墓所の先に広がる遺跡(中)
松明が照らす通路を前にして二人は未だ動けずにいた。
「これは二人だけだと厳しいかな?」
「う~ん。実際にトーヤさんの空間把握でどれくらいの魔物を感知できますか?」
「そうですね。ほとんど感じられないんですよ。強いて言うなら天井に点々と反応があるだけで他は感じれないんですけど、この能力も相手が気配を絶つのに長けていればわかりませんしね。」
当夜は大げさに腕を広げて頭を左右にふる。そんな当夜にヘレナは頷くと一つの提案を持ちかける。
「でしたら、後ろに控えている御仁を加えてみてはいかがですか?」
「あらら、ヘレナさんもお気づきだったんですね。だそうですよ、ワゾルさん?」
石部屋の冷えた空間に当夜の声が響く。すると、のっそりと大きな影が動き、ワゾルが姿を現す。
「最初からばれていたのか?」
「いえ、僕はワゾルさんがこの部屋に入ってくるまでわかりませんでした。」
「私もです。どんなに気配絶ちのうまい人でもこれだけ狭い空間ではさすがに隠しきるのは難しいでしょう。」
「まぁな。それで俺を呼び出したということは進むのだな。」
「ええ。お願いできますか?」
「構わんが、危険と感じたら即座に撤退するぞ。」
「もちろんです。よろしくお願いします。」
先頭を当夜、ついでヘレナ、殿をワゾルが務める。慎重に進んでいくが罠や魔物は一切認められない。どうやらここは盗賊のアジトでも上流階級者の墓所と言うわけではない盗難対策の必要のない場所なのであろう。
通路の壁は黒い真珠岩を切り出したのであろうか、鋭利な割れ目は松明の火の光を受けてキラキラと煌めきを放っていた。松明は植物を乾燥させたものではなく、【火の精霊】による魔法であることが台に記されている呪文から判読された。
3人は慎重に進んでいく。通路の角に差し掛かった時だった。当夜の空間把握に一体の魔物の気配が引っかかる。先頭の当夜が突然止まることで隊列が左右に乱れるが、二人はすでに臨戦態勢に移行している。そんな彼らの目の前に背後からの奇襲をあきらめた魔物が天井から襲い掛かる。魔物の着地と同時に重い振動が3人に伝わる。現れたのは4対の赤い目を光らせたクモ型の魔物であった。全身に太い剛毛を生やし、8本ある脚の先端に黒く光る爪は鋭く強靭であった。当夜が片メガネを付けて鑑定するとその正体は【ブラッドアラネアス】と出た。その【ブラッドアラネアス】はこちらに向かって口に当たる部分に生える鎌のような顎を噛みならして当夜達の品定めをしているようである。
「皆さん、【ブラッドアラネアス】だそうですが、ご存じですか?」
「いや、俺は知らん。だが、中々強敵のようだぞ。どうする? 退くか?」
「いえ、教会の魔物辞典にありましたが、それほど強敵ではなかったような気がします。でも、聞いていたものよりも少し大きい気がしますが。」
ヘレナが脚を除いても全長1.8mはあろうかという蜘蛛の化け物を見上げながら戦闘移行へのきっかけとなる一声をあげる。もちろん、最後に付け加えられた呟きは二人には届いていない。
「わかった。俺が前に出る。トーヤは遊撃、ヘレナさんは俺たちの補助に入ってくれ。」
「「はい!」」
二人の声に反応したかのように【ブラッドアラネアス】はヘレナめがけて襲い掛かる。だが、そこにワゾルが割り込むように体を入れると、体のばねを活かしたひねりから斧による高速の横薙ぎを打ち込む。すると、紫色の体液をまき散らしながら2本の前脚が宙を舞う。後ろに向かってよろめくところに当夜の聖銀製の剣が追い打ちをかける。さらに左半身から生える後脚と中脚がそっくり切り裂かれる。これにより胴体を地面にたたきつけられる形で体勢を崩す魔物に止めとばかりにワゾルが頭部にその斧を振り下ろす。バキッと甲殻が砕けると体液が溢れだし、赤い4つの目の色に輝きが失われる。同時に、その巨体が霧散し始めて残されたのは8つの黒く輝く爪と5㎤程度のボレオ石のように濃紺に輝くキュービック状の魔石であった。
「お疲れ様です。さすがワゾルさんですね。」
「ふむ、トーヤもあの狭い中をよく背面側に移動できたな。おかげで楽に倒せたぞ。」
「えぇ。お二人とも無事で何よりですわ。トーヤさん、魔物の素材はトーヤさんがお持ちになってください。ここの第一発見者でもありますし。」
「それが良いだろう。」
「そうですか。とりあえず、僕はアイテムボックスもありますので保管しますね。まぁ、こういうのは3人で分けた方が後腐れなくていいってものです。街に着いてから山分けしましょう。」
そんな先の話をしているうちに3人は大きな部屋にたどり着く。そこにあったものは7つの石棺であった。いずれの石も純白の大理石で作られており、細かな彫刻が刻まれていた。ところどころに色鮮やかな自然石が埋め込まれており、盗掘にあっていないことを物語っていた。そこには埋葬者の一生の様子が描かれており、ある一つには赤ん坊として生まれ落ちたところから始まり、幼女として家族と思われる集団に囲まれながら穀物の束を運ぶ様子や同じような年齢の子供たちと勉学に励む様子、さらに若い男女が恋に落ちていく様子が記されており、最後に木に磔にされている様子で物語が閉じられている。上部の蓋に埋葬されている少女本人の姿であろう全身像が彫りこまれているがまだうら若い少女であったことが想像される容姿であった。そのすぐ隣に刻まれた古代語は少女の名を表しているのだろうが当夜には読み解くことができない。
「トーヤ、一応言っておこう。死者への冒涜とならないようにあまり詮索しない方が良いと思うぞ。」
その声とほぼ同時に敵意を感じて振りかえった当夜がワゾルの背後に見たものは先ほどの蜘蛛とは比べものにならない大きさの【ブラッドアラネアス】の親玉の姿であった。そのあまりに巨大な体は、もはや遺跡の一部として3人に錯覚させ、同時に動かず息をひそめる歴戦の狩人の気配絶ちは当夜の空間把握を以てしても狩りに入る瞬間まで気づかせなかった。当夜は全力でワゾルに向かって飛びかかる。その尋常でない様子にワゾルとヘレナは背後を振り返り思わず息をのむ。そこには二人めがけて90cmはあろうかという鋭い爪を薙ごうとするあまりに巨大な蜘蛛の姿があったのだから。




