ある日の住民たちとの出会い ノルン服屋 その1
遺跡探検の翌日、ギルドに報告を終えた当夜は、大銀貨2枚の消えた黒財布を覗き込み溜息を吐く。決してお金が減ったことに対する落胆では無い。昨夜は結局、『渡り鳥の拠り所』に帰ると全員が食事の準備を終えて待っていてくれたし、26人もの孤児たちも加わって楽しい食事会であったことは間違いない。ヘレナも感謝していた。だが、楽しかった会も終わり、現実を再認識すると課題のあまりの大きさに辟易してしまうのだった。
(はてさて、まずはどうしたものかね...。世界樹をどうのこうのするにしても場所を知らないしなぁ。やっぱり、まずは世界樹についての情報の収集かな。)
当夜は一度引き下がった受付にもう一度向かう。受付ではヘーゼルから声がかかる。
「よかった。トーヤ、丁度いいところに来たね。あんたに第7戦級までの昇級通知が出ていたのよ。まったく、10級からいきなり3つも飛び級だなんて異例中の異例だよ。まぁ、あんたの活躍ぶりなら当然の結果かもしれないけどね。ほら、登録証をお出し。」
突然の昇級の知らせに当夜はついていくことはできなかったが、とりあえず登録証をヘーゼルに渡したのだった。そこへ隣の席に座っていた別の受付嬢が声をかける。よく見ればテリスールが先輩と呼んでいたハーフエルフだった。
「ねぇねぇ、トーヤ君でよかったかしら。私はハームルよ。よろしくね。ところで何か用件があったんじゃないの?」
「あ、えぇ。そうでした。あの、どこかで世界樹に関する資料とかって読める場所ありませんかね。」
「ふ~ん。世界樹か。冒険者たるもの一度は見てみたいってみんな言うのよね。何が良いのやら。あんなのただのでかい木よ。まぁ、調べたいって言うならまずは王立図書館に行くのが良いんじゃないかしら。あそこなら結構いろんな書物が収まっているからね。」
女性はロングの髪の毛の先端をクルクルと自身の指に絡めては伸ばすといった動作を繰り返している。そのたびに先端ほど黄色味が強くなる緑の髪が艶めきを放っている。エルフの因子を持つだけにその顔立ちは端正で美人だといえる。
「なるほど、図書館ですか。あとで行ってみるかな。」
当夜が地図を開きながら図書館を探しているとヘーゼルから声がかかる。
「トーヤ、登録証を返すわ。おめでとう。これで依頼もより難しいものが受けられるようになったけど、飛び級したてだからね。初めはなるべく簡単なものから入っていくんだよ。あんたが死んじまったらあの娘に合す顔が無くなっちまう。
それより、ハームル、あんたはそんな小さい子にまで手を出すんじゃないよ。」
「うるさいわね。あんたには関係ないでしょ。それに私は窓口で寂しそうに待たされていた幼気な少年をかまってあげていただけよ。まぁ、同い年でも枯れてきたあんたには出来ない芸当でしょうけどね。」
「え? お二人が同い年?」
「あら、当然の反応よね。」
「ア゛ァ゛~!」
ハームルはすまし顔で凛としながら目を瞑って頷き、ヘーゼルは憤怒の炎をまといながら阿修羅のごとき様相で当夜を睨み付ける。当夜は肩を上げて恐縮しながら縮こまる。
「ひっ!」
「ほら~。怖がっているじゃない。大丈夫よ。まぁ、確かに私が60歳を過ぎたお婆さんだなんて言われても困っちゃうよね。ほらっ。」
ハームルは耳を隠すように束ねている髪をほどく。そこに現れたのはエルフ特有の長くて尖った耳であった。ヘーゼルはその様子を見ると口を尖らせながら拗ねたように心境を吐く。
「ずるいのよ。貴方はいつだって男たちから言い寄られて。私だって若かりし頃はそれはそれは美人であんたにだって負けないほどだったのに、」
当夜は長くなりそうな雰囲気に少しずつ後ろに下がると静かに出入り口に向かって足を進める。ふと、受付を振り返ると腕組みをして目を瞑りながら昔を思い出して語り続けるヘーゼルとそれに相槌を入れながら当夜に小さく手を振るハームルの姿があった。
「はぁ。ヘーゼルさん。あれで60歳超えてるとかおかしいだろ。どうみても30代後半だと思っていたのに。確かこの世界では女性には見た目年齢+5才が定説だろう。でも、これって高齢な場合ほど指数関数的に足すべき数字が上がるんじゃ...。となるとこれまで会った女性(人族の)の中で最年長のレーテさんはいったい御幾つなんだ...?」
当夜は軽い寒気を覚えながら地図を再び開く。【時空の精霊】の加護のおかげで一度訪れた空間は地図を開かなくとも迷うことは無いのだが、未訪問の場所ともなると話は別だ。指で地図をなぞりながら図書館を探す。すべての場所を三度も探したが一向に見つからない。それは王宮の内部にあって地図上には載っていないのだが、当夜はそのことを知る由もない。
