、いざとなったらコイツがある」


 そう言って、カルは背中の弓を指した。


「オマエはオレの後をしっかりついてきてりゃそれでいい」


 たいした自信だった。


 ……確かに、さっきの精霊の技はすごかった。それよりももっと、弓のほうに自信があるのだろうか。


 ──と感心した矢先──ボクは気づいてしまった。


「ちょ、ちょっと、それ──弦を張ってないじゃないか!?」


 弓は弦を取り外されたままだった。そして、そのうえ──そのうえ、おそろしいことに──


「っていうか、矢筒は!? 矢、持ってきてないの!?」


 そう、こともあろうに、こいつは矢を忘れていた。


 バカな。……街に入るときには武器をすぐに使えないようにする、そういうマナーはある。剣の鞘を布で巻いたり、槍の穂先に覆いをつけたり。


 でもだからって──街から出る時にその処置を外さないバカがいるもんか!


「──ああ」


 ところがカルは


「コレは、()()でいーんだよ」


 とだけ言って、さっさと先へと歩き出した。


 いや、いいわけない。絶対、いいわけない。


 だからボクは、町へ引き返そうと言おうと、追いついたカルのマントの裾を掴もうとして──


「頭下げろッ」

「むぎゅ」


 弾かれたように振り向いたカルに頭を押さえつけられて──


 ヴォムッ──


 嵐のような風の音が、一瞬前まで僕の頭のあったところで、した。


「えっ、なっ、なに!?」

「アイツだよ、ほれ、あの木の上の方」


 カルが指すほうを恐る恐る見上げると、そこには見たこともない生き物が張りついていた。


 二本の手首と、二本の足首、その間におぞましい赤い皮膜のようなものが張られている。手足を伸ばせば、ぴんと張り詰めた一枚の布のようになりそうだ。


 そして大きな牙がはみ出た口、赤い目をもつ頭がくっついていて──


「ね、ねず……いぬ?」

「さあな、リスみたいなもんだとは思うが──っと!」


 そいつが──飛んだ。皮膜を広げて、おそろしい速さで滑空して。


 がちん、と、またカルに押さえつけられた頭の上で、牙の閉じる音がした。


「まっ、魔物!?」

「あぁ──かすかに魔力は感じるな。だが力はそこらの獣と変わらねえ。おおかた食うに困って契約した雑魚だろ」


 カルはイヤらしく笑う。


「こういうはぐれもんは、かなわねえと分かれば逃げていくものさ」

「はぐれもの──」


 ガサガサッ──


 木々が揺れて、その重なりあった葉の隙間から無数の赤い目があらわれた。それはあの皮膜をもつ、魔物の群れ──


「はぐれてなくない……?」

「群れごと魔物に堕ちたみてえだな。ま、そういうこともある」

「な、なんなのさ、こいつら! どうするんだよ!?」


 魔物は、人間を襲う。人間を食らうようにできているからだ。


 つまりこいつらは、群れでもってボクらを食べようとしているわけで──


「ギィッ!」

「ひぃ──」


 魔物のおぞましい鳴き声に、ボクは身をすくめてしまう。


 もうだめだ、いっせいに飛びかかってきて、食べられる──


「転ばないことだけ考えてろ、つったろーが」

「……へ?」


 目をひらくと──魔物がぽとり、と地面に落ちていた。


 カルの腕が目にも止まらぬ速さでひらめき、もう一匹、断末魔の悲鳴をあげて地面に落ちてくる。


 二匹とも首を正確に、ナイフで切り落とされていた。


「こんなもんで──ホレ、ケツまくって逃げてくぜ」


 素早いものだった。仲間を失った魔物の群れは、あらわれた時と同じように、一瞬にして姿を消していた。


 どうよ──とでも言いたげな顔でカルが見てくる。


 ──実力は認めなくちゃいけないようだった。


 ただ、その──やっぱり気になるんだけど──矢を持ってきてないのって、弓を使わないから、ということなんだろうか……?

2021/12/29改稿

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