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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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【道化】との出会い

 当夜はアリスネルの冒険者登録を受け付け陣に任せるとそそくさとギルドを退室する。やはり、女性ばかりのあの空間は少しばかり居心地が悪い。何よりほかの男性冒険者の目が怖いのだ。

 通りに出て道向かいの神殿に歩を進めようとしたところで声がかかる。


「やぁやぁ、こんにちは。君、そこの君、そこの黒髪の少年。ちょっと待ちたまえ。気づいてたよね? 気づいていたよね?」


 当夜は一度振り向いたが、そこに何者もいなかったかのように徹底的に一切の淀みなく声をかけてきた人物を無視した。なぜなら、そこにいたのは当夜とまったく同じ顔をした男であった。いわゆるドッペルゲンガーというやつだ。あまりの不気味さに当夜は見なかったことにしたのだった。


「いや~。失礼、失礼。ちょっとしたおふざけだったんだよ。申し訳ない。」


 その男は軽やかな動きで当夜の前に背を向けて立ちふさがると、首を機械じみた動きで振り向くとその顔を晒した。そこには憎きペルンの顔があった。


「お前!」


「おや、おや。これも違うか。これか。」


 突如、ペルンの顔がゆがみ、今度はテリスールの顔となる。


「な!? あんたは一体何者だ!」


 当夜の威圧の篭もった叫び声に周辺の者たちが一斉に振り向く。もしも、そのままテリスールの顔であったなら彼女を知る誰かが悲鳴を上げたかもしれない。しかし、そこにいたのは誰とも知れない一人の老人。皆、二人に特に関心を持つこと無く、何事も無かったかのように日常に帰っていく。当夜は一度集まった視線が散開するのを確認すると小声で相手に問う。


「それが本当の姿なのか?」


「さて、さて、どうかな?」


 当夜が再びかの存在に目を戻すと、そこには黒のセンタークリースの帽子をかぶり、口が隠れるほどにマフラーを巻く男が立っていた。再び容姿が変わったことより当夜の目を引いた違和感は【時空の精霊】と同じようにその顔は黒と灰色の渦が底なく捉えがたい何かに埋められていることであった。


「あんたは本当に何者なんだ?」


「そう、そう。僕は誰か? 僕は【道化】。愚かなる存在の極致。踊り踊らされる者だよ。」


 そこには、体を左右に揺らしながら右手を上に挙げて、まるで操り糸に踊らされているかのような動きをするバーテンダー風の衣装に包まれた男がいた。


「僕に何か用でもあるのか?」


「いや、いや。大した用ではないよ。そう、そう。君にプレゼントをあげよう。僕はこのところ上機嫌なんだ。どうかな、どうかな。気にいってもらえたかい?」


「何を、」


 当夜が‘言っている’とつなげようとしたところで自身の手に握られている一つの欠片に気づく。手を広げてその塊を見ると、それは小さな魔核であった。


「これは? ま、まさか、テリスの!?

 なぜ、あんたが持っている!」


 当夜がドスの利いた声を出す。その声は警戒と怒りが色濃く含まれていた。


「おや、おや。親切にも貴重品を保護してお届けに上がったのに中々理不尽だね。」


 【道化】は両腕を大げさに広げながら肩を上下しながら呆れ声を出してくる。


「...。失礼した。ありがとう、確かに大事なものだ。だが、どうして僕なんだ? 他にも求めている人は居るだろ。」


 当夜は失ったはずの貴重品を届けてくれた人物にお礼を口にする。例え相手が変態であったとしても見た目と行動は別物だと割り切って。


「いや、いや。君が持つことに意味があるんだよ。だって、だって、君しか彼女を救えない、違うか、救わないからね。助けたいんだろ。」


「その口ぶりだとその手段を知っているんだね。教えてもらえるのかい?」


 当夜の目はまさに奪う者の目になっていた。その様子に満足気に頷く怪紳士はさらに言葉を続ける。


「そうだね、そうだね。まずは時間遡行の概念を故郷で調べてみたらどうかな?」


「時間遡行か。ありがとう、そうするよ。」


「ありがとう? アハハ、アハハ!」


 突如として天を仰ぎ、両腕を高く広く掲げて大笑いをする【道化】に当夜は再び警戒を強める。


「なぜ笑う?」


「いや、いや。君の単純さに大笑いさ。僕が良い奴だとでも思っているならなおさらね。

 ああ、そうか。そうか。一つ訂正しておこう。僕は【道化】、愚かなる存在の極致。踊り踊らされる者だよ。そして観客をも踊らせる者でもある。

 君にその魔石を与えたのは罪を強く意識させるため。なにを許されようとしているんだい。許されるわけないだろう。過去に戻ってでも彼女を助けるんだろう。実現しない夢に向かって進んでいく、いや進まざるを得ない君、そして挫折という無様な踊りを見せてくれたまえ。」


「な、何なんだよ、あんたは!」


「そう、そう。時空を操れるの君と【時空の精霊】だけじゃない。【後悔】たる僕も使えるのさ。まぁ、まぁ。まずは自らで時の流れを操れるようにならないと話にならないかなぁ。君の計画も、僕の計画も。」


 【道化】は広げていた腕を折りたたみながら帽子を取るとその勢いのまま一礼をする。次の瞬間、3mは離れていたはずの【道化】は当夜の背後に立って当夜の肩を叩いていた。そこには移動したことを一切感じさせない不気味さとかつてない威圧感を向ける存在があった。おそらく【道化】がその気になれば、当夜はこの場で死を迎えるだろう。【遅延する世界】など、その存在の前ではまるで意味の無いものであると悲観しながら、それともそれすら気づかずにか。


「では、では。僕はこれにて失礼するよ。さようなら、さようなら。」


 その気配は一瞬で消える。まるでそこに初めからそんな存在はいなかったかのように静かなものとなった。だが、当夜の背中に浮かび上がる大量の汗はその恐怖がいたという証拠として鮮明に残されていた。


(あいつは一体。だけど、確かに自分を許すのは早すぎる気がする。もちろん皆が言っていることも間違っていないとは思うけど、これは僕自身の心の問題だ。いつかはけじめを付けるけど今じゃない。それに今のままじゃあいつの言う通り踊らされるだけだ。考えろ、僕。いや、こんなに動揺した状態じゃあ、ドツボに嵌るだけか。今は今できることに専念しよう。まずは、テリスに報告かな。)


 当夜は神殿の裏にある共同墓地に彼女の名前を見つけて、誓う。


「テリス、僕は間違っているかもしれない。君が望んでいることではないかも知れない。それでも僕は君を取り戻したい。あいつの言うとおり途中で挫折するかもしれない。それでも僕の無様を笑わないで見ててくれるかい?」


 当夜の持つ魔核が煌めいたようだった。そんな様子を物陰から見守る少女は小さく溜息をつく。


(トーヤ、やっぱりそう簡単には割り切れないよね。そんな姿に好感が持てるけど、私、ちょっと複雑だよ。いつか私があなたを本当に意味で許す存在になってみせるから。)


 ギルドに戻っていくトーヤを後から追いかけるようについていくアリスネルであった。

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