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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第二章

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17/53

旅立ち

 日の差し込む窓。いつも見慣れた天井。


 目を覚ましたボクは──アレが夢だったと逃避するのはやめて、昨日の出来事を反芻した。


 カルがゲランドの女王と魔族ストリウスを倒し、ボクを水から引き上げ、師匠を助けて。それからゲランドの女王の腹をさばいて産み落とされる前の卵を取り出し、その卵液を使って約束の薬を作り──ようやく女王の危機に駆けつけた雄のゲランドの群れから慌てて逃げ出して、地上に戻ってきて。


 熱がぶり返したボクは、部屋に戻るなり寝てしまったのだった。


 それはというものの、カルが……その……水に落ちて濡れたから服を脱がないといけなくて……それで、作業に集中してる師匠から死角になるところに連れ込まれて……その……う……。


「オウ、起きてたか」

「うわっ!?」


 急にドアが開いて、カルが顔をのぞかせる。


「──なんだ? 顔が赤いぞ、まだ熱でてんのか?」

「う、うるさいな!」


 ボクはカルに枕を投げつける。……枕は、あっさり避けられるどころか、手品のような手技で頭の上に投げ返された。


「ハッ、当たんねえよ。んなことより、メシ持ってきてやったぞ。それから──ほれ、これ」

「なにこれ──手紙?」

「あァ、店の前で渡された。ここの店員宛てだとよ」


 蝋で封をされた手紙を開くと、見覚えのある字が並んでいた。


『マクナスへ

 命の危険が迫っているから、一足先に町を出させてもらうよ。

 というのも例の冒険者のひとりが捕まって、そこから領主に話が漏れたようでね。

 悪いことは言わないから、君も早くそこから逃げたまえ。

 おひとよし──世間知ら──やさしい君には理解できないかもしれないが、こういう事件ではオトシマエをつける必要があってね。人間ってのは、張本人が捕まらなければ、次はその弟子に責任を負わせようと考えるものなのさ』


 ──師匠だ。思えば、師匠から手紙なんて貰うのは初めてだ。まあ一緒に住んでいたからそういう機会もないけど……っと、感慨にふけってる場合じゃない。手紙にはまだ続きがある。


『君の今後についてだが、錬金術の修行を続けたいなら、教本が本棚にあるから持っていきたまえ。基礎は身についているからすぐ理解できるだろう。

 今の実力程度でも、工業錬金術師の道を選べばどこへ行っても安定して生きていけるはずだ。師匠として弟子にアドバイスできるのはこの程度かな』


 工業錬金術師。工業製品の材料を作ったりする職業だ。確かに安定した生活を得られると思う──就職した街でずっと生きていけるだろう。


 ──街で。ずっと。これまでと変わらず。


『親として、いや──君の母君とは生前から懇意にしていたが、君の将来を心配されていた。

 その気持ちは──あー──とにかく無事に生きていきたまえ。それだけだ』


 書き損じを消す暇もなかったらしい。


『追伸』

「ん?」

『あのダークエルフは──彼氏かね? どういう関係なのか、また会うことがあったら教えてくれたまえ』

「──ッ~!」


 ボクは手紙を握りつぶした。


「なんだよ、脅迫状か?」

「──いや……師匠からだったけど……」


 くだらない内容だった。読んで損した。……あれ、でも待てよ?


「これ、いったい誰から渡されたの?」


 師匠が手紙を託せる相手っているんだろうか? すでに領主に話が伝わっているなら、誰も手紙なんて預かりたがらないと思うんだけど。


「あァ、それなんだが」


 カルは首に手をやって難しい顔をする。


「髪の長い旅装の男だった。悪意もなさそうだったし、軽く引き受けちまったが……この街はいま封鎖されていて普通には入ってこれねェし、逃げ遅れた住人ももういねェはずなんだが」


 髪、と聞いて。ボクはひとつのことに思い当たった。


「──その人の髪の色は?」

「赤毛だったな」

「もしかして」


 ボクはベッドから飛び降りると、階段を駆け下りて倉庫の中に入る。その奥の方、人目につかないところには金庫があって……思った通り、扉が開いて中身が空っぽになっていた。


「……そういうことか」

「アンだよ?」


 音もなく追いついてきたカルが怪訝そうに眉を顰める。


「その手紙を託したって人──たぶん、師匠だ」

「はァ? お前の師匠はハゲだろーが。赤毛じゃねーぞ」

「実はあの金庫、毛生え薬を保管してたんだ。正真正銘、本物の」


 ずっと疑問だった。毛生え薬なんて凄いもの作ったのに、なんで自分に使いもせず、売りもせずに金庫にしまっていたのか。お金持ちに高く売りつけるために、機をうかがっているのかと思ってたけど──まさか、こんな時のための変装用だったなんて。


 多くの人が、タスカーといえばハゲの薬師だと知っている。であれば、師匠が逃げきることにはなんの心配もなさそうだった。


「チッ、マジかよ、あのハゲ」


 カルが悔しそうな顔をするので──ボクは笑ってしまった。するとますます顔に苦渋が広がっていくので、それもおかしくて、笑いが止まらない。


「──んで、どうするんだ」


 ようやくボクの笑いがおさまると、カルが静かに訊いてきた。


「はぁ……ふう。え? どうって?」

「このままここに残って、衛兵に捕まってみるか?」


 落とし前。この騒動の責任を負う人間として。


 ……誰かを責めたい気持ちは分かる。けど、師匠は……案内をしてしまったけどそんな意図はなかったわけだし、冒険者の人たちも……事故みたいなものだと思うし……ましてや、僕が身代わりになる必要なんてない。


