ある日の住民たちとの出会い ノルン服屋 2
ノルンの家は南西街の奥まったところにひっそりと建っていた。入り口にはこぎれいに畳まれた衣類が所狭しと並べられていたが、立地条件が悪いためかお世辞にも繁盛しているとは言い難かった。それは店番が誰もいないことからも明らかである。
「あの~、本当にここで商売しているんですか?」
ノルンは当夜の問いに苦笑しながら、それでも胸を張って答える。
「もちろんよ。さてと、トーヤ君。あらためまして、いらっしゃいませ。服屋『抱擁』にようこそ!
まぁ、疑問はもっともだと思うけど、ここは私の夫が開いたお店の離れで住居だったところなの。本当はこの家の表、通りに面した部分がお店だったのだけど売りに出さなくてはならなくなってね。ここで商売させてもらっているの。もちろん、朝市とかでも稼がせてもらっているわよ。」
「そうなんですか。大事な場所なんですね。それに温かみのある家だ。」
「ええ、ありがとう。
さぁ、食事にしましょうか。そろそろ娘も帰ってくるでしょうし。トーヤ君はそこで寛いでいて頂戴。準備しているからね。」
ノルンは板張りの軒先を指さしながら奥の台所に向かっていく。当夜は指示されたとおりに通路に腰かけると庭を眺める。決して広くは無いが、ハーブや野菜に混じってきれいな花が育てられ、手入れが行き届いているためか見ていて飽きることは無い。しばらく眺めていると玄関が勢いよく開かれた。同時に、元気のよい少女の声が家中に響く。
「たっだいま~! おりょ? お客さんかな?」
娘の声にノルンが反応して言葉を返す。
「おかえりなさい。今、お客様がおいでだからおとなしく待ってなさい。迷惑かけちゃ駄目よ。」
「はいは~い。
あ、こんにちは。初めまして、私はレムって言います。」
紫のツインテールを躍らせながら玄関から上がると、少女は当夜に気づいてその佇まいを正すと玄関を景気よく開けた元気さとは無縁そうな礼儀正しさをみせる。
「こちらこそ初めまして。僕はトーヤっていうんだ。よろしく。」
「トーヤって呼び捨てでいい? ウチ、堅苦しいの嫌いなの。」
少女はニカッと眩しいほどの笑顔を見せると先ほどの丁寧な口調とは程遠いぶっきらぼうな口調で尋ねる。
「構わないよ。僕もそうしてくれると気が楽だ。」
「へへっ! それでトーヤはどうしてウチに来たの? まさか、その成りで借金取りでもないだろうし...、はっ!? まさかウチは売られてしまうん? そんで将来にわたってあんたにえげつないことされてしまうん?」
レムは自らの両肩を抱くと震えながら背を伸ばす。だが、その顔は相変わらず屈託のない笑顔であり、当夜をからかっているのが一目瞭然である。いずれにしても演技も嘘も下手そうな子というのが当夜の第一印象だった。
「そうだな。こう見えても僕は貴族でね。今、君が言った通りのことを目論んでいるかもしれないぞ。」
当夜が目を鋭くして値踏みするような視線を送ると、レムは真剣な眼差しで当夜の目をまっすぐ見つめたがすぐさまからからと笑い始める。当夜が不思議そうに首を傾げる姿を見てレムは嬉しそうに声を上げる。
「んじゃ~、金貨1枚即金で! ウチはバリバリ働くし、美人だからね。それ以上は負けられないよ!」
自身を美人とのたまうレムは、一般人には到底払うことなど出来ない金額を提示する。実際問題、この国では奴隷制度は認められているが、金貨相当となると相当な美人や武芸の立つ者となる。そして、金貨を支払うことができるのは相当な大貴族でない限り不可能なことである。そういう意味でレムは決して負けない戦いを挑んだつもりであった。だが、その相手の当夜がその額を持っていたこととお金に無頓着であったことは彼女にとって予想外のことだったのかもしれない。
(人の一生がたったの金貨一枚かよ。1シースが50円くらいだとすると、金貨は1,000,000シースだから五千万円くらいか。まぁ、高いか? いや、自分の命を五千万円で売れって言われたら売りたくないしな。やっぱり安いか。)
「うん、安いな。買えるし。」
「ほえ? 嘘でしょ?」
「いや、金貨1枚だろ。ほら。」
当夜が財布から金貨を出してチラつかせる。そのたびに黄金の煌めきが陽をキラキラと反射して少女の目を掴んで離さない。当夜が金貨を左に動かせばその通りにレムの青紫の瞳が追いかける。右に動かしても以下同文。どうやらレムは初めて見る金貨の輝きに完全に心を奪われているようだ。当夜は今にも飛びつかれて奪われそうなので財布にしまい込む。
