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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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墓所の先に広がる遺跡(後)

「うぐぅ!」


 当夜の斬撃は巨蜘蛛の一振りと衝突すると一瞬で打ち負ける。もちろん当夜の足が地についていればここまで簡易に押し負けることは無かったであろうが、相手からみればあまりに軽い体重と突撃の勢いだけではどうしようもない。だが、ワゾルにとってはそのわずかな時間でも十分に命を拾うことができた。ワゾルはヘレナの服の裾を引っ張ると後方に振り投げ、自らも腰をかがめて爪の横薙ぎをかわす。後ろで小さくない悲鳴が上がったが振り返る余裕はない。無理やり体勢を崩しての回避行動であり、次の攻撃に対処するには周りを気にする余裕はない。上を見上げれば次なる攻撃が振り落されていた。躱すことはすでに難しい。ヘレナを見捨てなければこの攻撃も避けられたであろうが、ワゾルは後悔していなかった。飛びのきながらも避けきれない一撃による痛みを覚悟していた。その脚に2本のナイフが刺さる。飛びのきながらその放たれた先をみると頭から血を流しながらもナイフを投擲した姿の当夜がいた。


「助かったぞ、トーヤ!

 ヘレナ! 無事ならトーヤの治療に当たれ!

 トーヤは治療が終わり次第加勢に入れ! ヘレナはサポートだ!」


 巨蜘蛛は前脚と鋏角を使ってワゾルを切り裂こうとするが、体勢を整えたワゾルも負けてはいない。ワゾルと巨蜘蛛の攻防は膠着状態に陥った。その頃、当夜はヘレナの治療を受けていた。


「トーヤさん、お気を確かに。」


「う、うん。大丈夫ですよ。それよりヘレンさんは大丈夫ですか?」


 当夜の血に紅く染まった視界に映るヘレナは、右腕が大きく腫れており間違いなく骨折していた。また、白衣でよく見えないが、その軽装ではおそらくほかの場所にも大きな怪我を負っていることは想像に難くない。当夜はアイテムボックスから中級治療薬を取り出すとヘレナに手渡す。


「これを使ってください。」


「わかりました。」


 すると、ヘレナは迷わず当夜の怪我に薬をほとんど使ってしまった。


「ヘ、ヘレナさん! これはあなたに使ってもらおうと思って渡したんです。うわ、ほとんど残ってないや。」


「私は大丈夫です。ほら、急がないとワゾルさんが危ないですよ。」


 ヘレナは笑顔でトーヤを送り出そうとする。顔色の明らかに悪いヘレナの様子に当夜は嫌な予感を覚えて彼女を抱きしめて背中をさする。途端に手に生暖かい液体が付く。さらに下の方を触診すると大きな石が彼女の柔らかな体にめり込む形で埋まっていた。当夜がその事実を知るに至ったと同時にヘレナは当夜に倒れこむかのように体を完全に預けてきた。


「あ~あ、気づかれちゃいましたか。致命傷、です。もう、私は、助からないかな。血が、出すぎ、て、しまいました。

 ...さぁ、はやく、ワゾルさんを、助けに...、」


「くそ! 死なせない。死なせないぞ!」


 ヘレナはついにその意識を手放してしまった。当夜は手持ちの高級治療薬を取り出すと、彼女に突き刺さる石を抜き取る。ズズッという音と抜けた瞬間に溢れ出す血液に焦りを覚えるが、当夜は高級治療薬を塗りたくる。何割かは流れる血液に押し流されたが、その効果は劇的であり傷口が閉じていく。やがて、血の流失は抑えられるようになったもののあまりに多くの血を失ったヘレナの命は風前の灯であった。当夜はすぐにでも彼女を連れて教会に駆け込みたかったが、その道を閉ざすかのようにあまりにも巨大な門番がそこに立ち塞がっていた。


 ワゾルもまた、当夜とヘレナの雰囲気に只ならぬ雰囲気を感じていた。一瞬ではあったが仲間に意識を向けてしまったことが、実力的に拮抗するワゾルと巨蜘蛛の攻防の均衡を破るきっかけとなろうとしていた。ワゾルが二人に目を向けたその瞬間に巨蜘蛛は腹部を反らせる。それは出糸突起から糸を放出して獲物を絡め取る予備動作であった。


