趣味を語るは災いの元
遺跡調査から戻った当夜はギルドに報告に向かう。ヘレナは別れ際にサファイアのルースを返そうとする。だが、当夜はお守りとして持っているよう勧めた。だが、ヘレナは当然のように断りの返事を繰りかえす。じれったく思ったのかアリスネルが当夜を諌める。
「トーヤ、たぶん貴方のことだから、その石の価値がわかっていないんだろうなぁ。それ、貴族の豪邸が買えるくらいの値があるよ。」
「はぁ? そんなわけないでしょ。せいぜい小銀貨1,2枚じゃないか?」
「ほ~らね。ヘレナさん、トーヤはとんでもないおバカさんだから気にせず貰ってちょうだい。」
「ですが...。」
「何かとげのある言い方だな。まぁ、加護を受けているし、そこまで安いとは思ってなかったけどさ。ヘレナさん、アリスのいう通り気にせず貰ってください。その石はヘレナさんにピッタリな石だと思いますからね。」
「私にぴったりですか。どうしてですか?」
ヘレナは不思議そうに首を傾げると、ポケットから大切に取り出して両の手のひらの上に転がるサファイアのルースをじっと見つめる。そんな様子に当夜は思わず吹き出しながら解説を始める。
「あははっ。そんなに見つめても答えは出ないと思いますよ。
その石はサファイアって宝石です。特に青色の石を指している場合が多いですね。石言葉は確か『誠実』とか『慈愛』だったと思います。そんな意味で僧侶や平和を祈る人々が好む石なんですよ。
ちなみに、青以外に赤、緑、黄、紫、ピンク、桃橙色等とカラーバリエーションが豊富で、宝石として色鮮やかな種類なんですよ。でもね、この色合いについては注意が必要で、大体1,000度から1,700度くらいで加熱して色の調整をしてあるものが結構あるんだ。それとは別にベリリウム拡散処理って言う超高温環境で気化したベリリウムが表面に染み入ることで色の鮮やかを高めるなんてことも行われていたりするんだ。天然物が稀少なことがよくわかるだろ。でもね、一番重要なのはその石の色合いに惹かれたかどうかさ。天然物でも色強化された物でも美しいと感じたならそれでいいんだ。」
当夜が徐々に自分の世界に入っていく。アリスネルが幾度となくひじ打ちで中断を迫るが、彼を止めることはできない。
「ああ、あと、この色違いにあるのが僕の持つルビーさ。こんなふうに濃赤色のものがそうなんだ。こいつらは兄妹石みたいなものかな。
で、ルビーとサファイアはどっちも同じ鉱物でコランダムっていうんだけど、ダイヤモンドに次いで硬い石で磨耗しにくい性質もあるから時計の軸受とかにも使われているんだ。」
「ベリリウム? 拡散処理? それに1,000度って火球より熱いの? う~ん、姉弟石かぁ。いい響きね。」
「うわぁ...。」
「...。」
当夜の話にきちんと反応して考え込む者、当夜の濃すぎる趣味の世界に頭を悩ます者、まったく関心が無い者と三者三様であった。だが、当夜の話は止まらない。
「ちなみに、アリスにあげたのがエメラルド。石言葉は『幸運』とかかな。ワゾルさんのはトパーズ。石言葉は『誠実』とか『友情』だね。それぞれ説明していくと、」
「ちょっと、ちょっと! 待ちなさいって。ほら、ヘレナさんを見て。」
アリスネルが歩きながら悠然と語る当夜の前に手を突き出して大きなジェスチャーと悲鳴に近い声でその話を遮る。当夜が我に返って後方のヘレナを見ると頭から煙を上げてフリーズしたかのような彼女の姿があった。結局、ヘレナはワゾルにおぶられながら教会を目指すことになる。そんな原因を作った当夜はアリスネルの説教を延々と受けていた。
「いいですか。あんな難しいこと普通の人間では習っていないのですから理解できるはずがありません。そもそもあんな話、学者たちでも理解できるかどうか。私だって半分、いえ四分の一は初めて聞きました。」
(そんなこと言ったって。石好きでは割と有名な話だし。そもそも、アリスだって説教が異常に長いじゃないか。あ~あ、折角エメラルドとトパーズの話もしようと思っていたのに。それにサファイアの話だってまだまだ導入だしなぁ。こりゃ、早いところ同好の士を探さないとなぁ。ん? ドワーフあたりが一番いいかな。でも、この間はレゾールさんでさえトパーズと水晶の区別がうまくついてなかったしなぁ。だれかいないかなぁ。)
「ちょっと! トーヤ!! 聞いているの!?」
「ハイハイ。キイテマスヨ。あ~あ、アリスにあげたパパラティアサファイアまるで効果無いみたいだな。」
当夜がため息交じりで適当な返事と余計な一言を付け加える。
「んん? どういうこと?」
アリスネルは怪訝そうな顔をして当夜をにらみながらその理由を促す。当夜は泥沼に足を踏み込んだのだが石のことが頭にチラついて正常な判断ができていない。
「そりゃ、サファイアって言うくらいだから同じ石言葉だよ。『慈愛』の成分が中々効果として現れないなぁって。」
「ふ~ん。ふ~~ん。トーヤ君はそんな風に私を見てたんだ。ふ~ん。」
当夜の背中に突然悪寒が走り、冷静さを急速に取り戻していく。前を歩くアリスネルが頬を引き攣らせながら笑顔で振り返る。
「ア、アリスさん?」
「いえ、ね。トーヤ君が私をどう見てたかがよくわかったよ。さぁ、罪状を読み上げましょう。
トーヤ・ミドリベ。被告人は言葉巧みに長話を語り、いたいけな少女の精神に過剰な負荷を与えて知恵熱を誘発し、あまつさえ心優しい少女を捕まえて虚偽の評価を与えました。少女たちの心を弄ぶ悪漢、ここに極まれり、です。」
「ちょっと待て! 心優しいって誰のことだ!? 心優しいならこんなことしないだろ!」
当夜は自身の足をからめとる大地の枷を指さしながら少女に吼える。まさに悪漢の図だ。
「ふっふっふっ! 判決を言い渡します。被告人を有罪とし、くすぐりの刑に処します。」
少女が被虐的な笑みを浮かべて当夜に徐々に近づく。
「く、来るな! そんな可愛い顔してなんて残酷なこと思いつきやがる。
うわぁ、来るな、来ないでください!」
少女の手が当夜の脇を捉える。だが、モゾモゾとまさぐる感触はあるもののそれほどくすぐったさは感じない。
「何してらっしゃるんですか、アリスさん?」
「あ、あった。あった。さぁ、行きましょう!」
アリスネルの手に握られているのは当夜の黒い革財布であった。
「ま、まさか...。」
アリスネルは当夜の耳に唇を近づけると囁く。
「私たちはお先に食事にさせていただくわ。奢りだものね。それ、たぶん1鐘もあれば解除されると思うわ。それじゃ、ごゆっくり~。」
少女は黒財布をひらつかせながら去っていく。ワゾルも無言でそれに従う。
「ア~~~リ~~~ス~~~、あとで覚えてろ~~!」
当夜の遠吠えが夕暮に響いた。




