竜
「たく、厄介な遺産を残しやがって」
ボクが最初のショックから立ち直ると、カルはボクの口から手を離した。
「こんな──獣を拉致してるなんてコイツの種族にバレたら、この街は一瞬にして火の海だぜ?」
「だ、だよね……?」
ドラゴン……竜族。
──いろいろな絵に描かれ、詩なっている、世界最強と謳われる種族のひとつ。実物を見るのはもちろん初めてだ。
彼らにはさまざまな伝説がついてまわる。噂とも事実ともわからないような逸話のひとつに、竜族は自分の種族の名を呼ばれると、どこにいても聞きつけるというものがある。──それじゃあ『獣』としか呼べないはずだ。
そして──彼ら竜の数は少ない。この大陸にも数えるほどしかいないといわれている。
だから種族間の絆が強くて、ひとりに何かあれば種族をあげて報復があるらしい。そうして滅んだ街や国が詩になっているぐらいだ。
「──だからドワイトさんは、隠し続けようとしたの? 街を──守るために?」
「さァな。脅しの道具として保持しておきたかっただけかもしれねぇぜ。いざとなれば殺して街に同種をおびきよせるぞ、とかな」
カルは肩をすくめる。……ボクにも、よくわからなかった。ドワイトさんがどういう考えでいたのか……。
『どうやらいつもの生け贄とは違うみたいだね』
「ッ!?」
──声が──竜の方からした。
反射的に身構える。ボクたちと竜の間には鉄格子があるけれど、それは人間サイズなら余裕で通り抜けられるものだった。竜だって、その気になれば爪のひとつぐらい、こちらに伸ばせる──
『そう警戒しないで──食べたりしないよ。僕も困っているんだ。竜が人を食べれば力を増すなんて迷信なのに、ここ最近、毎晩送ってくるものだから』
響く声は──ずいぶん幼い印象を受けた。
『最初の人は塔から出してあげたら、その後で殺したってって言うし。だから次からはこうしてかくまっているんだけどね……』
竜がその赤色の翼を持ち上げると、いくつかの人影がその向こうにいるのが見えた。老人、浮浪者、旅人──たぶんそういう人たち。ずいぶん消耗した様子で、こちらを見ても声もあげなかった。
『運ばれてくる食事を分けるにも限界があってさ。だいたい生肉だし……ああ、君はさっき窓から顔を見せたダークエルフだね。もしかして、君たちはこの人たちを助けに来たのかい?』
「いや──用事があんのは、オメエだよ」
『そうか。じゃあ、オルネル。そう呼んでくれるかな? 獣なんて呼ばれるのは惨めになって嫌なんだ』
竜は──オルネルはそう言って溜め息を吐き、それが部屋中に風となって吹き荒れた。
「うわっぷ!」
『ああ、ごめんごめん。人型に変じられればいいんだけど』
また風が吹く。身構えてなければ飛ばされそうだ。
「変身できねえのか?」
ただひとり平然と立っているカルが訊いた。
「オマエらの種族は、全員人型になれるんだろ?」
『もちろん。その方が食べる量も少なくて楽だからね。変身したいんだけど──実は、呪いをかけられていてさ』
竜──オルネルが爪で首を指す。その部分だけ首輪のように黒ずんでいた。
『法術使いに罠に嵌められてからずっとこうなんだ』
ドワイトを脅して領主の座を奪った、老法術使い。彼がオルネルに呪いをかけたのだろう。
『さて──僕に用事っていうのは? 生け贄じゃないとすると、ドワイトの遣いかな?』
「まァ、結果的にヤツを助けることにはなりそうだが──」
カルは首を掻く。
「オマエを助けに来たんだよ、オルネル」
『へえ──ダークエルフが人助けだなんて、珍しいね』
「うるせェな、オマエらの種族の報復のとばっちりを受けたくねえだけだ」
オルネルは──笑ったんだろうか。竜の表情はよくわからない。
「ここから出してやる。──その代わり、ママにチクんのはナシだ」
「ちょ──ちょっと、カル、そんな言い方!」
オルネルが機嫌を損ねて、火でも吐いたらどうするのさ!?
「あんだよ。間違ってねえだろ、なあオルネル」
『その通り、僕はまだ子供だからね。ハーフエルフの君と同じで、成長するのが遅いんだ』
「えっ──大人じゃなかったの? こんなに大きいのに?」
はっきりと──オルネルが笑った。体を揺すって、塔がびりびりと震える。
『大人は僕と比べ物にならないぐらい大きいよ。だから不便がって、人型でずっと生活するようにもなる──こうして本来の姿を見れるのは、なかなかないことだよ。たっぷり観察するといい』
気さくだ。竜って、詩の中じゃ恐くて威厳のあるひとばかりなのに。
『話がそれたね──ああ、いいとも。種族の誰にも告げ口しないよ。というかウッカリ捕まって閉じ込められてたなんて、恥ずかしくて言えっこない。むしろこっちが口止めをお願いしたいな』
そう言ってオルネルは、器用にウインクしたのだった。
2022/1/1改稿




