獣の恐怖
「えっと……どういうこと?」
ドワイトさんが、老法術使いの連れてきた獣に魅いられた?
「法術使いが死に、獣を殺そうとした我々を、ドワイト様は止められた。そして今度は、ドワイト様が獣の力を使いはじめたのだ」
「えっ──でも税金は元に戻ったって」
「一度上げた税率に甘い汁を吸っていた貴族もいた。そういうものたちは税を下げることに反対したが……それを黙らせるため、ドワイト様は獣の存在を利用したのだ」
ギグルは後悔の念をにじませる。
「民衆のために使うならと──その時は誰も問題としなかった。ここ最近になるまではな」
「──何が起きたんですか?」
「獣に生け贄を捧げるようになったのだ」
「生け贄?」
「生きたままの人間を、獣の住む塔の中へ入れろ、と」
「なっ──」
生きたままの人間を、生け贄に。それって……
「その、獣って……魔物?」
「わからない」
魔物は、人間を食う。というか、人間しか食べない。その他の物を摂取しても生きていけない……と言われている。人間を生け贄にしているなら……その獣というのは、魔物の可能性が高い。
「……まだ回数も少なく、生け贄にする人間も表沙汰にならないような者を……浮浪者や物乞いなどを選んでいたため、騒ぎにはなっていないが……」
だとしても、魔物の所業だ。
この街に隠された闇の部分に触れて、ボクは背筋がゾッとした。
「だが、それももう限界だ。ついには若い娘を生け贄にしろとの命令も出て──」
ギグルは歯ぎしりする。
「頼みたいのは──暗殺のターゲットは、獣だ。法術使いの遺したあの獣さえいなくなれば、ドワイト様も正気に返られるに違いない。頼む、ダークエルフよ。塔の獣を殺してくれ」
頭を下げるギグルを前に、カルは──
「あ?」
──耳をほじっていた。
「オウ、言い訳は終わったか?」
「き、貴様──」
「別にテメエらが殺しをやっていようがいまいが、どーでもいい。で? テメエらじゃ殺せない獣とやらをヤルのに、どんだけ報酬を出すんだ?」
ギグルは──何か怒るような顔をして──それから項垂れた。
「金はここに」
部下の男が小袋を差し出す。カルは一瞥して鼻を鳴らした。
「こんだけか?」
「いや──それからこの鍵」
ギグルは懐から銀色の鍵を取り出す。
「法術使いの使っていた倉庫のものだ。死後、手付かずのまま残してある」
「理由は──ハン、ビビッちまって誰も調べられなかったってとこか? 倉庫の調査までやらせるたァいい根性してんな」
カルはニヤリとする。
「何が残っているか、当たりかハズレか──いいぜ、乗ってやる」
「では──」
「塔だろ? ハッ、簡単なモンだ」
スタスタと部屋を横切って──カルは窓に足をかけた。
「まァ、待ってろ。すぐに獣とやらの首を持ってきてやんよ」
余裕綽々の顔をして──一瞬で夜の闇に姿を消していた。
取り残された男たちの間に、ホッとした空気が流れる。
「これで……」
「ああ。助かるんだ」
「よかった、俺、もう生け贄の背中を押すのは……」
「すまなかったな」
「あ、いえ」
ボクはギグルから謝罪を貰う。
「えっと、まあ、たぶん大丈夫ですよ。アイツ……彼は、腕だけは確かなので」
「それを聞いて安心した」
「ふー……あ、お茶でも飲みます?」
「あ、いただきます」
部下の人たちが扉の外に出て、しばらくして人数分のカップを持って戻ってくる。ほかほかと湯気をあげるカップが、夜風の吹き込んでいた部屋の中にいたボクらにはありがたい。ふうふうと冷ましながら口をつけようとした──その時。・
ガタン、と窓から音がして、全員がそちらに目を向けると──汗だくで髪も乱れたカルが、息を切らせながら窓にしがみついて。
「は、話が違うじゃねーか……」
と、かすれた声で言うのだった。
その顔に──見たこともない焦り──そして恐れを浮かべながら。
2022/1/1改稿




