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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第二章

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13/53

巣穴へ

「んじゃ、行くか」


 ボクが立ちすくんでいると、なんの脈絡もなくカルが言った。


「………」

「オイ、何すっとぼけた顔してんだ。オマエの師匠を助けにいくぞっつったんだぞ」

「──えっ?」


 師匠を……助けに?


「で、でも、あの人、師匠は死んだって」

「まァ可能性は高ェが、アイツらは死体を確認したわけじゃねェ。それにな」


 カルはゆっくりと説明する。


「繁殖期のゲランドは、食料となる獲物を女王に献上する習性があんだよ。タスカーがうまいこと生け捕りにされてりゃ、まだ生きてる可能性はある」


 そう……なのだろうか。


「だから行くぞ。さっさとしねえと食わるかもしれねェだろ」


 ボクは──


 カルのことを、誤解していたのかもしれない。


 確かにあの夜のことはその……屈辱と言うか……でも確かにボクを気持ちよくしただけで、それ以上はさせなかったし……痛いとか、そういうのはなかったし……。こうやってつきまとっているのも、悪意をもってのことかと思っていたけど、ひょっとしたら不器用なだけで、根はいいやつなのかも──


「──うん」


 頷いて、ボクは身支度を整えてカルと店を出た。


 すべてを許したわけじゃないけど──今は忘れておいてやろうと、そう思った。


 生きているかもしれない──いや、きっと助けを求めている師匠のために。



 ◇ ◇ ◇



 死ぬかと思った。


 どうやってゲランドの巣穴に乗り込むのかと思ったら、カルは僕を抱えて崩落した街の中心にぽっかり開いた穴に、ひょいと、飛び降りていった。悲鳴を上げたかったけど、口を押さえられて、そして角度のついた斜面を滑り落ちるように進んで行って──


「瓦礫が雪崩れ込んだせいで、ゲランドも一気に出てこれねえみてえだな」


 穴……というか、洞窟の傾斜が緩くなって垂直に立てるようになったところで、カルが光の精霊を呼び出して周囲を照らした。確かに、周囲には土砂だけでなく、煉瓦や木材などの瓦礫が詰まっている。


 洞窟の中は、静かだった。時折どこか遠くで何かが動く音がしては、静寂が戻ってくる。


「どれ」


 カルは体を低くすると、地面に耳をつけて目を閉じる。


「……ゲランドの数はそんなにいねェな。この調子じゃ、瓦礫をどけて地上に出てくるまでしばらくかかんだろ。その前にすませちまうとすっかね」


 そう言って立ち上がると、カルは背負った弓を手に取った。


「出てこい、シルヴィア」

「はいはい」


 突然、光り輝く小さな女の子が宙にあらわれる。カルの弓に宿った? 何かだ。その正体は未だに知らない。ただ、物凄い力を持っているのは確かだ。


「いいわ、使われてあげる。昨日の夜、ものすっごかったからもー、だいぶミナギッちゃってるわよ! ドカーンとイッパツ、ぶちかましましょ!」


 そしてかわいらしい顔に似合わず下品だ。……こいつがボクの痴態を見ていたのだと思うと、カッと顔が熱くなる。


「んなでけェのぶちかますわけじゃねえよ。絞って使う」

「もう、男のくせにケチね」

「うるせーよ、さっさとしろ」


 シルヴィアが肩をすくめてその場でくるりと回ると、その姿は弓の弦と光の矢となった。カルがそれを引き、足元の瓦礫に向かって、放つ。


 ボッ──


 閃光が疾って──地面に丸く長い、大きなトンネルが穿たれた。きれいな断面からして、焼いたとも掘ったともいえない……光に触れた箇所から消滅してしまったような……そんな恐ろしい威力の一撃だった。


「いくぞ」

「え──この中を?」

「何のために穴を掘ったと思ってんだ。迂回路だよ──ヤツラの掘った道の奥まで射抜いたハズだ。ホレ、さっさと来い」


 適当に撃ったとしか思えなかったけど、カルには自信があるらしい。先を行くカルの背中を慌てて追って、ボクは矢が穿ったトンネルに入った。


「ちょ、待って……」


 カルが呼び出した光の精霊にぼんやり照らされたトンネルは、狭くてあまり先が見えず、カルの背中についていくので精一杯だった。


「ていうか、迂回路って、ゲランドが気づいたらどうするのさ?」

「ヤツラの匂いがついてなきゃあ、早々気づかねえよ。嗅覚と爪に生えてる毛で受けとる震動が、ヤツラの感覚器だからな──知ってたか?」


 知らなかった。そもそも、ボクは本で読んだことがあるだけで、本物のゲランドは見たことがない。


 カルは──この口振りだと、実物を知っているみたいだ。ダークエルフの寿命は長い。ボクが考えているよりずっと、カルは経験豊富で長生きなのかもしれなかった。


「ところで、オマエの師匠ってのは錬金術師だったんだな?」

「えっ……あ……うん」


 錬金術師。それは薬師と似て非なる技を使う者。法力で材料に変化をもたらし、通常の手段ではできないような調合を行う者だ。それは常識外の薬を生み出す、取り扱いが危険な技で……。


「だろーな。ゲランドの臭い消しは錬金術が必要だって聞いてる。だが……」


 カルは、チラッと振り返ってボクに視線を送る。


「モグリか」

「……うん」


 錬金術は薬師が作るよりも反応の激しい薬が作れる。だから錬金術組合に認定証を貰わないと調合も、商売もできないことになってる。ただ認定や会員証の維持にはお金がかかるので……師匠はそれを嫌って組合に登録していない。


 モグリの錬金術師の店。それが、タスカーの店のまともじゃない方の噂のひとつ。


 ……今思えば、事情を伏せてゲランドの臭い消しを作るために同行させる錬金術師に師匠が選ばれたのは、そういう理由があってのことだったんだろう。


「そっか。んじゃ、オマエも使えるのか? 錬金術」

「まあ──少しは」


 少しは、使える。師匠からは全然合格を出されていないけど。


 そもそも、錬金術の修行はあまり好きじゃない。毎度のごとく師匠から実験台にされるし……たぶん、ボクを実験台にしたいからモグリでいるんだよね? ちゃんとした錬金術師は人体実験禁止だもの。


 思い返したらムカついてきたので、ぽつぽつと非道な実験について愚痴を言う。死ぬようなことはなかったし、ヤバいことになってもちゃんと治してくれたから、今こうして生きているわけだけど……。


 で、それを聞いたカルの感想は。


「オマエ、マゾなの?」


 だった。カッと頭に血が上る。


「は?」

「イヤ、んなことされてよく逃げださねえな?」

「……仕方ないだろ」


 仕方ないじゃないか。


「母さんも死んで、引き取ってくれたところが師匠のとこしかなかったんだから」


 身寄りのないハーフエルフの親子に、よくしてくれたのが師匠だった。ボクを引き取ると、衣食住を保証して育ててくれると言うなら……多少のことぐらい……。


「別に、んなの無視して街を出たってよかったんじゃねーの?」

「えっ──」

「ま、ヒョロヒョロのオマエじゃ、すぐにのたれ死んじまうのがオチか」


 カルが無神経に笑う。


「………」

「んだよ、怒るなって」


 怒っていなかった。そんなことより、ボクの頭の中にはカルのさっきの言葉が延々と響いていた。


 ……どうして、逃げ出して、街を出なかったのか? 考えもしなかった生き方を、どうして一度も思いつかなかったのだろう?


 果て無く思えるトンネルの中を進みながら、ボクはぐるぐると考えに囚われるのだった。

2021/12/31改稿

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