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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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許し

「少しは気が晴れたかしら?」


 少女はセピア色の空間にて力なく横たわる男に話しかける。その声は内容とは裏腹にどこか辛そうであった。


「いいえ。何一つ。怒りだけが込み上げてきます。なぜ、あの時にこの力が発揮できなかったのか、と。自分が許せないんです。これだけの可能性のあったにも関わらずテリスを守ってあげられなかった自分が。」


 男は懺悔する。仰向けに寝そべりながら流れ落ちる涙を押さえつけるように右腕を瞼に押し当てて。


「だけど、あの悲劇はあの時のあなたにはどうしようも無かったでしょう? 強力な力もあの悲劇があったからこそ生まれた力です。仕方なかったのですよ。」


 少女は屈みこむと当夜の右手の上に自らの両手を添えながら語り掛ける。


「でも、フィルネールさんにあげた石を自分で持っていれば、その強力な力だって手に入っていたかもしれない。」


「それはあり得ません。」


「なぜ!」


 少女の手を振り払うと当夜は立ち上がる。その目は真っ赤に充血し、虚ろでありながら怒りに染まり切っていた。だが、その姿を見ても彼女はひるまない。それどころか当夜を抱きしめると諭すように囁く。


「なぜならあの程度の祝福ではあの時の力の100分の1の力も出ないのです。それほど青いダイヤモンドに込められた力は強力でした。仮にあなたが持っていたとしても相手を倒すことも彼女を守ることもできませんでした。何より私たち【時空の精霊】との信頼を今より勝ち得ていなかったあなたではかの敵が不意打ちを仕掛けてきても認識できなかったのでしょう? それにあのダイヤモンドがあったからこそフィルネールは持ち堪えたのです。渡していなければあなたは大切な方を二人失っていたのです。」


「それは...。でも、」


「わかっています。それでもあなたは自分が許せないのですね。あなたを許せるのはおそらくテリスールだけ。その人は今ここにはいません。それなら、私があなたを許します。」


「あなたに何の権利があって許すなんて言えるんだ!」


 当夜は膝を折って彼女の肩を痛いくらいに強く掴む。その力は少女に向けるものではないが、彼女の顔は黒い輪郭の中に灰と黒の渦に歪む空間に満たされ、彼女の表情を窺い知ることはできない。だが、その声はどこまでも優しく当夜を包む。


「権利ですか? ありますよ。あなたは確かこう言いましたね。‘私たちを守る、そして私たちに護れ’と。でしたら、あなたは私たちを、いえ、あなたにとって大切な人たちを守るために自分を許し、次こそ、このような悲劇を繰り返さないように前を向くべきです。何より、テリスールが今のあなたを見たら悲しみ、こう呟くでしょう。‘私のせいでトーヤを苦しめている’と。そして、‘許すからこれ以上悲しまないで’と付け足すでしょう。

もう一度、宣言します。あなたを許します。」


「あ゛ぁ...。」


 当夜は手に入れていた力を緩めると、少女を抱きしめながら慟哭する。その顔にはどこか憑き物が離れていったかのように安らかな表情を浮かべていた。そして、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。当夜を縛っていた自らが課した罪悪感が大きくゆるんだのだろう。だが、決して消えることのない鎖が当夜の心に纏わりついたままであり、いつまた彼を苛ませることになるかわからない疑念を少女は抱かずにはいられなかった。少女は悲劇から僅か一日とは思えないほどにやつれた当夜の体を強く抱きしめるとつぶやく。


「今は休みなさい。あなたのその心の呪縛を私が解いてみせます。

だけど、私が本当に願うのは私たちのことでは無く、あなたがあなた自身を大切にすることなのですよ。だから、これ以上自分を責めないでくださいね。」


「終わったのかい? 我が愛しの妹よ。」


 少女に問いかけるのはその双子の兄のような存在、【空間の精霊】とも言える存在だった。


「はい。ですが、始まったとも言えます。それより、いつまでその設定を押し通すつもりですか? わかっているとは思いますが、精霊はイメージが反映されます。迷惑をかけましたから黙認していましたけど流石に失礼だと抗議します。」


 少女の声色は、先ほどまでの優しい雰囲気を残したままだが、その内容は不快感を露わにしていた。


「ハハハ。済まないね。ちょっとした冗談だったのだけど、調子に乗り過ぎたね。次に当夜に会ったら訂正しておくよ。」


「よろしくお願いします。弟君。」


「ちょっ!? 今度はその流れかよ。しょうがないね。」


 少年はお道化ながらも嬉しそうに頷いている。少女はその様子をひとしきり眺めた後、その姿を消した。残った少年は顎に手を添えてつぶやく。


「相当に影響を受けてしまったみたいだね。彼も大変だが、彼女も背負い込みすぎだからなぁ。」


 少年は去っていった。残された空間は精霊たちのマナが通わなくなり消えるはずだったが、未だにあり続ける。そこに現れたのは執事服に身を包んだ一人の男であった。


「ほう、ほう。異世界からの渡り鳥は持ち直しましたか。とはいえ、とはいえ、英雄の力を手にする機会を蹴るとは面白いことをする。少しばかり遊ばせてもらうかね。どうかね、どうかね、フランベル君?」


 突如として、影が現れてそこから一人の女性が飛び出す。黒髪をたなびかせて現れた彼女は金緑色の鋭い目線で男を射ぬく。しかし、男は動じる様子も無く、左右に軽快な足取りでステップを踏みながら手に持つステッキをくるくると回しだす。


「さすが、道化殿だね。完全に気配を消していたはずだけどねぇ。

 まぁ、あんたなら無暗に私の領域を荒らさないでしょう。好きにしなよ。ただし、あたしの怠惰な領域(えさば)を穢したらただじゃおかないからね。」


「むろん、むろん、実力No.3に突っかかろうなんて愚かな真似をするワタクシではありませんよ。ハハハ。そうそう、彼らに情を抱いても構いませんが、入れ込みすぎないようにお互い気を付けましよう。おっと、おっと、それはそれで別に構いませんよ。愉しくなりそうですし。では、では、失礼しますよ。」


 大げさな一礼を取ると、道化と呼ばれた男はその場に直立不動となって動かなくなった。それを剣呑な雰囲気でにらみつけるフランベルであったが、脱力すると毒づく。


「ったく、何が愚かな真似だ。ライトと互角の実力者、最古の同胞とされる存在のくせに。それに、いちいち悪趣味なもんを毎回残さないで欲しいものね。トーヤに同情するわ。」


 身動きしない道化に背を向けるとフランベルも姿を消す。残った道化の姿は炭滓に変わる。その物体は確かにフランベルが抹消したはずだったペルンの遺体であった。完全に滅するはずの処理をしたにも関わらず、助けを求めるかのように片腕を突き上げてその身を捩る様はまさに最もペルンが他者に見せたくない姿であろう。その顔は苦痛と屈辱に歪む最後を見事に残していた。

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