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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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彼女は前に進む

 意識を取り戻した初日はライラたちに何をするにも介入されて過保護なまでに世話を焼かれた。ついには、体を洗いに泉部屋で服を脱いでいた時に二人の女性が突入してきて洗われそうになった時はさすがの当夜でも大いに慌てた。だが、そんな情けなくも人間らしい様子が二人にとっては当夜を身近に感じられるものとなった。これが決め手となって、当夜は翌日、本来ならば必要のない許可を得て外出可能となったのだった。


 そんなわけで本日、久しぶりの冒険に出るべく家を出た当夜であったが、その後ろにはなぜかアリスネルが当然のようについてくる。


「なぁ、アリス。」


「なんですか、トーヤ。」


 アリスネルは振り返える当夜を見つめ返す。その瞳はどこまでも真っ直ぐでついてくる理由を尋ねるのも馬鹿馬鹿しいほどに純真そのものであった。それでも声をかけた以上何も尋ねないのはおかしいかと思い、当夜は口を開く。


「一緒に来るの?」


「当然。トーヤは危なっかしいからね。ライラさんもその方が良いって。」


「そうか。でも、危ないことがあったら僕に構わず逃げるんだ。いいね。」


「駄目! 二人一緒に逃げるの。今のトーヤに私が守るなんて言っても逆効果だってことくらいわかるよ。だけど、私はあなたを置いて逃げるなんてできるわけがないじゃない。だから、一緒に逃げるの。それだったらトーヤも受け入れられるでしょ。いいわね?」


 後ろを歩いていたアリスネルは当夜の前に躍り出ると、当夜の正面に立つ。そこで、わざわざ前かがみになって当夜を見上げるアリスネルはどこか蠱惑的な雰囲気を漂わせていた。だが、そこにあったものはおそらく当夜を守るという確固たる覚悟であろう。まだまだ容姿は幼いもののいつの間にか成長していた少女の姿に驚きを覚えるとともに、自身の成長の無さを恥じた当夜はついその目線をそらした。


「はぁ、まったく、君は本当に強い子だよ。わかった。その時は一緒に逃げよう。あ~あ、女の子の前なのに格好良く見栄を張りたいのに許してくれないなんて本当に罪な子だな、アリスは。」


 当夜が軽い憎まれ口を叩くと、アリスネルは屈んでいた力を使って当夜に突撃する。鎧を着ている当夜の腹にアリスネルの頭がぶつかる。


「おいおい、大丈夫か?」


「痛ぅ~~! あ~、もう! トーヤが受け止めてくれないから痛い思いしたよ。こんなことにも対応できないのに私を守れるわけないでしょ。」


 アリスネルは頭を摩りながら、自業自得であるにも関わらずプリプリ怒りながら当夜にジト目を送る。


「無茶苦茶だな。わかった、わかりましたよ。僕にはそんなにすごい力はありませんよ。」


「解ればよろしい!」


 アリスネルは満足そうに前を向くと、当夜の先を歩き出す。その足取りは軽やかで当夜の足も自然とつられて歩みが速まる。そして、ギルドに近づいた時だった。当夜の足の運びが明らかに遅くなる。30歩ほど先行してしまったアリスネルは事態に気づき引き返してくる。


「トーヤ...。どうするの、ギルドは止めておく?」


「いや、行こう。いつまでも逃げてはいられない。」


 そこからは僅かな距離であったが、当夜には長く重い道のりに感じられた。当夜はそのあまりに重い扉を開く。やはり、ギルドの中は以前とは比べ物にならないくらいに冷たく重苦しい雰囲気に支配されていた。ここと兵士詰所はクラレスの中でも一、二を争うほど陰鬱な空気であると噂になるほどであった。そこに共通するものはあまりに多くの命、それも知人や仲間の命が失われたという事実とその様子を間近で見てしまった生ける者に強いられる苦悩と後悔であった。まして、戦後処理と言う名の遺体捜索やその処理という拷問に近い仕事が待っていたのだ。それに比べて一般の住民は避難が間に合っており、がれきの撤去と住居の再建という労働は待っていたが、生産性のある活動であるだけにマシであったといえる。


「アリス、無難な依頼を見繕ってもらえるか。僕は受付にちょっとした用があるから頼むよ。それと時間をかけてじっくり探してもらえると嬉しい。」


「う、うん。無理、しないでね...。」

(やっぱり、あなたは一人で背負い込むんだね。私たちを、私をもっと頼って良いのに...。)


 アリスネルは一瞬、物寂しい表情を浮かべたが一人掲示板に向かっていった。その様子を確認して当夜は受付に向かう。当夜の姿を確認した受付が一瞬ざわめく。当夜の受付を買って出たヘーゼルが正面に陣取り、他の受付嬢は後方に下がる。


「遅かったね。気分はどうだい?」


 ヘーゼルの目は赤く、黒く深いくまの浮かんだその顔はここ連日泣きはらしたことを如実に表していた。周りをうかがえば皆似たようなひどい顔だった。だが、彼女たちから見ても当夜の顔は同じようなものに映っただろう。


