師匠の行方
ドンドンドン──
扉を閉めて、ひとつ深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとしたその瞬間。無遠慮に、また扉が叩かれる。
ドンドンドンドン!
……しつこいな!
「今度はなんですかッ!」
「ヒッ」
「──あ、あれ」
開けるや否や言い放つと──そこにはあの失礼なエルフじゃなくて、別の人物がいた。
皮鎧を着た、浅黒い肌の……後頭部から逆立った髪が天を突いている女性。ギグル族だ。
「あ、ええと、あなたに怒鳴ったわけじゃ──」
「ごめんなさいっ!」
慌てて弁明しようとしたんだけど、向こうの方が頭を下げるのが速かった。深々と頭を下げて、微動だにしない。
「いや、だから怒ってるわけじゃ」
「ごめんなさいっ!」
「あの、顔をあげて」
「ごめんなさいっ!」
困った。話が進まない。
「うるせえ、さっさと中に入れ」
「ギャンッ!?」
ボクが困り果てたそのとき、突然カルが女の人の背後にあらわれ、お尻を蹴った。変な悲鳴をあげて、彼女は跳ねるように店の中に飛び込んできて──きれいに土下座の状態で着地した。
「ヤレヤレ、いつまでも外にいられちゃアイツに気づかれんじゃねーかよ」
カルが店に入って扉を閉める。
「んで──コイツはなんなんだ?」
カルが指した先で、彼女はまだ土下座のまま、小さい声で謝罪の言葉を繰り返していた。
彼女はギグル族──草原に国を構える人の種族だ。
エルフとヒトとの間の最大の身体的な差異は、長い耳にある。ではヒトとギグルの間はというと、髪の毛に──というか体毛に特徴がある。
こうして土下座の姿勢だと、服の上からでも足首から逆立って生えている体毛の流れがよくわかる。彼らギグルのこの体毛は、足首から腰、背中、首とかけ上がり、後頭部まで続く。その二組の流れは、顔を正面からみると獣の耳のようにも見えるんだ。
「いや、知らないよ。なんか急に謝りだして……あの、何かうちの店に用事があって来たんですか? 話してくれないと何もわからないし、その、せめて顔をあげてくれないと、こっちもやりづらいっていうか……」
そう言うとようやく、彼女はおそるおそる顔をあげた。その浅黒い肌と顔立ちに……見覚えが──
「あ──師匠と出かけた冒険者の!」
そうだ。あの冒険者グループにはひとりギグルがいたはずだ。そういえばこんな女の人だった。思わず大きな声をあげると──
「ごめんなさいっ!」
──と、彼女は再び頭を下げてしまうのだった。
◇ ◇ ◇
ヨネと名乗ったギグルから、ボクがなだめて、時にカルが怒鳴り脅かし怖がらせて聞き出した話は、めまいがするような内容だった。
「──ええと、グロウグ退治の話は嘘で、実は泡の遺跡の探索が目当てだった……ってこと?」
「……はい。下見したとき、ゲランドがいることが分かったので、その匂い消しを作ってもらおうと思って──」
ゲランド。牛よりも大きな昆虫型の生物だ。二つの大きな鎌型の手と、口から吐く溶解液で地中を掘り進み、迷路を作り上げてしまう。
ベテランの冒険者でも数人がかりでないと倒せないと言われているけれど、巣穴に塗りつけられた体液の匂いを消してしまえば、ゲランドは道を見失ってしまい、やり過ごすことができる。
その匂い消しの薬を作るために師匠は連れ出されたということだった。
──でも、その手段が通用するのは、ゲランドが単体で過ごしている期間だけだ。ヨネ曰く、季節外れの繁殖期に入っていたゲランドは群れで行動していて、気づいたときには遺跡の奥で怒り狂ったゲランドたちに囲まれていたという。
ヨネたち冒険者はそれでもなんとか逃げ出した。でも──
「タスカーさんとは、遺跡の中ではぐれてしまって……おそらく……死んだものと……」
「そ、そんな……師匠が」
この『タスカーの店』の店主、ボクの師匠。
薬師として腕は立つけれど商売が下手な変人……という評価を周囲から受けていて、それは間違っていないと思う。そして、冒険者のような戦闘能力は持ち合わせていない。そんな師匠が、ゲランドの群れのなかに置き去りにされたら──
「んで、テメエは主人が死んだんで店から金目のものをいただこう、ってことでノコノコやってきたってわけか」
「ちっ、違う! 仲間はこのまま逃げようと言ったのだが、私はせめて遺族に謝罪を──」
「ハン──そりゃお仲間の方がお利口だな。テメエらのせいで街に大穴が開いたんだ。そのうち街から懸賞金がかかるぜ」
カルが、イヤらしく笑う……けど、どういうこと?
「この人たちのせいで、街がこんなことになったの?」
「間違いねェな。さっき、穴からゲランドが顔を出すのを見た。テメエの匂いを追ってきたんだろ」
「でも、ゲランド一匹で、街が沈むなんて……」
「おそらく女王に統率された巨大な群れなんだろーな。そんな動きだった」
繁殖期を迎えたゲランドは、その群れに女王を迎えるという。女王は手足のように雄のゲランドを使って巣を広げるとか。
「そ、そんな、私は……ッ」
ヨネは顔を青ざめさせて、がくがくと脚を震えさせる。とダッシュ
「ほらよ」
カルが器用に足で扉を開けた。
「お仲間に置いていかれないうちに、急いだ方がいいんじゃねェか? マ、オレだったらとっくにオサラバしてるけどな」
そう言われて、ヨネは──足をもつれさせながら、何も言わずに逃げ出した。カルはその背中を、ゲラゲラと笑い飛ばす。
ボクはといえば──それを引き留めることもなく、固まっていた。
師匠が死んだという、その言葉だけが、ぐるぐると頭のなかを回っていた。
2021/12/31改稿