「ワゾルさん! 糸が来ます! 左に避けてください!」


 突然に響く当夜の声に反射的にワゾルは左に飛びのく。ワゾルのいた場所には大量の白い糸が絡まり、もしもその場にワゾルがいれば恰好の餌食となっていただろう。


「トーヤ、お前。」


 ワゾルが当夜にその行動の意味を図ろうと声をかけたとき、すでに彼はその場に姿を残しておらず、ワゾルの後ろで大きな物音が響いたのだった。ワゾルが振り返ると銀に輝く刀身が大きく上に跳ね上げられて当夜と同じくらいの大きさのある巨蜘蛛の頭が地に落ちて転がったところであった。なすすべもなく崩れ落ちる巨蜘蛛にワゾルは唖然としながらフラフラと足取りもおぼつかず戻ってくる当夜を受け止めるて事態の説明を求めようとする。だが、当夜はワゾルが口を開くよりも先に言いたいことを告げて気を失ってしまった。


「早くっ! ヘレナさんを教会に!」


 ワゾルは慌ててヘレナの下に向かうとあまりに深刻な事態に顔色を変えてクラレスの街に引き返した。


 北門の見張り台では、ベルドが血相を変えて走り込んでくるワゾルを捉えていた。その両肩には血まみれの服に包まれた女性と少年の姿が担がれており、事態の緊急性を予感させた。ただちに教会と薬事処に使者を送り、治療の準備を進めさせる。同時にベルド自身も馬を用意してワゾルを迎えに行く。


「よう、相棒! 血相を変えてどうし、」


 そこにはすでに死を迎えているのではないかと思うほどに顔色の蒼くなったヘレナの姿があった。当夜の方も確認するが、出血の量は彼女に比べれば少なく、息もあるようである。だが、とにかくヘレナの方は一刻を争う事態であった。


「その女性を預けてくれ。馬の方が速い。」


 ベルドはワゾルからヘレナを預かると馬を街に向けようとしたが、ワゾルが綱を掴んで離さない。


「何だ! この娘はもう危ないんだぞ!」


「だ、駄目だ。トーヤと離してはいかん。い、一緒に連れていけ!」


 ワゾルは息を切らせながら当夜をベルドに押し付ける。


「な、なぜだ!」


「トーヤを森の安全地帯において向かおうとしたら彼女の様態がひどく悪化したんだ。何か仕掛けがある。二人を引き離すな!」


「ちっ! わかった。二人は預かったぞ。ゆっくり戻れ。」


 ベルドは二人を連れて教会に急ぐ。教会ではすでに受け入れ態勢ができており、3人の到着を待っていた。


「北門のベルドだ。急患を頼む!」


 二人はすぐさま処置室に運ばれる。院長が診察を行う。その額に汗がにじみ始めると険しい顔つきで他のシスターたちに指示を飛ばす。すぐさまに大量の【マナの雫】と【増血剤】が用意される。当然のように当夜はそれほど深刻でないのでヘレナのために用意されたものだ。ヘレナの細い腕に【増血剤】と【マナの雫】が混ぜ合わされたガラス瓶のはまる太い針が刺しこまれようとしたその時、針はまるでそこに壁があるかのように阻まれて先に進もうとしない。院長が力を込めるがまるで動こうとしなのだ。その頃、当夜の登録証の裏面では【時空の精霊】の加護が目まぐるしく動き、ゼロを示そうとしていた。それは当夜の時空魔法が発動していることの表れであった。そう、彼女は今や外界からの一切の干渉を受け付けない絶対の守りと自らの体に一切の変化を生じさせない封印によって、辛うじてその命を保っているのだった。そして、加護が失われたその時から彼女の体が急速に死に向かい始める。


「な!? ヘレナ! これはまずい! 早く処置しないといけないのに!」


 焦りながら院長は再び針を打ち込む。すると、先ほどとは打って変わってすんなりと彼女の体に刺さっていく。物凄い勢いで投薬が進んでいく。ヘレナの体では今マナが急速に使われて血液を急造している。その効果によって次第に顔色が赤みをさしてくる。これによりヘレナは一命を取り留めた。安堵するシスターたちの一方で、院長はヘレナが助かったことに疑問を抱かざるを得なかった。


(どうして、彼女は助かったのかしら。どう考えても北門からここまで持ったことすら不思議な致命傷だというのに。仮に傷口は高級治療薬で塞いだとしても、ここまで血液を失ったのに生きていられたなんて私の経験上は信じられないわね。これは本人に確認するしかないか。まぁ、とにかく優秀な娘を失わなくて良かったわ。

 こっちの坊やは大丈夫そうね。たぶん、この子を守ろうとして怪我を負ったのね。まったく、この坊やには反省が必要だね。以前、薬を寄付してくれたことが無ければ放り出してやるところだわ。)


 院長は勘違いをしながらも二人の様子を嬉しそうに見つめるのだった。

 そして、この後教会にたどり着いたワゾルを待っていたのは保護者の立場を問う院長と知らせを聞いて到着したライラによる二重の説教であった。3時間近くに及ぶ説教の後に未だ目覚めない当夜はワゾルに背負われる形で教会を後にし、家に帰るのであった。

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