やむなく、当夜は道行く一人の男性に声をかける。その男を選んだ理由は単純で当夜と同じくらいの背格好で話しかけるのにハードルが低かったからだ。なにせ、この世界の大人の男性は平均しても2mはあり、筋肉隆々の荒々しい雰囲気の荒くれ者が多かったのだがら仕方ない。しかし、当夜と同じような背丈ということだとそれなりに幼い年齢層となってしまう。ハービットのように細身の青年は珍しく、あのような体のつくりで第2戦級まで進んだケースでは、もれなく精霊の加護が非常に強いか戦闘センスにずば抜けているかどこか突出している。ギルドしては当夜もそんな一人だとみていた。長々と語ったが、結論をいうと、力が大きなアドバンテージとなるこの世界でそんな若い少年が図書館に興味などあるわけも無く、知らないの一言で終わってしまったということである。否応なく当夜が相談を持ちかける相手は(少し)年上の女性となってくる。これはある意味で相乗効果を生み、ちょうど子供に声をかけられる母親のように保護欲を掻き立てられるのだ。これにより当夜の中でもそのような年代の女性は優しく頼りになるという結論にたどり着いてしまうわけである。
当夜が二人目に選んだのは買い物帰りの女性であった。花柄をあしらった真鍮製のバレッタで後ろ髪を縛った頬のこけた痩せ型の人物であった。
「あの、すみません。図書館を探しているのですがどこに行けば良いのでしょうか?」
「あら、可愛い坊やね。図書館に行くの?」
「...。ええ。どこに行けばいいんでしょうか?」
思わず‘僕は大人だ’という言葉が口をついて出そうになるがどうにか踏みとどまる。女性はその微妙な間に首を傾げながら言葉を紡ぐ。
「だとしたら、王宮の衛兵に頼んで入れてもらうしかないわね。でも、どうしてそんなところに行きたいのかしら? あそこは子供が行くような場所ではないわよ。貴方くらいの子ならもっと鍛えておかないと。私の子供も警邏長様のご厚意で鍛えていただいているわ。そうだ。何ならそこの方にあなたのことも頼んであげましょうか?」
「い、いえ。」
(参ったな。まさか話がこんな方向に向かおうとは。)
「実は、僕は病魔に侵された知人(世界樹に囚われたアリスたち)を助けるために知識が必要なんです。それに僕は(大人なので)これ以上は成長しませんし(まぁ筋肉ぐらいはつくだろうけど今はそれどころじゃないし)。」
(成長しない? ひょっとしてもう死期が近いというの。こんなに幼いのに。そういえば肌の色も健康そうに見えないわ。なんて可哀想! 私も夫という家族を失った身、大切な人を失いたくないという気持ちはわかるわ。)
「ま、まぁ。その方(ご家族か友人かしら)を助けるために...。さぁ、行きましょう。」
女性は当夜の手を取ると王宮に向かって一直線に向かっていく。たどり着いた門で衛兵と女性は小声でやり取りをする。
「衛士様、この子を図書館に入れていただけませんか。」
「駄目に決まっている。図書館は王族や貴族の方々のための場所だ。お前たちのような下賤の者が立ち入れるような場所では無い。さっさと立ち去れ。」
「そこをどうかお願いします。王族様や貴族様のいらっしゃらない時で良いのです。どうか、どうかお願いします。こちらは僅かですが...、」
(ごめんね、レム。ちょっとの間、食事が寂しくなるけど許してね。)
衛士は先ほどから非自然に女性に手のひらを差し出していたのだが、どうやらわいろを要求しているようだった。その手に女性のなけなしの大銅貨3枚が握らされる。しかし、それをみた衛士は、チッと舌打ちをすると懐に入れて女性を突き飛ばす。
「何をっ!」
「愚か者! 王族や貴族の方々の神聖な場に乗り込もうなどと画策するとはもってのほか。まぁ、今回はこれに免じて黙っておいてやるが次は無いぞ。さっさと去れ!」
女性は衛士の足にしがみつき必死に懇願するが蹴り飛ばされてしまった。唖然としていた当夜もここにきて女性に駆け寄り、痛めた体でなおも衛士にすがろうとするその人を抑えて引き離す。
「もういいですから! 落ち着いて、落ち着いてください。」
「だけど...。ごめんね、力になれなくて。それに見苦しいところみせちゃったわね。」
当夜は女性を近くの街路樹の陰に連れていくと蹴られた腹部を確認する。赤く腫れた痣はうっ血しており青痣になることが察せられる。念のためと治療薬を塗っては見たものの心配となった当夜は女性に申し出る。
「ご自宅まで付き添わせていただきます。」
「いいの。気にしないで大丈夫よ。本当にごめんね。」
女性はとうとう泣き出してしまった。立ち上がるももともとの栄養失調もあってかよろめいてしまう。このような事態を招いてしまった当夜としては、失ってしまったお金は渡すことで補填もできるが、精神的なダメージまではこの場で償うことはできない。ともかく、女性を家まで送り届けることを誓い、腰に手を当てて震える体を支えながら当夜は尋ねる。
「親切なお姉さん。お名前を教えてください。」
「お姉さんだなんて、お世辞が上手ね。おばさんでいいのよ。そうね、自己紹介がまだだったわね。私の名前はノルンよ。南西街で衣類を売っているの。あと、娘が一人いるわ。それであなたは?」
「僕はトウヤ・ミドリベです。冒険者をしています。ノルンさん、今回は僕のせいでこんな目にあわせてしまって申し訳ありませんでした。」
当夜は深々と頭を下げてノルンに謝罪の意を伝える。
「そんな、お気になさらないでください。トーヤ様。
でも、治療薬をこんな私のために使ってくれるなんて優しい貴族様ね。本当に気にしないでいいのよ。私が勝手に勘違いして勝手に自滅しただけだから。」
ノルンは当夜の泣きそうな瞳を見つけて他人行儀な言葉遣いを出会ったころの幼い少年に向けたものに戻す。二人は身を寄せ合うようにノルンの家を目指すのだった。




