セレアラの花の採取
迷いの森を形作る多くの植物はシダ植物のような姿であった。開ききる前の葉は赤く茎は黒いため一見ムカデが直立しているようで非常に不気味である。もちろん開いてしまうとムカデのような若葉とは似ても似つかない緑鮮やかな大葉を広げる。葉は広がると80cmにも及び非常に固い。一方でムカデのような若葉はその姿に反して非常に柔らかく指で軽く折ることができる。
「トーヤ、何をびくびくしているの? 空間把握のおかげで危険な生き物は感知できるんでしょう。さっさと進んでよ。」
「といわれてもなぁ。この芽が不気味なんだよ。俺の知っている毒虫の姿に似てて触りたくないんだよ。
ねぇ、アリスもん。この不気味な植物を何とかしてよ~。」
「ト~ヤ~っ。意味わかんない言葉で言われてもニュアンスで何か馬鹿にされているってことくらいわかるんだからね!」
アリスネルが怒気を含む声を上げながら後ろから当夜を押す。当夜は突然の衝撃に前のめりでムカデもどきの群落に突っ込む。パキリポキリと軽快な音を立てて折れる若葉の一片が当夜の頬の横にくっつく。
「う゛ぎゃ~!!」
当夜は裏声で悲鳴を発し、半狂乱となって駆け出していく。もはや後ろにいるアリスネルを忘れているかのように脱兎のごとくその場を逃げ出した。
「ちょ、ちょっと! トーヤ、危ないよ!」
当夜が走り去った方向は偶然にも泉の方向であったため、今二人は泉を前にしてしゃがみ込んで休んでいる。現在、当夜が発狂して15分ほどが経過している。当夜は頭を下に向けてうなだれているが、アリスネルはどこか誇らしげに当夜の背中を擦っている。
「どう? 落ち着いた?」
「あぁ。なんとかね。だけど、こういうのは逆だと良いなと思うんだよね。」
「そうかな。私はこういうのもありだと思うよ。」
ちなみに彼らの周りには蒼い牡丹のような花が無数に咲いている。このセレアラの花は実際の牡丹の花より一回り小さく花弁の数も少ない。だが、その抑え目な全体の形だからこそ、中央に黄金色に煌めく王冠状のおしべと蒼白く燐光するめしべが芸術的な美しさを浮かべている。その花の中央からは沈静効果のある薄甘い香りを漂わせている。この香りは魔物にとっては好ましくない香りであるためこの周辺に魔物はいない。いわゆる安全地帯である。おかげであれだけ奇声を発していた当夜は魔物から襲われず済んでいる。
「それはともかく、目的の花もたくさんあるし、さっさと採取してしまおう。」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん? どうした?」
「...。はぁ。えぇ~。せっかくいい雰囲気の場所なのにもっとゆっくりしようよ~。」
アリスネルはやや上気しながら当夜にしなだれかかってくる。どこかその声は間延びし幼さが強調している。まぁ年齢相当といえばその通りなのかもしれないが。
「おい! アリス、大丈夫か? なんか変だぞ。」
「う~。そんなことないよ~。そんなことより~、私と一緒にのんびりしよう~よ。」
実はセレアラの花は傷つけられると過剰な安息物資を分泌する。当夜がセレアラの花を摘み始めたことによって連鎖的に群落全体が忌避物質たるその成分を一斉に分泌し始めたのである。アリスネルは【世界樹の目】として植物の活動に機敏であるがために劇的な効果が現れた一方、異世界からやってきた当夜にとっては偶然にもそれほど効果のある成分では無かった。その結果がこのような差につながったのである。通常、セレアラの花の採取には風向きを読むことと群落の端から徐々に採っていくのがセオリーである。今回のようにこの成分に当てられてしまった場合にはしばらく静かにして安息物質の放出が落ちつくのを待つしかないのだが、当夜はそのことを知らないがために次々摘み取っていく。さっさとこの場を離れるために。
「ふぁぁあ。トーヤ、私、眠くなっちゃったよ~。おやすみ~。」
アリスネルは安全地帯とはいえ、何の警戒も無くその場で寝てしまう。もしも人さらいに見つかれば大変な事態である。
「ちょいちょ~い。アリスさん! 何寝ようとしているのかな。ってもう寝ているし。しょうがないな。」
本当にしょうがないのは当夜の方であるのだが、彼はアリスネルを呆れながら眺めるとアイテムボックスから毛布を一枚出すとかぶせながら摘み取ったセレアラの花の数を数える。丁度20本あったので採取を一旦やめる。当夜はもう少し採取数を増やそうかと考えたが、その麗美な景色をこれ以上壊すことに気が引けて終わりにすることにして寝入るアリスネルの横に腰を落とす。
ふと彼女の寝顔を覗くと先ほどまでの上気していた顔色は落ち着きを取り戻していた。
「なぁ、アリス。大丈夫か? そろそろ起きてくれ。」
「う、うぅん。あれ? トーヤ? ここは、どこ?」
アリスネルは目を眠そうにこすりながら当夜に現状を尋ねてきた。
「おはよう。セレアラの花を依頼の数だけ摘んどいたぞ。まったく急に寝ちゃうから心配したぞ。」
「そう。ごめんね。
...。ってそれはトーヤがセレアラの花を急に摘んじゃうからじゃない。あれ? トーヤは大丈夫だったの?」
「ん? 大丈夫って、それはこっちの台詞だぞ。」
「まさか、トーヤはセレアラの毒性を知らないの? てか、トーヤには毒が効かなかったってこと?」
最後のアリスネルのつぶやきが届かなかった当夜は毒と聞いて顔色を青ざめる。
「ちょ、ちょっと、アリスネルさん。ど、毒ってどういうこと? セレアラって薬草だよね?」
「お、落ち着いて! 大丈夫、大丈夫だから! 毒って言っても死ぬようなものじゃないから! ちょっと! 聞いてってばぁ!」
当夜に肩を鷲掴みされブンブンと前後に振られるアリスネルは目を回しながら説明をするが、当夜は一切聞く様子が無い。二分後、泉のそばで煙を上げて気絶する当夜と服が盛大に乱れて顔を真っ赤にして息を切らすアリスネルの姿があった。




