ナガとモルダ
ボクの怒りはともかくとして、カルはどういうわけかこの二人を気に入ったようだった。気づけば四人、車座になって食事をとっている。
「ほら、これおいしいんだよ」
「あ、どうも」
ボクの隣に座った長い方は、なにかとボクの世話を焼いてくる。丸い方は機嫌のいいカルと一緒に酒を飲み交わしていた。ゲラゲラ笑ってすごい盛り上がっている。
マトールの長いのはナガ、丸いのはモルダと名乗った。この二人、実際には血が繋がっていないらしい。偶然にも同じ模様の頭髪だったのをきっかけに、義兄弟の契りを交わしたのだという。
「これはエルフがなかなか外に出してくれない果物でね、干して保存食にしてるんだけど、生よりも甘味が増すんだよ」
「ほんとだ、甘い」
森の入り口の町では青果のまま売られていたザプル。生だとシャクッとして爽やかでほんのり甘味がある感じの、どちらかというと野菜のような果実だったんだけど、干したのは噛みごたえがあってずいぶん甘かった。
「生の方が水気があっていいんだけどね、干した方が腹持ちはいいし便利だね。ジャムにしてもおいしいよ」
「詳しいんだね」
「そう!? ま、僕は植物の研究を生業としてるからね」
ナガが得意気に胸を張る。
「意外かな? 僕が学者なんて」
「──そりゃまあ」
いきなり人の奴隷で童貞を捨てようとしてくるのが、学者なんてイメージに合わない。いやボクは奴隷じゃないけど!
「そうかあ、これでも学者仲間の間ではけっこう有名なんだよ。植物に興味ある? 錬金術師なんだよね、薬草とかそういうの、教えてあげるよ! だから一発やらせてくれない?」
「結構です」
こうしてことあるごとに関係を迫ってくるのなんて、ただのチンピラだ。
「学者ねえ。そんな学者先生がこんなとこに何の用だ?」
そこへスッと、カルが会話に割り込んでくる。
「エルフが統治してるたァいえ、未開の場所も多いし危険な獣も多い森だ。どうせオマエら許可証なしで森に入ってんだろ?」
「ヘヘ兄貴にゃかなわねな」
すっかりカルは兄貴分扱いされていた。丸い方、モルダがなぜか照れながら言う。
「俺らは別に悪いことしよとしてるわけじゃね。ただ花見をしにきただけでさ」
「──花見?」
「そうなんだよ、花見に来たんだ」
ナガが身を乗り出して説明する。
「聞いたことないかな、リダンの森の奥に生えるメンブリムの樹のことを。数年に一度だけ一斉に花を咲かせるんだ。それは見事な光景でねえ。エルフたちの間でもこの花を見に集まる催しがあるほどなんだよ」
「へえ……そんな樹があるんだ」
ボクが感心していると、カルが話を進める。
「あァ、噂にゃ聞いてる。なんでも、見張りまでつけて開花を監視してるらしーな。このへんだったのか」
「そうそうそう。数年に一度というのがミソでね、咲く年と咲かない年が不規則にやってくるんだ。それでエルフたちは見張りをつけてる──花を独り占め、というか種族占めするためにね」
「どういうこと?」
「ケッ。ヤツラにとっちゃメンブリムは縁起モンなのさ。だから他の種族は花見に参加させねえっつーわけだ」
ケチだな。花ぐらいみんなで見てもいいだろうに。
「貴重な開花を観察させてくれない──それならこっちにも考えがあるよね」
ナガはにやりと笑う──キマッてない。
「開花の時期を予測して、エルフたちを出し抜いて花見をしてやる──それがリダンの森周辺に住む植物学者の楽しみなのさ!」
「できるの、そんなこと?」
「監視すればいいエルフと違って僕らは予測する必要があるからね、研究の真剣さが違うよ。当日に嵐でも来ないかぎり、確実に開花を予想してみせるよ」
「それに付き合わされるのもいい迷惑なんだが、弟の頼みだから護衛してるわけさ」
モルダは学者ではないらしい。まあ、武器も携帯してるし、違うだろうなとは思ってたけど。
「──へえ、面白いじゃねぇか」
「カル?」
カルがニヤリとイヤらしく笑う。
「エルフどもを出し抜くってのが気に入った──マク、オレたちも花見に参加すんぞ」
2022/1/7改稿




