巫女の墓所
「遺跡かな?」
「遺跡だな。」
「遺跡ね。」
「遺跡だろうな。」
当夜の問いに野太い声、気の強い声、お茶らけた声が答える。
「いつの時代とか、誰が作ったとかわかる人います?」
「知らんな。」
「さぁ?」
「わからないな。」
先の問いに対する答えと同じ順番に返事が返ってくる。そんな流れができ始めていることに苦笑しながら次の質問に移る。
「で、どうする?」
「任す。」
「右に同じ。」
「左に同じ。」
「何、この流れ? 僕がリーダーみたいになってんじゃん。一応言っておくけど僕が一番この中では経験低いと思うよ。普通、ワゾルさんがリーダーになるべきじゃないか?」
当夜はこの流れを打開すべく一つの案を出した。当夜としてはまさに正解を引いたつもりでいたのだが、残りの者たちの意見は当夜を支持しない。
「いや、俺は見届け人だからな。言いだしたトーヤがリーダーで決まりだろう。」
「そうね。私もそれでいいと思うわ。」
「あぁ。俺なんか、お前らとは関係の薄い部外者だしな。指揮を乱すわけにはいかんよ。」
三人とも何を当たり前のことをと言わんばかりに当夜の合図を待っている。
「はいはい。わかりました、わかりましたよ。やりゃー良いんでしょ。やりゃー。
じゃあ、早速だけど、入り口の周囲にこの遺跡の関連するような物が無いか探してみよう。僕が声を上げるまでこの入り口が見える範囲で探してみてください。あと、ベルドさんは探索はしないで良いので3人がどこにいるか把握願います。」
「何だよ。俺だけ退屈な役回りじゃないか。」
「だって、門兵でしょ。おあつらえ向けのお仕事だと思いますよ。」
(フフフ。僕をリーダーに推した報いを受けてもらおうではないか。)
「はぁ、しょーがねー。三人とも早いとこ片づけてくれよ。」
「ああ。」「は~い。」「のんびりやります!」
「おい、こら、トーヤ!」
当夜はベルドから逃げるように離れて地面を探し始める。同様にアリスネル、ワゾルも地面を探し始める。
当夜は探し始めてすぐに落ち葉や土に埋もれた石碑を見つけ出す。そこには苔が溝を埋めているが明らかに文字とみられるものが刻まれていた。トーヤは三人を呼び寄せると、近くに落ちている枝で苔や土を穿り出す。全員で全長3mにも及ぶ石碑をきれいにしたところでアリスネルが内容を解読し始める。彼女が発する言葉にワゾルとベルドは首を傾げるが、当夜には自動翻訳により日本語に聞こえる。
「此の地にクラレスの民の国が創られて、早80年。我が国は豊かな森資源に支えられて人口800人と隣国に比して大きく成長し、隣国を束ねる大国となるに至った。
それからさらに20年の月日が流れた。平和的にまとまったはずのクラレス大国はクラレスと地方国との間に生まれた産業・資源・人口などから生まれる経済格差によって不平不満が蓄積されつつあった。これらの感情はマナと結合して様々な不幸や災害を呼び寄せた。
このような事態を解決するため、ここ【始まりの祭壇】において人工精霊を作り出した。この精霊は人々の不平不満を回収して大地の奥深くに封印するものである。すなわち、【還元の精霊】である。この【還元の精霊】を作るために6名の巫女を生贄として捧げた。
役目を終えた【始まりの祭壇】は、犠牲となった巫女たちの墓所として奉ることとなった。
以下はここにその魂を残す者たちの名前である。
フィルネット・セレナレット (32)
セレス・アメス (28)
レジュナム・ペゾット (21)
ヴェール・エレミア (19)
レムネット・ヒマイト (18)
エレール・ウェーラー (17)
アリス・ネルメール (16)
巫女たちに幸ある来世を願い、我らは彼女たちを敬い続ける。」
「「...」」
