穢れた子
「悪かったな」
「──?」
夜。火も炊かない夜営をはじめた頃に、カルがぽつりと言った。
「何が?」
「だぁら──その傷だよ」
カルがボクの頬を指す。それでようやく合点がいった。
「──ボクの不注意だったし、カルは関係ないよ」
あれから。
街では予定通り夕暮れ過ぎに騒ぎが起きて、ボクたちは検問を抜けてリダンの森の中へと踏み込んでいた。だいぶ奥へは進んだけど、カルは万一を警戒して明かりを使わないでいる。月の光だけが頼りの夜営のなか、ずっと不機嫌そうだったカルがやっと口を開いて発したのが、さっきの言葉だった。
「大丈夫だよ。これでも薬師だし、自分で薬は塗ったから痛みは引いたし」
「でもムカついたろ?」
「……そりゃあね」
街でカルと合流したときに、事情は説明した。エルフの子供たちに出来損ないと絡まれて、フィンデリオンに助けてもらって……あまり言いたくなかったけど、しつこく聞いてくるから、全部。
「だけどあれよりもっと酷いことを言われたこともあるし……ボクが穢れた子だっていうのは、間違ってないからね」
ハーフエルフは、エルフとヒトの間で生まれる。ヒトより遅く成長し、エルフよりも醜く短命で、子孫を残せない欠陥のある種族。他の人類の間では起こらないこの組み合わせを、他種族はエルフとヒトの欠陥と蔑み、それゆえに2種族からハーフエルフは忌み嫌われている。
それをあえて産むほど、両親が愛し合って生まれるハーフエルフを愛の子と呼ぶ。けれどそんなケースはほとんどない。
「ボクは母さんがエルフで──父親はヒトの山賊の誰かだ。村を襲って母さんを犯した」
どちらかの種族……大抵がヒトが、エルフの女を凌辱して産まれるのが、穢れた子。ハーフエルフの出生の話としては珍しいことじゃない。
「……ボクが穢れた子でも、母さんは産んで、愛して、育ててくれた。母さんが命をかけた子どもなんだ──出来損ないなんかじゃない。それだけは言わせるもんか」
「出来損ないなんかじゃねぇし──穢れてもいねぇよ」
いつの間にか、カルが隣に座っていた。ボクの頬に手をやって──涙を拭う。
──ボク、泣いてたのか。
「生まれてくる子供には、親の事情なんか関係ねえ」
真剣に、カルが言う。
「子供が親の業を背負う必要なんてこれっぽっちもねェんだ。だからあんま気負うな。気楽に生きりゃそれでいい。オマエの母親だって無理してほしいなんて思っちゃいねえだろうよ」
「──そうかな」
今度は頭を撫でられる。いつもなら振り払うとこだけど──今はその手つきがイヤらしくないから、そのままにした。
「──カルはどうなのさ。……両親ともダークエルフ?」
ダークエルフは数が少なくて……他種族の女性をさらって子供を作らせる、と聞いている。それも他の種族から嫌われる一因だ。
「父親はな。母親は知らねェ──親父もさっさと死んだしな、知る機会もなかった。ウチの部族はチト特殊なんだよ」
カルは首を掻く。
「特殊ってどの辺が?」
「まァ──いろいろだ。例えば里を持っていることだな。ダークエルフは普通、森の中を移動して暮らしてんだよ。でないとエルフに見つかる──ダークエルフが食った木の痕は分かりやすいからな」
「へえ。そういや実物を見たことがないや。どんな風になるの?」
「里に入りゃイヤでも目につく。お楽しみにとっとけ」
「ケチ」
「ヘッ」
カルがいつものようにイヤらしく笑ったので──ボクは頭の上の手を払いのけて距離をとった。カルは肩をすくめる。
「里についたらいろいろ説明してやんよ。今日はもう寝とけ」
「──わかった」
ボクはカルが用意してくれた寝床に横になる。エルフの住む森だからだろうか、枯れ葉を積んだだけでもすごく柔らかい。マントだけでまるで極上のベッドみたいだ。
「あー……」
「あンだよ?」
うん……まあ、その……カルなりの気遣い、だったわけだし。
「……その……ありがとう。……おやすみ」
「おっ……オゥ」
………。
『ホァァァアアアアアア! なに今の! ねえ聞いた!? 萌え、萌えるっ!』
「うるせー勝手に出てくんな寝てろバカ!」
『イヤァァァはかどりすぎて寝れないぃぃいいい!』
至法の弓から発する声をとにかく無視して、ボクはなんとか眠りについた。
2022/1/5改稿




