騒がしい追手
そろそろお昼時だったけれど、急ぎたいというダークエルフ──カルの主張で、町を出ることにした。
外壁に囲まれたこの街を出るには、衛兵のいる門を通る必要がある。フードとマントで全身を隠したカルが、何か言われるんじゃないかとヒヤヒヤしたんだけど……意外にも何もなかった。そのことを話すと、カルはフンッと鼻を鳴らした。
「この街に入るときに、オレは病気持ちで顔もひどく膿んでいて、近づくとうつるぜ……って言ってやったのさ。そしたらアイツらビビッて、どうぞお入りくださいとよ」
「えぇ……衛兵がそんな……」
「税金払ってる身としちゃ怒りたくもなるだろうが、こんな片田舎じゃこんなもんだ」
そう言って、カルは下品に笑う。街の外に出てフードを取っているので、下品さが丸見えだ。
片田舎……そうなんだろうか。なにせ、この街を出たことがないから、他と比較ができない。確かに都会とは言えないと思うけど、田舎と言われるとは。
カルは──それほど、世界を見てきているんだろうか。
少しだけ評価をあらためたボクは、カルにこれからの予定を訊くことにした。山道を行くとは言っていたけど、いったいどこに行くんだろう?
「あの、目的地はどこ──ん?」
その時だった。後ろ──街の方からかすかに地響きが聞こえてきたのは。
「ハーッハハハハハハァ!」
──地響きより、笑い声みたいなものの方が大きかった。
振り返って見てみると、三騎の馬に乗った人物が、こちらに向かって迫ってきていた。たぶん、三人とも男──だと思う。
「みぃ~つ~け~た~ぞぉぉおおお! ハーッハハハハハハァ!」
いやだって、まだ豆粒ぐらいの大きさなんだもの。声がここまで届いている方がおかしい。
「そこになおれぇええええ、カルグゥゥゥ! ハハハハハハ!」
「……呼ばれてるけど、知り合い?」
「バカ言え」
「今日こそ殺してやるぞぉおぉおおお、カルグゥゥゥ!」
「……何をしたの?」
「何もしてねえよ。たく、いつまでも絡んできやがって」
カルは顔をしかめて首をかいた。そして、ボクの肩を叩く。
「よし、ちょいと任せた」
◇ ◇ ◇
「むう──奴はどこへ行った?」
しばらくして姿を表したのは、物騒な発言とは真逆の容姿の人だった。
複雑に編み込まれ、肩まで伸びた金の髪。整ったパーツが並ぶ顔。
「今日こそ、あやつめをこの世から消してやろうと駆けてきたというのに」
苛立ちに揺れる──長い耳。
「そこの者に訊いてみてはいかがでしょう」
後ろに付き従う二騎──全身鎧を着た騎士のひとりがボクを指さす。そこで初めて気づいたかのように、金髪は──
「ああ──ハーフエルフか。穢らわしいモノは無意識に目が避けてしまっていかんな」
──金髪のエルフは、冷たい目でボクを見た。
「ハーフエルフよ。ここで汚物──ダークエルフを見なかったか」
あまりの物言いにボクが固まっていると何を勘違いしたのか、得意気に笑う。
「そう怯えることはない。我は、我が種族のものと違って、ハーフエルフにも寛容であるからな」
いや、さっき思い切り、穢らわしいとか言ってたけど?
「我が憎むのは仇敵ダークエルフのみ。そして今はカルグと名乗る男を追っている。先ほどその姿を確認したのだが、見失ってしまった。行方を知らないか?」
「えっと──あっちにすごい勢いで走っていきましたけど」
事前の打ち合わせのとおり、ボクは街道の先を指し示す。
多少の起伏があって、ぽつぽつと木々が生えているだけで見通しがいい街道には、誰もいない。
さすがにこんな言い訳で騙されるような人がいるわけが──
「奴め──逃げたか」
──いた。
「追わねばならん。我が威信にかけてな。礼を言おう、ハーフエルフの少女よ。ではな」
そしてエルフは、華麗というかキザったらしくマントを翻して、馬に拍車をいれて駆け出して──
いやだから、ボクは男だって!
そんな文句を言う暇もなく、三騎は土煙をあげて街道を走ってってしまった。あっけにとられるボクの背後から、クックッという笑い声と共にカルが現れる。
「だから言ったろ? 絶対いけるって」
いったい何が起きたのかと言うと……まず、驚くことに、カルは精霊使いだった。それも使い手が少ないと言われる、光の精霊使い。彼はその力を使って、さっきまでボクの背後で精霊に姿を隠してもらっていた。
たぶん──かなり腕のいい使い手、なんだと思う。
「……あの人に何をしたのさ?」
「この間、ちょっとな。ちょっかいをかけたことがあって──それからしつこく追われているのさ」
「殺されるほどのちょっかいを?」
「ん? あァ、殺してくれ、とは言われたが、それぐらいだな。オレとしちゃとっても良くしてやったつもりなんだが」
カルはなぜだかニヤニヤと笑う。
「まったくプライドの高いやつってのは、めんどくせェモンだぜ」
確かにあのエルフのプライドは高そうだった。うーん……たぶん、カルに命の危機を救われて、「ダークエルフに救われるなど末代の恥だ、殺してくれ」──とかいうところだろうか?
なんだ、ダークエルフもいいことをするんだな。
──と、この時のボクはまだ、そんな好意的な勘違いをこの男にしていたのだった。
2021/12/29改稿