新たな力
「はっ!」
当夜が目を覚ました場所は例によっていつもの場所であった。聞き覚えのある声がかかる。
「ついこのあいだ見送ったはずの君がこうも早く戻ってくるとは思いもしなかったよ。聞かれる前に答えておくけど彼女、ヘレナだったかな、無事だよ。君の生み出した新たな能力のおかげでね。」
そこにいるのは【時空の精霊】の片割れ、自らを【空間の精霊】と名乗る少年は当夜の真っ先に聞こうとしたことを正確に予期して答える。
「そっか。良かった。」
当夜の頬を涙が伝う。今回の涙は先に流した血とも思えるほど重いものでは無く軽やかに流れていく。
「それで、どうだい? 新しい能力の使い心地は。今のところこの能力を手に入れたのは君だけだと思うけど。」
「よくわからないんだ。いつの間にか意識を手放しちゃって。」
当夜は仰向けの体勢から起き上がると胡坐を組んで座る。そんな当夜の目の前に少年は進んでくると腕組みをしながら顎をしゃくりながら自慢げに解説をし始める。だが、顔が渦巻いていて表情が読み取れないために残念ながら威厳を感じられない。
「しょうがないなぁ。僕が説明してあげるよ。君は彼女の体の変化値を止めたのさ。とはいえ、それだけでも意識を失うほど高度なイメージを要するのに、さらに背負われるための体勢の変化をイメージするという離れ業までやってのけるものだから気を失うのも仕方がないことだよ。簡単に言うと君は彼女の肉体の二つの変化量を別々に変動させたわけさ。まぁ、名づけるなら【変化値の操作】かな。
君はさらにもう一つの能力を発現させていた。こちらは異常だね。それは、」
「あらあら、私を待たずにどこまで話を進めるのかな?」
可愛らしさと裏腹にあからさまな怒気を含んだ少女の声が自慢げに語る少年の背後から響く。少年はまるで機械人形のように首を回すと後ろを振り返る。もし、表情が読み取れるならば青くなって冷や汗をかきながら泣きそうになっていることだろう。
「やぁ、いも、姉上...。どうかお許しを。気分が高ぶっていたのです。」
「フフ。良いのですよ。怒ってなんてイマセンヨ。」
当夜はどこで口を挟めば地雷を踏まずに済むか思案しながら様子をうかがう。突然、少年の胴の横から上半身を傾けながら顔をのぞかせる少女は、一歩左側に飛び跳ねるとようやく全身を現す。
「こんにちは。当夜さん。今回はきちんと守ることができましたね。今の気分はどうですか?」
「ええ。非常に安心したって言うのが本音かな。だけど、二人の能力がなければとても救えませんでした。本当にありがとう。」
「ウフフ。何だかこそばゆいですね。ですけど、私たちはあなたの彼女を助けたいという強いイメージを実現しただけ、そこに至るまでの原理や操作はあなたが考えたものです。もっとご自分に自信を持ちなさい。」
少女は手を後ろに組みながら恥じらうように体を揺らすと下を向いてしまう。
「ありがとう。それで、【空間の精霊】が途中で解説を止めちゃったんだけど異常な能力って何だったの? と言うより何か兄妹設定が逆転しているのはなぜ?」
「アハハ...。実は、僕たちにどちらが先に誕生したとか、そういう順番めいたものは無いんだ。本当に同時に誕生したからね。むしろ、一心同体とでもいうべきかな。」
「一心同体とまで言われると何だか気分が悪いですね。まあいいです。それよりそれが言いかけていた続きですが、当夜さんは自分以外のこの世界の時間を止めていたのです。まさに【静止する世界】です。能力としてはもちろん、使用する加護の量も凄まじいの一言で、加護の量の増えた当夜さんでも停止可能時間は5秒程度です。今回の戦いでは3秒の停止時間を確認しましたが、残りの2秒分でヘレナさんを救うための【変化値の操作】を40分程度可能とするくらいです。どれほど加護の消費が激しいかわかるかと思います。ちなみに今の当夜さんなら【遅延する世界】であれば再びこの世界に戻ってくる前の3倍の時間は使えるはずです。」
「そんなに...。でも、どうしてそんなに加護が増えたんですか?」
「おそらく、当夜さんの私たちを想う心に変化があったのではないでしょうか。とはいえ、個人の信仰だけでは限度があります。」
「そう、だから君の加護を増やす意味でも多くの人々に私たちの真実の在り方を伝えて貰いたいのさ。多くの人に正確に認識してもらえれば、それだけで今まで僕たちに届かなかった信仰心が届くようになる。そうなることで【時空の精霊】の加護を受ける者たちに与えられる加護が増していくのさ。」
当夜は腕組みをしながら少女と少年の話に耳を傾ける。
「何だか宗教の勧誘みたいであまりいい話に聞こえませんね。」
「そうかもしれませんね。精霊は自身の存在意義を高めるためにその力を信者たちに分け与え、人はその力の享受によって繁栄を得る。そもそも精霊と人はお互いがお互いを利用する関係です。そこには宗教と似たような意味合いが生まれるのは仕方がいないことだと思います。とはいえ、私たち精霊からすればですが、信仰が無くとも一度生まれた概念として世界が必要とする限り生かされ続けます。それでも慕ってくれる人々は愛しいものです。何かしら力になってあげたいと思うのは人によって畏敬の念の下に隠された願望によって形作られた生命としては当然なのかもしれません。これまで私たちに向けられた信仰心は私たちには届かず、結果としてわずかな力しかない私たちには彼らの願いや祈りを僅かにしか叶えられず儚く消えていく姿を見送るばかりでした。」
少女は再び顔を下に向ける。表情こそ読み取れないが幾度にもわたる苦渋を嘗めてきたことが伺えた。
「不用意な発言でした。申し訳ありません。」
「いえ、お気になさらず。私たちの話はともかく、これで一度能力を発現させたので次回からはもう少し簡易に発動できるようになると思いますよ。私たちでもあなたの造った能力原理をなぞることができるようなりますので支援も進むと思いますので。さぁ、いつまでもこんなところで油を売っていないでご友人たちに元気な姿を見せてあげなさい!」
少女は自らをも鼓舞するかのように声を張り上げた。当夜はその声に無理をしている雰囲気を感じたが、それでもその声にはどこか当夜を本気で応援しているような力強さが感じられて心が励まされた。どこか余計な力が抜けたのか眠気に襲われる。そんな当夜の耳に少年と少女の声が響く。
「次はもっとのんびりおいで。僕たちは君をいつでも見守っている。君から勇んで会いにくる必要はないよ。」
「次に来るときにはもっといい話を聞かせてくださいね。では、いってらっしゃい。」
こうしてその空間は閉じられた。どことも知れない空間で少年の声が響く。
「不気味なオブジェクトを置いていった不審者は今回は現れなかったか。こいつは当夜に見せるにはまだ早いな。」
少年は当夜がその空間で目覚めるより早く到着してその不気味な魔人の絶命時の惨たらしい塊を回収していた。
「それにしてもこの物体、時空の魔法、それも相当高度なものがかけられている。僕に気づかれない空間操作にも驚嘆させられる。いったい何者かな。」
少年は不気味さを感じながら自身の位置を悟られないよう、さらに今いる空間を閉じてその姿をくらませた。




