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最低の客

 ──最低の客が現れた。


 ボクがそう思ってしまう少し前のこと。ボクは薄暗い倉庫で、退屈な在庫整理の仕事をしていた。


 この店の奥にある倉庫には、様々な物品が保管されている。店主が後先考えず、万事屋でも開こうかという勢いで仕入れていて……本来の主力商品が奥に押し込まれているほど。在庫の整理と管理は毎日やっても終わらない。


 今日の店番はボク一人なので、売り場へ続く扉を開けっぱなしにしながら、ボクは在庫の整理をする。今整理しているのは店の主力商品──瓶詰めの薬、ポーションだ。


「うーん……大丈夫、かな」


 しっかり封をして毎日処理をしていても、生ものだからいずれは腐ってしまう。扉から差し込む明かりに照らして、穴が開くほど眺めて不純物が出来てないか確認。危なさそうなものは廃棄品をまとめる箱へ入れていく。


 そんな風に、ラベルに書かれた日付がかすれて消えかけているのを、メガネごしにさらに目を細めて解読していた時だった。


 カランカラン──と、ドアベルが鳴る。


 扉から差し込む日光の量が増えて、倉庫の中を舞うホコリが見えやすくなった。


「はーい」


 ボクは急いで立ちあがって、売り場へ向かう。


 サンプルを並べた棚とカウンターしかない無愛想な売り場に立っていたのは、背の高い人物だった。


 ……怪しい。


 だって、深くかぶったフードと逆光のせいで顔は見えないし、足首まで届く暗い草色のマントの前を締めているせいで、体の様子も分からない。


「オイ」


 声は低かった。たぶん男だ。


「ここがタスカーの薬屋でいいのか? あの噂の」

「──どんな噂でしょう」

「誰にも分け隔てなく、誠実な取引」


 よかった、まともな方の噂だ。飲んだくれ店主とか、仕入れ下手の店主とかじゃなくて。


「それなら間違いなくここです。タスカ―の薬屋にようこそ」


 何はともあれお客さんだ。ボクが笑顔を作って言うと、男は倉庫に続く扉のほうに目をやった。


「ガキにゃ用事はねえ。店主は?」


 は? ……ガキ?


 イラッとした。たぶん、顔には出てない。そりゃ、ボクは小柄だけどね。


「ハーフエルフは成長が遅いんですよ」


 ボクがそう反論すると、男は少し頭を引いて黙った。


「……ハン。つってもヒトの3分の2程度だろが。さっさと店主に代わりな、チビ」

「あいにくと店主のタスカーは旅に出ておりまして」


 そう。僕が一人で留守番をしているのもそのせいだった。


 師匠──ここの店主のタスカーさんは先日、冒険者たちの依頼を受けて同行していったのだ。なんでも珍しい薬の材料を採取して、現地で調合してほしいとかいう話で。


 そのためボクに倉庫の整理を言いつけて出て行って……それからもう2週間になるだろうか。


「留守かよ……ツイてねえ」

「ご心配なく、薬の販売はできますよ」


 ポーションなどの薬は、素人には取扱厳禁だ。でもボクは師匠からちゃんと許可を得てる。薬師として一人前……と認められている証拠だ。


 自慢じゃないけど、うちの店の薬はデキがいい。長持ちするし、効き目だっていいと評判だ。種類もあらゆるものをそろえている。……そのせいで倉庫が大変なことになってるんだけど。ていうか、耳から花が生える薬、とか師匠は何を考えて作ったんだろう。あれ、いつ売れるのかな?


 あと──これは秘密だけど、毛生え薬だってあるんだ。手足の毛が生えるようなインチキじゃないよ。頭の毛がちゃんと生えるやつ。倉庫の中の金庫に、一本だけしまってあるんだ。


「ご相談いただければ、症状に合わせた最適な薬をご案内しますよ」


 自信をこめて、営業スマイル。


「イヤ、無理だ」


 ビキッ──と。自分の頬がひきつる音が聞こえた。


「テメェじゃ話にならねェ。店主はいつ帰ってくるんだ?」

「あいにくと期間の決まっていない旅でして」


 出かける時、1ヶ月はかからないとか言っていたけれど、こんなやつに教えてやる義理はない。


「空振りかよ──」


 男がため息を吐く。いい気味だ。


「使えねえ店だな」


 ……なんだって?


「しかたねェな、別の店をあたるか。邪魔したな、チビ」

「待ってください」


 くるりと背を向けて帰りそうな男を、気づいたら呼び止めていた。


「アンだよ?」

「……他にアテがありますか?」


 男が黙る。ふふん、思ったとおりだ。


 実際、この街には他にもいくつか薬屋がある。正直、うちは繁盛してない方だ。お医者さんの診療所や教会とも提携してないし、店員もボクと師匠の二人だけ。


 だけど、ひとつだけ。誰とでも分け隔てなく、どんな相手とだって商売をする……という特徴がある。


 ……正直、結構怖い人が来たりするんだよね。だからこんなフードマント男ぐらいなんてことない。いざとなればカウンターの下に仕込んである爆裂ポーションを投げつける用意だってある。


 とにかく。そんな「ワケアリ」の人物だって受け入れる──という噂を頼りにウチに来たんだ。困ってないわけがない。


「……つっても、テメェはただの売り子だろが。オレが用があるのはちゃんとした薬の知識のある──」

「ありますよ。疑うようなら、そちらの棚を見てください。あのポーションセットはボクが作ったものです」


 ずらりとならぶポーション。最近ようやく師匠から合格を貰った一揃いだけど……いや、大丈夫、もう一回作ることぐらいわけないから。うん。


「何か事情があるなら、相談に乗りますよ。話してみては? ──そのフードを取って」


 ピッと指をつきつける。顔を見せて喋れ、と。


「誰にも分け隔てなく、誠実に。──うちの店のモットーですから」


 男はしばらく、棚の上のポーションセットとをボクを見比べて──そして逆光の中、ニヤリと口元を歪めたようだった。


「その安い挑発に乗ってやるよ。話ぐらいは聞いてもらおうか」


 そしてバサッとフードを跳ね上げて素顔をあらわにする。


 それを見て、ボクは。


「ゲッ──」


 思わずそんな声を漏らしてしまった。


 だって、彼の肌の色は褐色を超えた黒い肌。そして尖った耳に銀色の髪、赤い瞳。


 そんな特徴を持つ種族は一つしかない。


 ダークエルフ。


 ──最低の客が現れた。ボクは心の中でそうつぶやいた。

2021/12/29 改稿

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