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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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いざ、迷いの森へ

 不気味な男【道化】との邂逅は、当夜にテリスールを救うという目標を再び思い起こさせた。同時に、彼を見守る一人の少女に彼の思惑とは別の決意を抱かせた。


 当夜はテリスールに誓いの言葉を贈ったあと、その足でギルドに戻った。受付にアリスネルの所在を確認しようと声をかけた時だった。後ろから彼女の気配を感じて振り返ると少女は小さく舌打ちして笑う。


「あ~あ。せっかく後ろからいたずらしようと思ったのに。そんな湿気た顔してらこっちまで暗くなっちゃうよ。ほらほら、笑って、笑って。」


 アリスネルは当夜に抱き付くとそのまま当夜の腋の下に手を偲ばせると擽り始めた。当夜はこそばゆさと恥ずかしさに身悶える。そんな二人の様子に頬を緩ませながらヘーゼルが依頼書をひらつかせながらからかってくる。


「お二人さん、仲がいいのはわかるんだが、そういうのは公衆の面前で無く、人目のつかないところでやりな。」


「ふぇえ!? もう!ヘーゼルさん...。」


 ヘーゼルにからかわれて周りを見渡すアリスネルは、周囲の視線がこちらに向いていないことに安堵してから受付で愉快そうに笑うヘーゼルをにらみつける。


「ほら、登録は終わったよ。で、本当にこれに行くのかい? できれば迷いの森にはもっと上級者と行ってもらいたいんだよ。でもまぁ、あんたたちなら大丈夫かねぇ。そうさね。一応これを持っていきな。」


 ヘーゼルは当夜に緑色のマカライトのタンブルを渡してくる。当夜は3つの目玉模様の浮かぶそれを受け取ると手のひらで転がす。


「えっと、ありがとうございます。これは何ですか? お守り?」


「はぁ、あの子が心配したわけだよ。ほんとに何も知らないんだね。それは通信石さ。【風の精霊】の加護がかかっていてここにある集約石と通信できるのさ。」


 ヘーゼルはそういうと後ろにある人の背丈ほどもあるマカライトの石碑を指さす。


「ただし、通信ができるのは迷いの森でも浅層まで。つまり、あんたたちの今回の行動範囲ってわけさ。ちなみに、この石碑から離れれば離れるほどその石の鮮やかさが失われる。範囲外に出れば灰色になって通信できなくなる。いいかい、その石が灰色になる前に引き返しな。いいね。」


 ヘーゼルの顔は真剣そのものだった。当夜達はその雰囲気に押されて肯定の返事しかできなかった。


「「はい。」」


「じゃあ、依頼にあるとおり【セレアラの花】を20本ほど採取しておいで。危険な魔物は粗方ギルスが始末しているだろうけど十分気を付けるんだよ。」


「了解です。」「任せてください。」


 こうして、二人は連れだってまず北門を目指して歩みを進めていたのだが、鎧騎士によって蹂躙された北街の街並みは荒廃という一言に尽きるものだった。当夜はあの戦いで一度ここを訪れていたのだが、その時はテリスールを殺された怒りによって頭に血が上ってしまい周りを気にかけることができないでいた。戦いの終結からすでに4日が経っていたが、そこかしこに倒壊した家屋が立ち並び、住民たちが修復作業に追われていた。


「ひどい有様だな。」


「でも、人さえ無事なら大丈夫。きっと以前のような活気を取り戻すよ。」


「そうだね。」


 その後は二人とも無言となって北門を目指して歩いた。当夜はペールの店を確認しようと思ったが、道の途中で本人から声をかけられた。


「よう、トーヤ坊。無事だったんじゃな。心配して居ったぞ。」


「そりゃ、こっちの台詞だよ。それでお店は大丈夫だったのですか?」


「まぁな。たまたま難を逃れてな。今は教会に薬剤を収めておるところじゃ。」


「ということは材料とかで不足しているものがあるんじゃないですか?」


「ん? そうだな。薬草の類はだいぶ減っているな。まさか、お前さんら森に入るのか。もし良ければそれっぽいものを集めておいてくれ。」


「ええ、任せてください。」


「で、トーヤ坊の後ろに隠れちまっている少女はなんだ? まさかおめぇ、彼女持ちじゃあるまいな!?」


 ペールは当夜の後ろに隠れているアリスネルを覗き込もうとしたが、彼女の言葉のナイフで一刀されることになる。


「いや、そこまでの仲では無いですよ。なぁ、アリス、なんでさっきから隠れているんだ?」


「なんか、女の敵の匂いがします。」


「お嬢ーちゃん、それは無いぞう。」


 ペールの凹んだ様子を笑いながら、当夜は今なお老人相手に警戒するアリスネルの頭をなでて抱き上げると北門に向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと! 私、自分で歩けるから降ろしてよ。」

(また子供扱いして~。うわぁ、いろんな人に見られちゃう。早く降りないと!)


 アリスネルは悲鳴にも似た声を上げて当夜の胸を叩くが、それは恥ずかしさからくるものなのだろう。耳まで真っ赤にして抗議の目線を送ってくる。当夜はそんな彼女の様子に悪戯心が刺激されてそのまま進もうとしたが、傍から見れば間違いなく誘拐の絵面である。流石に周りの視線が痛い。致し方なく、当夜はアリスネルを解放したが、彼女は当夜の足を思いっきり踏み付けて先を歩き出してしまった。しかし、彼女の長い耳がその機嫌を教えてしまう。エルフの耳は顔色よりも感情の機敏を表してしまう。赤く染まりながら先端がぴくぴくと動く彼女のそれはまさに照れているときに見られるものだ。



