フィンデリオンの訪問
窓からさしこむ日の光。いつもの見慣れた天井。
目が覚めてまず見えたのは、それだった。ここは……ボクの部屋だ。タスカーの店の2階の、窓側の小さな部屋。
ベッドの上に身を起こして、ぼんやり考える。
──全部悪い夢だったのかな。
ダークエルフにそそのかされて街の外に出たことも、帰ってきたら街が燃えていたことも、全部。
そんな淡い期待を持ちながら、ベッドから降りて、ぼーっと窓に近づいていって──夢じゃないことを思い知らされる。
窓から見える通りの向こう側が、なかった。
土砂崩れというのだろうか──えぐれた土の斜面になっていた。いつもは向かいの建物に遮られていたその先の景色が見渡せる。土砂に、瓦礫──そんなものがあふれかえり、どこかではまだ細い煙が立ち上っていた。
「オウ、起きてたか」
「ッ」
急に部屋の扉が開いて、カルが入ってくる。無作法なヤツ。ノックぐらい……いや、それは今は飲み込んでおこう。何が起きたのか知らないと。
「ね、ねえ、いったい何が」
「ドレ、デコ貸せ──オシ、熱は下がったな」
「──ッ!」
ボクは、額をくっつけてきたカルを突き飛ばす。
「なっ、なっ、なにするんだよっ!」
「なんだよ、何も覚えてねェのか。ま、ベッドに放り込んだらすぐにグースカ寝たもんな」
カルは小脇に抱えていた袋から食べ物を机に出しつつ説明する。
「店まで戻ってきたら、オマエ全然動かなくてな。調べたら熱を出してたんだ。んだからココまで運んで寝かしてやって、ついでに倉庫から熱冷ましを探して飲ませてやったんだぜ」
──そんなの、全然記憶にない。いつの間に薬なんて飲んで──ん?
「……あの、それって、どうやって」
「倉庫の鍵なんて、イチビョウで開けられたぜ。もっとイイヤツにしとけよな」
「倉庫のことじゃなくて!」
カルはニヤニヤとイヤらしく笑って──唇に指をあてた。
「薬ならモチロン口移しだな」
「く──」
くちっ──
「変態ッ!」
「アァ? いくらヤッても目が覚めねーんだから仕方ねーダロ。だいたい薬飲んでなかったら、今こーして話せてるかどうかも怪しいもんだ。感謝されんならともかく、罵倒されるいわれはねえなァ」
「う──」
……悔しいけど、その通りだった。おそらく疲労からでた熱だとは思うけど……こんな状況で寝込んでいるわけにはいかない。で、でも、どんな事情があったって、く、口──
「あーァ、ダークエルフはツラいぜ。どんなに善行を積んだって嫌われもんだからなァ」
──とりあえず……とても不本意だけど……ボクは、カルの悪行を不問にすることにした。
そうだ、今はそれより知りたいことがある。
「あの、街はどうなって──」
ドン、ドン
「──ん?」
扉が叩かれる音がする。ボクは窓から玄関の方を見た。すると兜をかぶった全身鎧の騎士がちょうどこちらを見上げて、目が合う。
「生存者か! 降りて扉を開けなさい!」
怒鳴られた。
「そんなこと言われても、どうしよう──あれ? カル?」
カルはいつの間にか音も立てずに消えていた。廊下に顔を出してみても──いない。
もう応対にでたのかな?
そう考えて、ボクは階段を降りていった。たぶん街の衛兵……じゃないな。領主の騎士かな? こんな店に何の用だろう。
そんなことを考えながら1階に到着したけれど……カルの姿はない。その代わり、扉はドンドンドンドンと激しく叩かれている。
「──はい」
仕方なしに店の扉を開けて──カルが消えた理由がわかった。
「穢らわしいハーフエルフがひとりか。他にはいないか?」
肩まで伸びた金髪を複雑に編み込んだ、カルを追っているという、感じの悪いエルフの男だ。ズカズカと店に入ってくる。お供の全身鎧のふたりはは中に入ってこず、外で待っているようだ。
「えっと──」
ふと、この人にカルを引き渡そうかと考える。
顔を隠さないと街にも入れないワケありのダークエルフ。それに比べて堂々と街中を闊歩するエルフ。カルを追っている……何かの理由があって。
「──ひとりですけど」
……でも、別にボク、こんな失礼なエルフの味方をする義理もないし。いや、別にカルの味方をするわけじゃなくて……そう、どっちにも味方しない、ってことだ。
「そうか。ではついてくるがよい」
ボクが答えるとエルフはそう言って、くるりと踵を返して店から出ていく。
それをボクは見送った。
──だいぶしばらくしてから、エルフは少し息を切らせて戻ってきた。
「なぜ、ついてこないのだ」
「そう言われても……」
知らない人についていくのは、もうこりごりだし。
「生存者は避難所へ行くようにと、領主から指示が出ているのだぞ」
「あの、それなんですけど──生存者って、どういうことですか? いったい、街に何があったっていうんです?」
「知らんのか」
ボクは頷いた。昨日の夕方から意識を失って、さっき目を覚ましたばかりだもの。
「あきれたものだな。この状況が目に入らないとは」
目には入っているよ──過程がわからないだけで。
「いいだろう、説明してやる」
エルフは高慢な態度で言った。
「昨日の夕暮れ、街に突然大穴が開いたのだ。多くの家屋がまきこまれ、夕食の支度に使われていた火から火事となった。すべての火を消し止めたのは日が昇る頃だな」
大穴──
あの瓦礫と土砂はそういうことだったのか。っていうか、いったいどうして街に穴なんか開いたんだろう?
「街の人間は昨日から避難させ、愚か者が街に戻らぬよう門は閉めている。今は生存者の捜索と救助を……ん? そういえばハーフエルフよ、貴様はどうして何も知らないのだ? ここにいるということは、昨日の出来事は知っていて当然だろう」
「えっ。ええと、それは」
困った。
きっとカルが門を抜けて街に入ったんだろうけど……許可のない出入りは犯罪だし。何か言い訳をしないと。えっと、ええとお……。
「えっと──寝てて気づきませんでした」
──バカか。こんな言い訳で騙されるような人間がどこにいるっていうんだ。
「ふん、なんとものんきなことだな。よほどの高いびきだったのであろう」
──ここにいた。うそでしょ? えぇ……まあ、助かったけど……。
「さて、そのような事情であるから、さっさと顔を洗って門を出て避難所へ行くがよい。ここもいつまで安全かわからぬからな」
「あ、はい──あのう」
「なんだ」
「ところであなたは何者なんですか? どうして避難の指揮をとっているんです?」
ボクが問いかけると、エルフは髪をかきあげて得意げに笑った。
「フッ。我が名はフィンデリオン。訳あって流浪の身だが、北の領地を治めている。平民を保護するのは、たとえこの身がどの地にあっても変わらぬ貴族の責務よ。ゆえにこの災禍にあって、この地の領主に協力を申し出たのだ」
……いい人、なのかな? 名前は長いし、キザったらしいけど。
「ではな、ハーフエルフの少女よ。寝ぼけて穴に落ちぬように、気を付けて歩め」
「──ッ!」
──だから、ボクは男だ!
エルフが店から出て行くや否や、ボクは扉を叩きつけるように閉めてやった。
2021/12/31改稿




