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誠実な対応

「オイコラ、ちょっと待て。なんだその、ゲッ──つうのは?」

「う」


 店にやってきた男はダークエルフだった。長身で、スラッとしていて、手足が長い。銀の髪を長く伸ばして、ナイフのような形の目を怒らせている。


 男のボクから見てもイケメン、と認めざるを得ない容姿だけど。


 黒い肌。長い耳。ダークエルフ。厄介者。森の破壊者──それらを足すと評価はマイナスに転じる。ついでに、口も悪いし。


「この店は、誰にも分け隔てねえんじゃなかったのか? アァ?」

「そうは言っても……」


 無意識に退路を確認してしまう。……倉庫に逃げ込むしかなさそうだ。


「ダークエルフ、っていうのは」


 ダークエルフと聞いて誰もが思い浮かべる次の言葉は『暗殺者』。ダークエルフの姿を見るとしたら、暗殺に失敗した死体としてだろう。決して表向きな仕事をしている者を見かけることはない。


 特に、この大陸で優勢な種族……エルフからはある事情から公に敵対されている。もしダークエルフに協力したことが知られれば、エルフから敵視されることは免れない。それは店にとってもよくないことで……。


「ほぉ」


 男の目がよりいっそう細くなる。


「つまり、『誰にも分け隔てなく、誠実に』──てなこの店の評判は、真っ赤なウソってわけだ」

「いやその、それは……」

「ああ、別にいいぜ。そういう対応は慣れてる。よくあることだかんな」


 男はあっさり背を向けて、店から出ていこうとした。ボクはホッと息を吐く。


 やれやれ、なんとか切り抜けたぞ──


「今日はそこらの酒場でも回って、ヤケ酒とでもいくさ。タスカーの店に門前払いを食らった、ってグチを聞いてもらいながらな」

「まッ──待って!」


 どっと冷汗が背筋を伝った。


 冗談じゃない。そんな噂が広まったら──数少ないウチの美点がなくなってしまったら──師匠に何て言い訳したらいいんだろう? 誰の依頼も断らない……少なくとも門前払いにはしない……という評判があるからこそ、なんとか生計が成り立っているようなものなのに。


 出発する師匠に、店のことなら任せてください、なんて大口をたたいて……帰ってきたときに店の売り上げが落ちていたりでもしたら……また薬の実験台にされるかもしれない。そんなのイヤだ。


「謝ります! さっきの態度は……だから、その、話をッ」

「いやいや、別に謝ってほしいわけじゃねェんだ。邪魔したな」

「できる限り手を貸しますから!」


 男が振り返った。イヤらしい笑みを浮かべて。


「……できる限り、っていうのは、その……店にあるモノを売るとか、非合法でないことだけで……言っておきますけど、毒薬はないですし作りませんよ」

「んなもんいらねえよ」


 分け隔てなく接するけど、なんでも言うことを聞くというわけじゃない。それを勘違いして、禁止されている薬物を仕入れようとしてくる人もたまにいる。そこはきちんと断るし、そういう理由ならこっちも噂を否定できるし通報もできる。


 けど、このダークエルフの目的はそういうものじゃなかったらしい。彼は、長い腕を伸ばして棚に並んだポーションセットを指さしてくる。


「あれ、テメェが作ったんだってな。他にも作れるのか?」

「材料と製法が分かれば……できますよ。非合法なモノでなければ」


 ウソじゃない。薬師としての基礎は身についているし、師匠の書き留めたレシピのありかも知っている。几帳面な師匠は、「コツ」も含めてもらさず書いているから、初めての物だって読めば作り方はわかる。

 まあ……三回ぐらい挑戦すれば、間違いなくできる、うん。


「そういうモンじゃねェよ。それに材料は分ってるし、製法も、なに、難しいこたァねェはずだ」

「えっと……ということは、材料の持ち込みですか?」


 たまに「この材料で作ってくれ」と持ち込んでくる客がいる。薬の鮮度を気にするような客だ。このダークエルフもそうなんだろうか。


「イヤ、違う。材料は持ってねえ」


 なんなんだ、もったいぶって。


 ボクがムッとすると、ダークエルフはまたイヤらしい笑いを浮かべて、背後の扉を親指で示した。


「材料は──取りに行く」

「──はあ。どうぞ、いってらっしゃい」

「そうじゃねえ! テメェも一緒に行くんだっつってんだよ」

「はあ、一緒に──ええッ!?」


 急になにを言い出すんだ、この男は。


「特殊な材料でな。採取したらすぐに精製しないと腐るんだと。つーわけで同行する薬師を探してたわけだ」


 男はチラッと僕の顔を見る。


「──ま、そこがめんどくせえだけで、作るの自体は簡単だっつてたから、お前でもいいだろ」


 ボクが黙っていると──男はなぜか少し優しい声で言った。


「……とはいってもだ。急な話だし、道中が安全なわけでもねえ。キツイ山道だしな」


 そして不意に手を伸ばしてきて──身をすくめる隙もないままに──ぽんぽん、と頭を撫でられた。


「無茶言って悪かったな。出直すとするわ。じゃあな──お嬢ちゃん」


 ブチブチブチッ


 ……今度のは、たぶん頭の血管が切れた音に違いない。


 お嬢ちゃん──お嬢ちゃんだって?


 ボクは──男だッ!


「行くよ」

「あん?」

「行くって言ってるんだよ」

「おいおい、ムキになるなよ」

「ムキになんてなってない」


 ムカッとはしているけど。


「薬を現地で調合するために同行する……それは別に非合法なことじゃないし」


 師匠だってその要件で出かけている。つまりこれは、タスカーの店でやるべき仕事だ。


 ボクはまだ、それをしたことはない。それどころか、街から遠く離れたこともない。外壁に囲まれた街から、せいぜい近くの川に遊びに行ったぐらい。


 だから──遠出をする、ということに、実は少し興味がある。他の景色を見て見たいと思うのは、街の中の子供たちの共通のあこがれだと思う。吟遊詩人の詩や物語、画家の描いた絵だけなんかじゃなくて、本物の景色を。


 ──この仕事は、その景色を見るチャンスでもある。この状況なら、ボクが仕事を受けることは当然だし、師匠だって認めてくれるはず。


「現地まではどれぐらいかかるの?」

「今からでも夕方ぐらいまでには着くが……」


 師匠が帰ってくるまでに余裕で終わりそうだ。


「なら問題ない。行こうよ」

「でもな」

「ウチの店は、『誰にも分け隔てなく、誠実に』がモットーなんだ」


 ボクは念を押して言う。


「ここまで話を聞いたら、誠実に、最後まで対応しないとね」

2021/12/29改稿

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