 北門に着くまで彼女は当夜の前を歩き続ける。北門では門兵が登録証の確認をしてくる。武骨な鎧には数多くの装飾がなされ、相応な武勲を上げた人物だと推測される。そんな人材が門兵に使われるほど、先の戦闘はこの国の守りたる騎士団に多大な被害を与えたのであった。


「よう、坊主。こちらの別嬪さんがお怒りみたいじゃないか。ちゃんと男ならエスコートして差し上げろ。」


「ト、トーヤは悪くありません! ほら、トーヤ、行こう!」


 アリスネルは追いついた当夜の手を引っ張りながら森に向かって駆け出した。門兵はそんな二人の様子に微笑みながら警戒の任に再び戻る。そんな彼の背後にもう一人門兵が近寄る。


「ガキどもは平和で良いですね。こっちは国の存続をかけて大変だというのに。ねぇ、隊長。」


「馬鹿。あれで良いんだよ。若者はアーでなくてはな。ベルド、貴様ももっと警戒に気を張れ!」


「はいはい。まったく何で栄えある俺たち第8騎士団が門番なんてしにゃならんのやら。」


ガンッ!


 若い男の頭に隊長の拳骨が落ちる。銅製の兜が思いきり凹む。ベルドは兜を外すとその凹みを見つめながら口調を荒げる。


「隊長! これ備品ですよ。あとで報告させてもらいますよ。隊長に何もしてないのに殴られたって。」


「おう、構わんぞ。俺は理由書に国王命を軽んじる発言をしたと報告するだけだ。ほれ、記録石にちゃんと残っているぞ。お前の発言はな。」


 そう言って第8騎士団長は手に握られていた水晶の欠片を部下に見せる。


「そ、そんな~。お情けを~。」


「よし。ならば彼らを追いかけて危なそうなら助けてやれ。さぁ、行け!」


「了解であります!」


 まるで決められていたコントでもやっているのか、オチとしてベルドは当夜とアリスネルの手助けに向かうのであった。この小芝居は隊長の持つ記録石に残されて任務外の活動を行う根拠として残されたのだった。



 そんなことが起きていたとは知らない二人は迷いの森の入り口に立っていた。


「なぁ、アリス。ここってそんなに危ない魔物がいるのかな? まるで強い奴の気配が感じられないんだけど。やっぱ、強い奴は気配を完全に消せるのかな。」


「う~ん。森が教えてくれるけどそんな強い存在は見当たらないわね。そもそも、トーヤが戦ってきた相手が強すぎるのよ。この森の魔物はそういった相手と比べれば取るに足りない相手だけど、下級の冒険者にはかなりの強敵よ。」


「そっか。で、アリスから見て僕でもどうにかなりそうかな?」


「そーね。トーヤは私の後ろに隠れて薬草を集めていればいいと思う。」


 アリスネルが自信ありげに胸を反らせて私に頼りなさいオーラをバンバン押し出してくる。


「いやさ。そうじゃなくて僕が戦ってどうにかなるか聞いているんだよ。」


「むっ。私じゃ頼りないってこと?」


「そうじゃなくて僕は強くなりたいわけさ。出来れば強いアリス先生に指導していただきながら依頼をこなしたいなと思うわけで。どうかな?」


 当夜はアリスネルの右手を取ると片膝をついて見上げるように見つめる。途端にアリスネルは目をそらすと顔を赤らめてつぶやくように了承する。


「しょ、しょうがないわね。トーヤがどうしてもって言うなら指導してあげる。」


「頼りにしているよ。」


 街中に続いてまたしても先陣を切って進んでいくアリスネルを追いながら当夜も森に入っていく。森の中を見渡すと、先達の冒険者が切り開いた道以外は草や木々に覆われていて、道から外れた奥地に進むことは容易では無い。かといって、道伝いには薬草など採り尽くされている為に見当たらない。そう、薬草を採りたければ人の踏み込まないような奥に入りこまなければならないのだ。当夜たちの受けた依頼にあるセレアラは泉や清流沿いに群生することが知られている。

 当夜が道筋から外れようとするとアリスネルが止めてきた。


「トーヤ、どこに行くつもりなの?」


「いや、だって奥に入らないと薬草なんて見つからないだろ。」


 そんな当夜の一言に呆れたアリスネルは小馬鹿にしながら森での暮らしを通して得てきた知識をこれでもかと披露した。


「はぁ、これだから初心者は。いい? まずは水の匂いを探すの。そこから道沿いに細かく探していっておおよその位置がつかめたら奥に進んでいくのがセオリーよ。水の匂いって言っても本当に匂うわけじゃないわ。水の流れや湧きあがる音、水気が育てる植物やカビの匂い、空気中の水気の量といった水に関わる要素をすべて総合的に判断して探っていくのよ。フフン。」


「へ~。アリスってそんなことがわかるのか。本当にすごいな。尊敬するよ。」


 煽てられたアリスネルはさらに胸を張るように反らしている。そのうち某エージェントのように回避運動もできるようになるかもしれない。


「そうでしょ、そうでしょ。ほら、行くわよ。」


「だけど、僕の空間把握によるとこの先300歩ほどのところに小さな泉があるみたいだよ。」


「え?」


 アリスネルは本当に意外そうに目を丸くして当夜をみると、謎の言葉を発して唸る。


「*****? *****! うそ!? どうして?」


「どうかしたの?」


「トーヤ、あなたの空間把握って異常よ。普通は密集するような環境ではそこまでの正確さは出ないわ。そっか、これが【時空の精霊】の力...。」


「だけど、アリスだってわかるんでしょ。」


「うん、まぁね。でも、これもある意味では規格外な力のなせるものなのだけどね。まぁいいわ。二人ともすごいってことにしておきましょう。」

(はぁ、せっかく私のすごさを披露できると思ったのになぁ。)


 こうして二人は草をかき分けて森の奥に進んでいった。

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