依頼
「暗殺を依頼したいだァ?」
悪いことをたくらんでた。
衛兵の隊長のギグルが切り出したのは、思いのほか物騒な話だった。
「──まァ、んなこったろうとは思ってたがな」
……んだけど、カルには予想の範疇だったらしい。
狭い部屋の中心にカルとボク、その周りを男たちが囲んでいる。それにも関わらず、場を支配しているのはカルだった。
「で? いくら出すんだ?」
「えっ──ま、まさか、受けるの!?」
「条件次第だろ?」
カルはイヤらしく笑う。
「こいつらは失敗した──オレを脅迫する機会を失った。こうなったら道はふたつしかねえ。衛兵が誘拐をしたなんて話を知ったオレたちを消すか、頭を下げて頼み込むか」
ギグルが苦い顔をする。カルはますます楽しそうだった。
「こいつらは後者を選んだ。暗殺なんて言葉を先に出すからには、ソートー切羽詰まった事情がある。こっちは話を聞いて、どうするか吟味していい──なんならこの話を種に、別のところから金を引き出すことだってできるだろうぜ」
「聞くだけ聞いて逃げるなど、できると思っているのか?」
ギグルの隊長が低い声で言い、片手を剣の柄にかける。でも。
「ハ──やめとけやめとけ。テメエらじゃ逆立ちしたってオレを消せねえよ。剣を使うギグルなんてのが隊長じゃ、素人目でもわかるこった」
カルはヘラヘラと笑ってかわす。ギグルの隊長は、苦い顔をした。
剣を使うギグル。
ギグルという種族のことを知っていれば、それは罵倒の言葉だと分かる。彼ら草原の民、ギグルは『カタナ』という特殊な武器を使う。ただし、技量を認められたものだけしかカタナを持つことは許されない。戦闘職にあってカタナを持たないギグルは、ギグルたちの中でも半人前として扱われるのだとか……。
「っつーかよ」
カルの目がスッと鋭くなる。
「勘違いしてんじゃねーぞ。話せっつってんだよ。テメエらに選択権はねェんだ。オレを満足させる話じゃなきゃ、消されるのはそっちだぜ」
ごくり、と男たちの喉が鳴った。顔も青ざめている。
ギグルの隊長だけが、なんとか態度を保って──ゆっくりと、事情を説明しはじめた。
◇ ◇ ◇
「ここイルファンの街は、代々セルバンティス家が治めている」
立ち話も何だろう、ということで全員に椅子が配られて、輪になって座って話を進める。
「しかし、二十年ほど前に領主が交代したことがあるのだ」
「交代? 後継者にですか?」
「いや、違う。街にふらっとあらわれた、身分もはっきりしない老法術使いだ。それなのに、当代のドワイト・セルバンティス様は老法術使いの後ろ楯となって、領主の座につかせた」
「ええ……? どうしてそんなことを?」
街を治めるような貴族は、たいてい世襲だ。子供がいない場合は養子をとることもあるけど、それでも遠縁の子供とか、血縁関係がある人を選ぶ。あるいは王から指名されたような人とか……けど、無関係の老人を後継者にするなんて聞いたことがない。
「えっと、実は遠く血のつながった人だった、とか?」
「いや、何の関係もない。しかし、ヤツは──恐ろしい獣を従えていたのだ」
獣……?
「それを実際に目にしたのはドワイト様と側近だけだが、一目見て戻ってきたドワイト様はひどく怯えられており、その場で法術使いの要求を飲むことをお決めになられた。領主の座を譲ると」
「いったい……どんな獣なんです?」
見ただけで全面降伏するだなんて。
「わからない。その後、老法術使いの指示で獣のための塔が建てられ、以来獣はずっとその塔に閉じ込められている。ここからも見えるだろう」
ギグルの隊長は窓の外を指す。
「この街の南方は湖に面しているのだが、そこに張り出すように橋をかけ、湖の中に建てられた塔だ」
それなら街を訪れた時に見た。この街で一番高い建物だったし。あれって灯台かと思ってたんだけど……そんな物騒なものが棲んでいたなんて。
「それからというもの、法術使いは獣の存在を盾にやりたい放題。税金を上げ贅沢を尽くし──それを批判しようにも、ドワイト様が頑なにお止めになられる。政務を怠る法術使いの代わりにこれまで以上に働かれるドワイト様の姿を見ては、誰もそれ以上動くことはできず──」
長く深いため息を、ギグルは吐き出した。
「えっと──じゃあ、暗殺したいのは、その法術使いってこと?」
悪者じゃないか。なんでコソコソする必要があるんだろう。
「いや──法術使いは数年前に老衰で死んでいる」
ギグルはゆるゆると首を振る。
「そしてドワイト様が領主に戻り、税金なども以前の水準に戻っている」
「なんだ、解決してるじゃないですか」
「しかし」
はっきりと、しかし苦い声で、ギグルは言う。
「獣は死んでおらず──ドワイト様もまた、獣に魅いられてしまったのだ」
2022/1/1改稿




