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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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墓所への水先案内人

 迷いの森で墓所を発見した翌日の1鐘の鳴り響く前、外では朝日の光がようやく街に影が生まれる時間となったころ、ライラとて自宅で本日の仕事の準備にかかり始めた時間のことである。

 『渡り鳥の拠り所』のドアが叩かれた。管理人候補生たるアリスネルは寝坊助であることに定評があり、普段はライラの声が聞こえない限り起きることは無い。そのため、ライラがいない場合は当然のように当夜が対応をしていた。今回も当夜が起きてその対応に当たることとなった。

 ドアを開けるとそこにいたのはヘレナであった。ヘレナは当夜の顔を認めると勢いよく抱き付きいて頭をなでてくる。体を前倒しにしてドアを開けていた当夜の顔はヘレナの胸に押し込まれて息のしづらい状況であった。


「んん~!? ん? ん~ん??」


 当夜は少女のような体に抱きしめられてなぜか頭を撫でられているという事態にまったく寝起きの頭がついてこられず、ただひたすらに息のできる空間を求めて顔を動かす。


「ちょ、ちょっと! そんなに動かないでください! くすぐったいですよ。」


 抱きしめていたヘレナは当夜の動きに身じろぎ、当夜はようやく解放されるのだった。朝からの刺客の正体を見定めた当夜は寝起きの頭を動かそうと深呼吸をして挨拶から入る。


「あぁ、ヘレナさん、おはようございます。こんな朝早くに何かあったんですか?」


「あ、はい。ギルドから神殿に古代の墓所の発見の報が入りまして、教会に立ち合いに出るよう神殿から指示があったのです。そこで発見者に所縁のある私が選ばれてここに今いるに至るわけです。」


「ほう。で、なぜ僕は窒息させられそうになったわけですか?」


 当夜はジト目でヘレナを見下ろす。体勢が同じならば当夜の方が背が高い分、見下ろす形となる。


「だって、トーヤさんが悲観に暮れているってライラさんから聞いてましたから。何より、その、テリスールさんのことで...。ごめんなさい。」


 ヘレナは空気が重たくなったことに気づいて謝罪を口に出した。当夜はかぶりを振ると落ち込む少女にフォローを入れる。


「テリスのことは悲しいですけど、今は前を向くことにしたんです。

 まぁ、ともかく励ましてくれてありがとうございます。それで用件は遺跡の案内の依頼ってことで良いですか?」


「そのとおりです!早速行きましょう!」


 ヘレナは当夜の右手を引くとそのまま迷いの森まで走り抜けようとする勢いを見せた。さすがの当夜も寝巻のままで危険な魔物がはびこる森に突入をするわけにはいかず、ヘレナを止めようとするがズルズルと引っ張られる。このか細い体のどこにそんな力が隠されているのか、解けない疑問が当夜の頭を駆け巡る。そんな二人に少女の声が降りかかる。


「ト~ヤ~! また女の人と逢引とは良い根性ね。ライラさんに言いつけるわよ。」


「ち、違うから。そういう間柄じゃないから。そんことよりヘレナさんを止めてくれ!」


 二人のドタバタ劇に寝起きの悪いアリスネルも目を起こしたのか、階段を降りて来たところに目にしたのが少女に手を引かれて出かける当夜の姿だったのだ。起こされたことで不機嫌だったアリスネルには、当夜を自分以外の女の子に連れて行かれるその光景は彼女の心に大噴火を誘発した。ドタドタと効果音が聞こえて来そうな足取りで二人の手のつなぎに立つと噛みついた。それも当夜の手に、本気で。


「ギャー! 痛いって! や、やめろ、やめてください! アリスさん!」


 事態に気づいたヘレナが慌ててアリスネルを引きはがすと治癒魔法を当夜にかける。


「フッ、フーーー!」


 アリスネルが猫のように威嚇しながら当夜をにらみつけている。仕事にやってきたライラから、当夜が近くにいると話が進まないということで家で着替えてくるように指示を受けて現在は自室で装備を身につけている。



 装備を整えて階段を降りると楽しそうな笑みを浮かべるライラと、首をうなだれる二人の少女の姿があった。


「トーヤ君。話はヘレナさんから聞いたわ。今回はトーヤ君のせいってわけではなさそうね。まぁ、突き詰めればトーヤの女たらしが根本にあるんだけどね。」


「ひどい言われようだ。それで、僕は問題の墓所に行きますけどアリスも連れていっていいですか?」


 途端にアリスネルの顔が華やいだが、そんな少女の期待は一瞬で潰える。


「もちろん、ダ、メ、よ。だって、そんな悪いことをしたのに罰も無いんじゃあ、教育上よろしくないわ。今日は私がこき使っていろいろ家事を覚えさせるとするわ。

 それで、ヘレナさんは武術の心得があるみたいだけど、一人でもトーヤ君を守れるのかしら?」


「は、はい。もちろんです。ライラお姉さま!」


 ライラの鋭い視線にドギマギしながらヘレナは答える。どうやらライラとヘレナの上下関係は明確に線引かれたようである。


「よろしい。なら、今日は二人で出かけて来なさい。トーヤ君もヘレナさんをしっかりエスコートするのよ。」


「はい。まぁ、危険が無いように立ち振る舞いますよ。どーせ、ワゾルさんあたりでもまた付けるつもりでしょうけど。」


「ありゃりゃ。感が良いわね。誰にお願いするかは秘密にしておくわ。精々助っ人にお世話にならないように気を付けなさい。」


「了解!」


 ライラは当夜とヘレナを見送ると、ふさぎ込むアリスネルに檄を飛ばす。


「さぁ、アリス! このままじゃ、トーヤに嫌われちゃうわよ。それどころかヘレナと一気に燃え上がっちゃうかもしれないわね。あ~あ、取られちゃうかもね。ヘレナもトーヤのことまんざらでもないみたいだし、トーヤも看護してもらっているから悪くない印象を持っているね~、あれは。」


「ええ!? うあぁ、ラ、ライラさん、私どうしたらいいのですか?」


「そうね。二人が帰って来るまでに一つ手作り料理を作りましょう。男の心をつかむ勝者はたいてい胃袋を抑えた者なのよ。さぁ、今日の修業は厳しくなるわよ。ついてこれる?」


「はい! お願いします、ライラお姉さま!」


 上目づかいでライラを見上げるアリスネルは彼女の言葉に疑いの余地を見出せず、もはやライラ教に入信した信者と化していた。



 一方で、当夜とヘレナは先の狂乱における北街の教会の損傷や孤児の増加など情報のやり取りといった至って事務的な会話を続けていた。当然、そこには両者ともライラがアリスネルに吹聴したような感情はなく、どちらかといえば姉が弟を心配する、もしくは兄が妹を心配するような肉親に近い感情があるだけだった。そうこうしている間に問題の墓所の入り口にたどり着く。


「なるほど、これが問題の遺跡ですか。」


 ヘレナは墓所の入り口から奥を覗き込むように顔を近づける。当夜もその視線を追うように内部に目を向けるが、暗闇に包まれた中はうかがいしれない。二人の沈黙は1分にわたって続いた。


「怨念の類は感じられませんね。トーヤさん、中に入ってみましょう。」


「了解です。慎重に進みましょう。」


 二人の姿が暗い階段を下りながら徐々に闇に包まれて消えていった。

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