「よし、わかった! 君の好きにするが良い! だが、その金貨はウチの物だ。さぁ、持ってけ、ドロボー!」
レムは廊下で仰向けになると大の字で寝そべる。
「いや、いらんよ。普通に。」
当夜の身もふたもない返事にレムは軽やかに飛び起き、当夜の首を抱きしめながら甘い声を出す。
「そんな~、冷たいこと言わないで~な。ウチ、奉仕するよ、奉仕しまくりだよ。爪の先から頭の先までぺろ、」
ゴンッ
ノルンのフライパン叩きがレムの頭に炸裂する。レムが上を見上げると頭に角の生えた母親が腕組みをしていた。
「あんたって娘は~。ご迷惑をかけないでって言ったじゃない。」
「だって~、ウチのこと買ってくれないんだもん。トーヤ、金貨持っているんだよ。金貨だよ、金貨。オヤジの借金も返せるし、お店も買い戻せるじゃん。」
レムは唇を尖らせて母親に抗議する。だが、ノルンの顔は厳しいままだ。それはレムだけでなく当夜にも向けられていた。
「レムがいなくなったら意味ないでしょ! それとトーヤ君も無暗に金貨なんてものを他人に見せちゃ駄目よ。盗賊に狙われるわ。レム、金貨のことは絶対にほかの人に話しちゃ駄目よ。良い?」
「うん。ごめんね。わかったから頭を握りつぶそうとするのやめてくださいませ、お母様!」
「迂闊でした。ご注意感謝します。」
ノルンは娘の頭を離すと腕組みしながらうなずく。レムは涙目で頭を擦りながら当夜に向かって悪戯っぽく舌を出す。まったく以てして反省しているのか心配になる姿だ。
「分かればよろしい。さぁ、ご飯ですよ。トーヤ君も大したものではないですけどよろしければ食べていって。」
「折角ですのでお相伴にあずかります。ですが、本当によろしいんですか?」
「いいの、いいの! ほ~ら、遠慮しない! それともウチがあんたの分も食べてしまってもいいん?」
「いや、それは何か癪だな。」
「なら、一緒に食べたら良いんよ。ウチとしてはそのキノコの一片を、...いただき!」
レムは当夜の目の前に置かれたお碗からコーヌ茸の薄くスライスされた欠片を掬い去ると口元に運ぶ。だが、この家の主の拳骨によって阻まれる。
「こら! はしたない。それはトーヤ君の分よ。ほら、私の分を上げるから返しなさい。」
二人のお碗を見ると屑のような欠片ばかりが入っている。特にノルンの物はあってないようなレベルであった。
「ほら、トーヤ。あ~んし、あ~~ん。」
「それは君の箸が触ったからな~。レムが食べなって。」
「むう、美少女の唾液がついているのに勿体ないぞ。」
なおも箸先を当夜の唇に当ててくるが、当夜がお碗の中身を飲み干すように口元をガードすると彼女は自身の口に放り込む。一方の当夜もあまりに味気のない薄さに驚いたがお碗で表情を隠せたため二人に気づかれることは無かった。ふと、レムをみるとニヤニヤとこちらを見ている。
「さぁ~て、トーヤ。この黒パンを水気も無くどうやって食べるのか見ものだね~。」
「あっ!」
そうなのだ。この黒パンは水気なしでは固くてジャリジャリしていてとても食べれたものではないのだ。そんな当夜の姿を見て女の子としてどうかと思うくらいに口を開けて笑うレムに当夜は反撃を繰り出す。その下品な口に黒パンを任せることにしたのだ。突然の黒パンの襲来にレムは目を白黒させている。そんな二人に本日二度目の拳骨が振り落される。まぁ、当夜にはかなり手加減があったものの食べ物を遊び道具にした罰である。当夜としても物理的なものより精神的な方面で大きなダメージを負った。
そういうわけで二人は絶賛反省中である。ようやく大人なしく食事をとり終わるとレムは意外な言葉を口にする。
「う~ん。今日はずいぶん豪勢だったね。こんなに具材の多いスープは久しぶりだよ。それに団欒って言うの? 楽しかったし。」
(これで豪勢? なら普段は...。それに今回は僕のせいで貴重なお金を失っているし。とはいえ、ノルンさんはここまでの流れだとお金を受け取ってくれなさそうだしなぁ。どうするか。)
突然難しそうな顔をして卓上を見つめ出す当夜に、母子は目を見合わせて首を傾げる。やがて当夜は一つの案を思いつき二人に声をかけることとなる。