高らかに読み上げる少女の声は、高い声であるにも関わらずどこか荘厳な雰囲気を纏っていた。二人にはアリスネルの読み上げた言語は理解できなかったが、その重みに思わず黙り込んでしまう。一方の当夜は、心のどこかに引っかかるものを覚えて再び石碑に目を通す。そう犠牲者の最後の二人の名前である。
「ふ~ん。どうやらここは生贄の祭壇みたいな場所で、その儀式の完了後に犠牲者の墓地になったみたいね。あまり、面白い収穫はないかもしれないわね。でも、人工精霊だなんて聞いたこともないわ。まぁ、古代の生贄の儀なんて形だけの想い込みだからしょうがないのかしら。」
「なぁ、アリス。このあたりの名前、偶然かな?」
「ん~。トーヤ、変なこと言わないでよ。偶然よ。そんなこと言われると気味が悪いわ。それに、私はアリスネル、アリスは渾名よ。次に変なこと言ったら二度とアリスって呼ばせないわよ。」
しかし、似たような名前の本人はまるで関心を持っていないようである。まぁ、確かに似たような名前から連想しただけであるが、当夜にはこれは一つの物語を想像するに十分な情報であるような気がしたのだった。
「とりあえず中を確認してみよう。」
当夜は確信を得るために中に入ることを進言する。
「う~む。墓地を荒らすのはちょっと気が引けるな。罰が当たりそうだし。」
「あぁ。トーヤ、せめて教会に一度確認してもらってから入った方がいい。」
オブザーバーである二人からの助言が入ると、アリスネルも同調する。
「そうね。特に財宝があるわけでもないでしょうし、こういう祈りの場には大きな力が宿るわ。そういった力を敵に回すのは非常に危険よ。トーヤ、ここはいったん引きましょう。」
さすがに3対1では分が悪い。当夜は仕方なくあきらめて引き返すことにした。近いうちに必ず戻ってくることを誓いながら。
ギルドへの帰り際に薬草類を数種といくつかの木の実を拾い集めて帰路につく。ベルドは北門で別れたが、街中に去っていく3人にいつまでも手を振っていた。道中、ペールの家を訪ねて素材を渡して、そのお礼にいくつかの治療薬を譲り受けた。
ギルドにつくと、アリスネルが足取り軽く、どこかステップを踏むように受付に駆け寄ると本日の依頼完了報告を行っている。
当夜はヘーゼルに件の墓所の話をする。
「ヘーゼルさん、迷いの森で巫女の墓所を見つけのですが、心当たり在りますか?」
「はぁ? 巫女の墓所? 聞いたこと無いね。どこにあったんだね?」
「ええ。こちらの場所辺りなんですけど。石碑にそういった謂れが古代文字で刻まれていまして。」
「へぇ。墓所かい。そりゃ、うちより教会の出番だね。わかった。そのことは私から神殿に伝えておくよ。ひょっとしたらあんたにも確認してほしいって依頼があるかもしれないね。心に留めておいておくれ。
しかし、よく踏み込まずに堪えたね。感心したよ。そう言うところは不思議な力が集まっていて危ないことが多いからね。」
「まあ、仲間たちのおかげですよ。僕一人だったら、レイゼルさんの言葉を鵜呑みにして突入してましたよ。」
とたんにヘーゼルの顔色が赤くなり始める。どうやら怒りの地雷を踏んだようだ。もちろん踏んだのは当夜でなくレイゼルであったが。
「も、もちろん、彼女とて墓所に入ることを指示も許可もしたわけじゃありませんよ。ただ単に地下空間の探索許可を出してくれただけ、」
ヘーゼルは、当夜のフォローしたつもりの発言を聞いて余計に怒りが足されたのかレイゼルの耳を引っ張りながら奥の部屋に去っていった。
当夜は二人が帰ってきそうにないので報告の終わったアリスネルとともに『渡り鳥の拠り所』に帰っていった。その道すがら当夜は墓所に祈りをささげ忘れた分を取り戻すかのようにレイゼルの冥福を祈ったのだった。