「えっと、ちゃんと全部領主様に説明すれば、わかってもらえるんじゃないかな? だってカルが女王と魔族を倒して──街を救ったわけだし」


 あのまま放置していたら、魔族ストリウスが地上に出て人間を食らっていた。あるいは、残った街のすべてが地下に飲み込まれていたかもしれない。けれど。


「証拠がねェな」


 カルは肩をすくめる。


「魔族は跡形もなく吹っ飛ばしちまったし、ゲランドの女王は倒したが残りの雄は手つかずだ。これから討伐隊を派遣する必要があるだろうよ。っていうか、それをやったのがダークエルフだって話を、まず信じると思うか? いや、まともに話なんて聞くわけがないね」


 ……かもしれない。むしろ、ダークエルフであるカルの姿を見ただけで、この騒動の黒幕だと判断されかねないと思う。


「それでも……そうだ、シルヴィアの力を知ったら、魔族を倒したってことにも説得力が」

「そいつは誰にも明かす気はねえ」


 キッパリと断られた。……切り札を隠したい──という以上の何かが、そこにはあるような気がして、ボクもそれ以上は言わないことにする。


「……えっと……捕まったらどうなると思う?」

「ロクな目に合わないだろうな。リンチか火刑か……まあ命乞いして、鉱山奴隷として送られればいい方だろ。んでもってまァ、それも数年で死ぬわな」

「──そうか」


 そうなんだろう。よくわからないけど、カルも師匠もそう言うなら、きっと。


「うん──街に残る気はないよ」

「んじゃ、別の街に移住するか? 薬の代金だ。ここの噂が届かねえぐらい遠いところに連れてってやる。そこで静かに暮らしてりゃ、バレるこたァないだろ」

「ううん──街に住む気はない」


 師匠の言うとおり、どこかの街で工業錬金術師になれば安泰に暮らしていける。


 けれどそれは、またひとつの街から出られなくなってしまう選択だ。この短い間の冒険で、ボクは自分がどうしたいか気づいた。


「ボクは──冒険者になりたい。外の世界をもっと見てみたい」


 この世界には見たことのないものがいっぱいある。それを見てみたい。


「へェ、冒険者ねェ……ひとりでやってけんのか?」

「えっ」

「剣も体術も使えねェ、錬金術も見習いで──そのうえ街から逃げようってやつを仲間に入れようってヤツはいねえだろうな」

「う、う……」


 それは、そうだ。そのとおりだ。わかってる。だから、その、それは……。


「もー、イジワルするのはやめなさいよ」

「──シルヴィア!?」


 突然。カルの呼び掛けなしに、光り輝く少女──シルヴィアが出現していた。


「てめっ、シルヴィア! ソレやると消費がかさむだろが、無駄遣いしやがって!」

「いいじゃない。昨日のでみなぎりまくってるんだから、ちょっとぐらい」


 シルヴィアは──何を思い出したのか下品に笑って、よだれをぬぐった。ボクの顔が勝手に熱くなる。クソ。


「だいいちカルグ、あんたはお願いする立場じゃない? それを脅かして誘導しようなんて、卑怯よ」

「どっちのツレなんだよ、テメエは……」

「激萌えショタハーフエルフの味方よ!」


 シルヴィアの鼻息がこわい。


「たく──わーったよ。ちゃんと話すから黙ってろ」

「絶対よ!」


 シルヴィアが虚空に消えて──カルはため息を吐いてから、ボクの目を見た。


「ひょろひょろの錬金術師の卵でも、ひとりだけ力を借りたいヤツがいる」


 これまで聞いたことのない、真剣な声で。


「まともな錬金術師が雇えないような──ダークエルフとかな」

「それって──」

「あァ、悪いかよ、オレだよ」


 カルは首をボリボリと掻く。


「嫌ならいい。さっきも言ったとおり、逃亡と隠遁の手助けぐらいはしてやる。けどオマエが冒険者になりたいってなら──イヤ、ちげえな。これはオレの依頼だ。同行して薬の管理をやってほしい。報酬も出す、道中の安全も保証する」


 カルが──頭を下げた。


「オレと来てくれ」


 ………。


「……ひとつだけ、いい?」

「なんだ?」

「ボクなんかの実力で言うことじゃないのはわかってるけど──対等な仲間として扱ってほしい」


 お客様気分で外に出たって、きっとなにも変わらない。冒険者になろうって決めたんだ。ボクは変わりたい。


「……あァ、わかった」

「あっ、あともうひとつ! もう二度と変なことはしないで!」

「は? 変なこと? ……ナンの話だ?」


 ククッ、と──イヤらしくカルが笑う。


「だからっ! その──昨日のとか、そういうのだよっ!」

「そいつァ難しい話だな」


 ボクが突っかかっても、クックッ……とカルは笑うのをやめない。


「──だいたい、よかったろ?」

「そっ」


 そっ、そ、そ、それはその──


「いやあのそういう話じゃなく──」

「諦めな。オレの仲間になれるんだから、ちょっとぐらい楽しませてくれたっていいだろが。こんな好条件の話は他にねぇぜ」

「た、対等ッ!」

「対等にな。イヤなら抵抗していいんだぜ。もっとも昨日みたいに、最後は自分からお願いしてくるようじゃァ、本当にイヤかどうかわかったもんじゃねェけどな?」

「~~~ッ!」


 なっ、こ、コイツ……この……!


「条件はそれだけだな? んじゃ、さっさとメシを腹に詰めこめ。すぐ出発するからな」


 そう言って、カルは扉に手をかける。


「今後とも、イロイロよろしくな、マクナ」

「ボクの名前はマクナスだっ!」


 閉められた扉に倉庫のなかのあらゆるものを投げつけて──ボクは床にくずおれた。


 ほとんど選択の余地はなかったとはいえ──


 ボクは、とんでもないやつの仲間になってしまったんじゃないだろうか?

2021/12/31改稿

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