「えぇ。だいぶ落ち着きました。」


「そうかい。今日はどうしたんだい。」


「えぇ、ギルドの皆さんの様子を見に、ついでに気晴らしに依頼を受けに来ました。」


「そうかい。まぁ、今は簡単な依頼にしか冒険者を出さないようにしているから依頼は相当絞ってあるよ。何せ、後追いの自殺志願者みたいなのが多くてね。」


 すでに、数名の犠牲者が出ていた。それも上級の冒険者ほどその傾向が強い。すなわち、あの戦いで友人や恋人を失った第5戦級以上の者達であった。それゆえ、ギルドは冒険者の精神状況を踏まえて軽微な依頼に絞るようにしていた。そこに生じる緊急性がありながら危険性の高い依頼はギルドマスターが処理に当たるという異例の事態になっていた。だが、このギルドマスターの行為も所詮、テリスールを守れなかった彼なりの贖罪の意味合いが強く、先に後追い自殺と判断された者たちと大差ない行動であった。


「そう、ですか。」


「あんたもそうなんじゃないかって私は心配だよ。」


「僕は大丈夫です。前を向くことに決めましたから。」


「それは、どうしてだい?」


「ヘーゼルさん...。」


「...何だい?」


「どうして、テリスールさんのことに触れないんですか?」


「あんたこそ、触れないじゃないか。」


「...。」

「...。」


 当夜も、ヘーゼルも、受付も、ギルド全体も沈黙に包まれる。誰一人声を上げられるものはいない。そんな重苦しい雰囲気を少女の声が破る。


「皆さん、彼女が今ここに居たらなんて言うか想像してみなさい。私が知る彼女なら、悲劇に見舞われても凛として最善を尽くしていると思います。認めたくないけど、あの人はそう言うところで尊敬できる人でした。彼女が甘えるのは責務を果たした後にこっそりと大切な人の前でだけ。誰彼かまわず甘える貴方たちの行動は彼女に対する侮辱に見えます。しっかりしなさい!

 トーヤもトーヤです。貴方は彼女の最後の心を預かった彼女の大切な人なのでしょう? だとしたら、貴方が彼女の気持ちを代弁すべきです。そこで逃げないでください。」


 当夜の後方から響く声には幼さが残っていたが、その内容は年長者たるヘーゼルを唸らせるものであった。やがて、当夜と受付の間に割って入ると一枚の丸まった依頼書を受付台に載せた。


「ハハハ。参ったね。こんなお嬢ちゃんに喝を入れられるとはね。あたしも耄碌したものさ。だけど、そのとおりだね。トーヤ、テリスの墓は神殿の裏にある共同墓地にした。石碑に名を刻んだからあんたも見舞ってあげな。それと、あたしもあの場には居たからね。テリスの最後、あの子の笑顔は見ていたよ。なのに、あんたの気持ちを考えず頼ろうとしちまった。一番頼っちゃいけない相手だってわかっていたのにね。あの子を、あの子の心を護ってくれてありがとう。死んじまったけれどテリスは幸せだった。あんたがテリスを大事に思うんだったら、自信を持ってそう誇んな。他の誰かが認めなかったらあたしを呼びな。あたしが保証する。」


 その言葉を聞いた受付嬢の一人が耐えられず嗚咽声を上げる。たちまち受付内に伝え広がる。当夜はヘーゼルにお礼を伝えたかったが、涙をこらえられずに何も話せなかった。ヘーゼルだけは涙で瞳が潤んでいるが最後まで泣かなかった。


 しばらく、受付が落ち着くのを待っていると、ヘーゼルが確認してくる。


「ところでお嬢ちゃん、冒険者登録はしてあるのかい?」


「お嬢ちゃんじゃないわ。アリスネルよ。」


「それは失礼したわね。アリスネルちゃんは冒険者登録してあるのかしら?」


「もちろんしてないわ。」


 アリスネルは先ほどの大人びた言動と幼い体のアンバランスを更正して威厳を(あらた)かにするためか腕を組みながら顔を上向け、つま先立ちに加え、背筋を伸ばして背丈を水増ししてヘーゼルとの身長差を埋めようとしていた。だが、あまりに無理のある恰好であるため体は小刻みに震え、顔はだいぶ赤みをさしてきていた。その様子とあまりに自信過剰な態度で無知を露見させる言動が受付の空気を変えた。


「うふふ。アリスネルちゃんって可愛い。」

「私もそう思います。」


 可愛いものに目の無い受付嬢たちの獲物を狙う視線にビクリと体を震わせるアリスネル、どうやら彼女の危機管理能力がその身に迫る何かに悪寒と言う形で警告を発したようだった。


「そう言うことなので、アリスの冒険者登録をお願いします。僕はすこし外の風に当たってきます。それと、テリスに会ってきます。」


「わかった。登録に時間がかかるからのんびりしてきな。」


「じゃあ、アリス、ここで待ち合わせしよう。」


「うん。ゆっくりお話してきて。それと、あとで私とも、」


 アリスネルは最後の部分を当夜の耳に届かないような音量でつぶやく。


「ん? 何か言った?」


「何でもない! ほら、早くいかないと時間無くなっちゃうよ。」


 アリスネルに追われるようにギルドを後にする当夜を見送ってヘーゼルはやれやれと肩を落とす。彼女から見ても二人の仲が進展するにはずいぶんと遠い道のりとなりそうだと映った。気づけば受付嬢に囲まれてもみくちゃになっている少女が目の前で助けを求めていた。

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