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世界を渡る石  作者: 非常口
第2章 渡界2週目
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戻らない心

「うぅ...。」

(私はまだ生きているのですね。あの状況では囚われの身は免れませんね。【活性】によって、傷は癒えましたが果たして一矢報いることができるでしょうか。それにしても、何も拘束されていないのは不思議ですね。あ、あれは!?)


 驚くべき速さで傷を癒したフィルネールが周囲を見渡す。どうやら気を失ったところから移動していないようであった。そして、その目に前のめりに倒れこんでいる当夜を見つけ、全身にのしかかる倦怠感に抗いながらも立ち上がるとその状態を確認に向かう。そこには、ペルンの体の一部と砕かれた魔核が散らばり、その上に俯せになって当夜が倒れこんでいた。その体に一切の損傷は認められず、呼吸も脈も異常なく、単純に気を失っているだけのようだった。


(よかった。気を失っただけのようですね。この魔核や残片は私が戦っていた相手のものに見えますね。トーヤ様がお倒しになられた...、いえ、実力上は不可能ですね。だとしたら、他の方、可能性が高いのはライト様ですか。そのあたりの事情も後で尋ねるとしましょう。何より今は救護所に向かいましょう。)


 ふらつく体で当夜を背負い、神殿にフィルネールは向かった。途中、背後から貫かれて活動を停止した鎧騎士のそばで、サイファの死を確認する。その見開かれた目をそっと伏せさせ、騎士の本懐を遂げた仲間の健闘を労った。


(あなたのおかげで多くの者が避難に間に合いました。私も、あなたが鎧騎士を抑えてくれたのでこうしてまだ生きております。あなたの名誉ある死は私が皆に伝えます。どうか、生き残った者達を見守ってあげてください。)


 普段であれば、四半鐘もかからずたどり着くような神殿までの道が遠い。低下した体力もそうだが、がれきの山が二人の行く手を阻む。それでも、フィルネールは彼女の師であるライトとエレールが残した希望を置き去りにすることなく進んでいく。

 神殿では、深い裂傷を負った冒険者達が手当てを受けていた。その中に、ギルスを見つけたが、災害級の魔物を退けたにも関わらずその周囲ともども陰鬱な雰囲気に包まれていた。


「ギルス殿、ご無事でよかった。何かあったのですね?」


「あぁ、フィルか...。トーヤも。そうか、トーヤは敵を取ってくれたんだな。」


 フィルネールに背負われた当夜に気づいたギルスは、いつになくしゃがれた声でつぶやく。


「敵を取った? トーヤ様が?」

(そういえば、意識を失う間際に人影が見えましたけど、あれがトーヤ様だったというの?)


「あぁ、テリスが、あの娘が、魔人に殺されて、な。トーヤは仲良かったからのう。何かに覚醒したようじゃった。このワシですら恐怖を感じるほどに強い何かに目覚めたようじゃった。」


「そう、ですか。では、私はトーヤ様に助けられたのですね。」


「わからんが、可能性は高いじゃろ。で、トーヤは無事なのか?」


「はい。気を失っていますが、命に別状はありません。」


 そこに神殿の院長が駆けつける。


「フィルネール様、よくぞご無事で。お陰様で皆が助かりました。さぁ、こちらへ治療させていただきます。そちらの少年も早く診た方がよろしいでしょう。」


「ええ。よろしく頼みます。では、失礼します。ギルス殿。」


「ああ。」


 フィルネールと院長、背負われたままの当夜を見送りながらギルスは深いため息をついた。ギルスは肉体の心配でなく、当夜の精神の心配をしていた。


(トーヤ。お前の心は大丈夫なのか。あの時の顔、テリスが愛したお前があんな怖い雰囲気に変わっちまったんじゃ、顔向けできねーよ。

 これは、トーヤ、お前のそばにあるべきものだな。あとで届けてやるか。そう思うだろ、...テリス。)


 ギルスは涙を浮かべて手の平の上に転がるテリスールの魔核の欠片を見つめる。ギルスは頭の中に朗らかな笑みを浮かべて快諾するテリスールの声が響いた気がした。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 当夜は寝台の上に乗せられて、治療師によって体中の検査を受けていた。どのような治癒魔法をかけてもまるで意識の戻らない当夜に彼らは焦りを覚えていた。そこに現れたのはギルドから連絡を受けたライラとアリスネルであった。二人は避難の誘導に逆らって当夜に託されたその家を守るために『渡り鳥の拠り所』にとどまり続けていた。


「トーヤ君!」

「トーヤ!」


 飛び込んで入ってきた二人にシスターは意識の戻らない当夜の状況を説明する。


「トーヤさんは、あらゆる治癒魔法を受けましたが意識が戻りません。おそらく生きる意志が希薄なのが原因かと、精神を病まれている可能性が高いと思われます。このまま、ここで暮らしていただいた方が良いかと思います。」


「いえ、わたくしどもの方でお世話します。このまま連れて帰っても?」

(トーヤ君は覚悟をもって帰っていった。だけど、今もこうしてここに居る。どうして?)


「トーヤ...。」

(あの手紙、二度と会えないと思っていた。でも、こうしてまた会えたのにどうしてこんなに悲しいのかな。こんな顔されたら私もつらいよ。)


 ライラが背負おうとしたが、その前に大柄な男に止められた。


「あの、どなたですか?」


「あぁ、すまんな。驚かせるつもりは無かった。ワシはギルスと言う者だ。ギルドマスターをやっている。彼はワシが運ぼう。ワシからもトーヤの身に起こったことを伝えたい。」


「これは失礼しました。では、お願いして。道中、お話を伺いましょう。」




 ギルスは二人に道すがら戦場での悲劇を淡々と語って聞かせた。

 強力な翼竜型魔獣にギルドは苦戦していたこと、テリスールの力による事態打開と当夜のテリスールの救助、ペルンによるテリスールの死、その後の当夜の行動、当夜にとって上がってからの落差はすさまじいものがあったであろうことは容易に予想のつくものだった。

 ライラは自身の予想より厳しい現実に口を両手で覆い、息をのんで聞いていた。


(嘘でしょ。テリスールさんが亡くなったの? それも彼の目の前で、一度は助けた大切な人の命が奪われた? あれだけ純真なトーヤ君の心が耐えられるような話じゃ無い。だけど、もうトーヤ君の危惧していた戻る時間をすでに過ぎているはず。彼は元の世界に戻ったのではないの?)


「それとな、不思議なことがあったんだ。死んだテリスを抱いたトーヤは敵の攻撃を受けて消滅したはずだった。だが、突然現れたんだ。あれっから雰囲気が変わった。この俺でも恐怖に駆られるくらいにな。」


(ということは、トーヤ君は一度元の世界に戻った。そして、再びこちらに来たってことね。確かにまた来てほしいって伝えたけど、この帰還はあまりに切ないわ。こんなのを望んだのではないのに。)


 アリスネルは当夜の心を案じる一方で、ライバルに嫉妬し、その消失を心のどこかで喜んでいるのではないかと後ろめたい気持ちに苛まれていた。


(トーヤ、君は悪くないよ。だから、早く戻ってきて。テリスールさん、あなたが羨ましいな。こんなにも想ってもらえて。私が同じようになっていたらトーヤは同じように嘆いてくれたのかな。)


 三人は羽を痛めた渡り鳥を介護するために家に帰るのだった。

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