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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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再挑戦

 当夜が目覚めるとそこには例によって当夜の体に突っ伏すアリスネルの姿があった。


(前回も思ったんだけど、僕が目覚めた時にアリスって大体寝ているんだよなぁ。ここまで見事に寝ている場面しか当たらないと実際に看護されていたのかどうか、ちょっと疑問に感じちゃうんだよな。ちょっと身じろいで様子見してみるか。)


 当夜は一抹の不安を覚えながら、わざとうめき声を上げて体をよじる。当然、その振動は彼女の頭部に直に伝わる。金色の波が揺らめき、鮮やかな緑の瞳が瞬く。少女の表情に驚きと焦りのようなものが浮かんだが、当夜の顔を覗き込むと安堵の表情を浮かべる。


「も~。驚かさないでよ。本当に寝顔は可愛い顔しているんだけどなぁ。もっと私に甘えてくれていいのに。」


 アリスネルは当夜の頬を人差し指で小突くと自らの頬を緩める。まさに慈愛のほほえみである。こんな表情をされては男などいちころだ。残念なことに当夜は演技がばれないように完全に目を閉じているためにその至極の微笑を拝むことはできなかった。


「あ~あ。この顔見ているとこっちまで眠気に襲われちゃうよ。はぁ~。えへへ~。」


 突然、当夜の包まる布団に顔を当てて完全に頬の筋肉を緩めて頬擦りする少女は普段のきつめの印象が霞んで見えなくなるほどにだらけていた。しばらくすると少女の小さな寝息が当夜の耳に届く。


「ア~リ~ス~くん! さぁ、僕の上からどいてもらおうか。」


「きゃっ!? トーヤ? 起きていたの?」


 アリスネルの目は見開かれ、驚きに瞳が当ても無く揺れている。漫画的な表現をすれば目に渦巻を回しながら狼狽えていると言えるだろう。


「アリスが目を覚ます前からね。ずいぶんと言いたいことを言っていたじゃないか。ひょっとして僕が目覚めた時にいつも寝ていたけど毎回こんなことを?」


「ちっ、違う! 違うの! 今日はたまたま。ん~ん、今のは偶然。そ、そう、当夜の容体が安定してちょっと安心して気が緩んだだけよ。絶対に、寝ているトーヤに癒されていたなんてことないんだから!」


 顔を真っ赤にし、両腕を前に突き出して手を交差しながら抗議するアリスネルに当夜は眉間にしわを寄せて疑問のまなざしを投げかける。こうして、『渡り鳥の拠り所』は今日も平和に終わりを迎えた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 当夜がこの世界に戻って10日が過ぎた。当夜は再び件の遺跡の前に立っていた。今回の臨時パーティには当夜のほかにワゾル、アリスネル、そして本人の強い希望によって此の地で重傷を負ったヘレナの姿があった。ことは3日前のことであった。教会のヘレナのお見舞いにワゾルと出向いた時のことであった。意識をすでに取戻していたヘレナは子供たちに囲まれながら笑顔で出迎えてくれた。一方のワゾルと当夜は沈痛な顔で対面すると謝りの言葉から入ったのだが、ヘレナは明るく笑い飛ばすと一つの提案をした。


「アハハっ! もう。二人ともそんな深刻な顔しないでよ。あの時の私は足手まといのほかに何物でもなかったわ。それが生きているのですもの。幸運としか言えません。あなたたち二人のおかげで掴めた幸運ですよ。もっと胸を張ってください。

 そうだ。あの時は途中で引き返すことになりましたが、今度はきっちり最奥まで行きましょう。もう一人強い仲間を連れて、ね?」




 かくして、4人組は遺跡の前に立っている。前回の時にはいなかった魔法使いをメンバーに加えて。当夜も今回は治療薬に加えて秘策を用意している。


「皆さん、ちょっとお時間ください。アイテムボックス!」


 当夜はあらかじめ渡界石から取り出してアイテムボックスにしまっておいたルースを取り出す。途端に周囲のマナが濃集され精霊を顕現させる。現れたのは炎のような赤い髪を逆立てた青年の姿の【火の精霊】、白と青のベールに身を包む透けるような青髪を長く伸ばす【水の精霊】、黒と褐色のローブで全身を隠した【地の精霊】、緑の羽衣を纏いながらポニーテールの少女の姿をした【風の精霊】がルビー、サファイア、トパーズ、エメラルドにそれぞれ勝手な言い分を同時に言い放って加護を与えていく。その言葉の最後には必ず自分を加護主にするように提言するものであったが、今の当夜には全く関心の無い言葉であったため深く刻まれることはなかった。

 当夜は加護の付与されたルースをそれぞれイメージの近い者に渡していく。ワゾルにはトパーズ、ヘレナにはサファイア、アリスネルにはエメラルド、そして残ったルビーを当夜自身が所有するようにそれぞれの手に握らせる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 精霊の顕現だけでも付いていけないのに、その直接の加護を受けた宝玉をそんな簡単に手渡されても困ります。これをどうしろと言うのですか?」


 ヘレナが困惑しながら問いただす。


「え? いえ、危険な場所ですからこれで自分たちを強化しながら行きましょうということですが。何か問題でも?」


 当夜はさも当然のこととして答える。ここに魔道具師がいれば卒倒するであろうことを事もなげに口に出す。


「問題って...、」


 不満とも困惑とも取れる表情で当夜を見つめるヘレナの肩をアリスネルが叩く。その顔はどこか達観していた。


「これがトーヤよ。諦めるしかないわ。」


「なんか褒められてはいないな。」


「当り前よ。でも戦力が高くなるに越したことは無いわ。本人がその気なのだから遠慮なく使うのが礼儀ね。」


 ワゾルに至っては自身の専門外であるために事の成り行きに任せているために会話の流れの中でしきり始めたアリスネルの意見が流されるままに採択される。そんなアリスネルの後押しもあって4人がそれぞれにルースを持ちながら遺跡の奥を目指して進む。一度だけ小型の【ブラッドアラネアス】に遭遇するが、アリスネルの無詠唱の風魔法によって切り刻まれる。アリスネルはエメラルドのルースによって強化された魔法の制御に戸惑ったのか魔物を粉みじんにしてしまい、魔核はおろか爪すら残すことなく素材を手に入れることはできなかった。

 そして問題の大部屋に辿り着く。そこには誰も回収に訪れなかったのか、こぶし大の魔核と巨大な爪が4つ転がっていた。ヘレナが拾い集めようと近づこうとしたとき当夜がその肩を掴み、引き戻す。するとそこに頭上から先の【ブラッドアラネアス】の親玉もかくやといわんとする【ラビリンススコーピオン】が遺跡を振るわせるかのように落下する。実は、ここに幾人かの冒険者がお宝を求めて入り込んでいたのだが、巨蜘蛛の素材に目を晦まされて不用意に近づいた結果その餌食になってしまっていたのだった。当夜がそのことに気が付いたのはそこに血痕というかすかな痕跡が目に付いたからであった。


「よく気づいたな!」


「良く言いますよ。ワゾルさんこそ気づいていたくせに。アリスネルも気づいていたよな?」


「も、もちろん! ヘレナさんだって気づいていたけどわざと誘い出すために近づいたのよ。ねぇ、ヘレナさん?」


「え、えぇ。も、もちろん、そのとおりですわ。」


 全員がそれぞれの得物を手に取って構える。それと並行して遺跡の主も小さな侵略者たちに向き直る。今まさに戦いに火ぶたが切って落とされようとしていた。

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