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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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帝国の誤算

「...遅いな。」


「フォッフォッフォ! しくじったのではないかね。」


「まさか。奴はあれでも序列5位。勝てるものがいるとすればライトか4位以上の奴らだけだ。この俺でも勝てんのだからな。ともすればライトか、奴にやられたのか。」


 グエンダール帝国の詰所の中枢とも言える大将軍の席に座る男が対面で赤い液体をすする老人を睨みながらつぶやく。


「いやぁ~、生娘の血の味は最高だ。どうかね、君も。飲んで少し落ち着き給え。」


「ふん。俺に人の血と混じれと? 俺は十分冷静だ。余計な世話を焼くな。」


「しかし、何者の仕業かねぇ?」


「知りたいかね、知りたいかね? では、では、私が教えてあげよう。」


 いつの間にか二人の間にペルンの頭部を大道芸のボールにように乗りこなすピエロが一人現れていた。その様子はまるで最初からそこに居たかのように自然でありながら不自然であり、得体のしれない違和感に二人は動揺する。


「ど、道化か? なぜここに居る? いや、いつかそこに居た?」

「どういうことじゃ。ワシの結界は何人たりとも侵入を許さんはずだぞ。」


「いやいや、いやいや。気にするべきところはそこでは無いのだよ。お二人さん、お二人さん。いや~、いや~。やり過ぎちゃったねぇ。ゼブレル殺害、魔王もどきの作製、お隣さんへの戦争誘導、ターペレット君もお怒りみたいだよ。何より住民の避難も間に合っちゃったおかげで負の感情はほとんど発生しなかったみたいだしねぇ。」


 道化の肩にはいつの間にか2mはあろう刃をもつ鎌が担がれている。これもまた二人に違和感を抱かせる。彼らの認識は今まで道化の肩には何もなかったはずなのにまるであらかじめ持っていた彼の者と入れ替わったかのような不自然な断絶が感じられたのだった。


「貴様っ!」


 コルグは自らの耳に届いた台詞と声に違和感を感じる。その台詞はドームレットが発するべきものであるはずだった。だが、聞こえてきた声質は重低音では無く、やや高めの声、そう道化の声だった。コルグは室内であるにもかかわらずたなびく道化のマントの影に隠れているドームレットの姿を求めて位置を右にずらす。そこには首の無いドームレットの姿があった。


「悪いね、悪いね。思わず彼の台詞をいただいてしまったよ。彼の金切声は聞き飽きていたからねぇ。」


「ヒヒッ! これはどういうことですかな、道化様?」


「うん、うん。どうって? 君に新しい材料を上げようと思ってさ。ほら、ほら。この魔核結構いけると思わないかね?」


 道化はドームレットの魔核と頭部でお手玉をしながらほほ笑む。その笑みに浮かぶ金色の瞳は決して笑っていない。コルグに残された返事は否応なしに絞られる。


「もちろんワシは指示に従いますぞ。ですが、ドームレット殿が死亡したとなればターペレット様とて不審がりますぞ。」


「大丈夫、大丈夫。そうだろ、そうだろ。ターペレット君?」


「遅かったみたいだね。まったく、君は本当に得体のしれない存在だ。どの事象を司るのか知らないが、この私でも勝てる気がしないな。二人の処分は君に任せるさ。人の世のことは私に任せてもらおう。」


 道化が肩の上でバランスを取っていた鎌を消すと同時に扉が開かれて一人の青年が入ってくる。紫の髪に金緑色の瞳、真紅のローブと獅子の金刺繍はこの国の皇帝である証だ。彼はクラレスレシアからの抗議文として送られてきた書面に記されていたペルンの愚行と魔人についてを確認する会議を行うために中枢関係者を集めていた。そして、王自らがわざわざここに来たのは後者の魔核の運用の真意を事前に問いただすためである。


「いや、いや。私程度などそこの脳筋と同様に簡単に屠れるでしょうに。ご謙遜が過ぎますなぁ。」


「貴様こそ、どうせそれも分身であろう。姑息なペルンと似たような趣味だな。」


 二人の茶化し合いによって生まれた重圧に潰れそうになったコルグはどうにか話題を変えようと声をかける。


「それで、私はどのようなことをすればよろしいのですか?」


「そう、そう。忘れてた、忘れてた。君には魔核と魔核の融合の実験をしていただきたいのだよ。」


「魔核の融合? それはすごいですな! ぜひとも教えて下され!」


「もちろん、もちろん。どうだい、新たな力を手に入れた気分は?」


「うごっ!おごぇ!ぎゃぶふっ!」


 道化の手で宙を舞っていた魔核が無くなっている。そして、それと入れ替わるようにペルンの頭部が舞う。そして、ペルンの頭を踏んでいたその足は年老いた老人の頭の上に乗せられている。その下ではコルグが吐血しながら胸に刺さるドームレットの魔核を引き抜こうと必死になっていた。

 だが、その抵抗も5分と持たずに終わる。二人分の魔核が融合し終わったのだったが、そこに残った物体はひどく不安定な形状を保ちながら毒を吐き続けるヘドロのようなスライムであった。


「あらら、あらら。これは失敗ですねぇ。残念、残念。ゴミはこちらで処分しますよ。では、では。失礼します。ごきげんよう。」


 道化が指を鳴らすと一瞬にして道化、スライム、消滅しつつあったドームレットの肉体が消滅する。


「相変わらず食えぬ存在だ。どうやら今回は道化の手のひらで踊らされていたようだな。どこまで見通していて、いったい何を企んでいるのやら。」


 皇帝は窓越しに遠い空を見上げる。その手には一枚の謝罪文が握られていた。それは道化が用意したもの、中には帝国の一等書記官の独断による身勝手な犯行であり帝国は関していないこととそれを止められなかった軍部の最高責任者と外交責任官の長を処刑したことが記してあった。これは強大な帝国が小国であるクラレスレシア王国に示すには過分な配慮であった。いずれにしても帝国がクラレスレシアに攻め込むことが困難となったことを示していた。

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