因果応報
その戦いは多くの尊い犠牲を払って勝利に終わったはずであった。皆が勝利に湧いていた。その中にこのワシ、ギルスも入っていたことが今でも悔やまれる。なぜ、ギルドマスターたる自分が最後まで警戒していなかったのかと。娘ともいえる存在を失ったことに我を忘れたワシは、いくつもの重要な情報を与えられたにもかかわらず、無為な攻撃を繰り出して簡単にあしらわれた挙句、娘の亡骸と彼女の愛した男を失ってしまった。
二人のいた場所は大きな窪地となり、地面は真っ黒に焼けただれていた。
「テリスール...、トーヤ...。」
ギルスは、自身の失態により失われたものたちの名をつぶやく。きっと、テリスールなら笑顔で‘気にしないで’と口にするであろう。それがわかるからこそギルスは悔しかった。
「すまない、テリス。お前を守れなかった。ワシは、ワシは!」
この惨状の起因者は、二人を滅すると残りの者には興味が無いのか、あっさりと姿を消した。ただ、先ほどからもう一方の討伐隊側から聞こえる戦闘音の激しさから戦場を移したのかもしれない。怒りをぶつけるべき怨敵がいなくなったこともギルスに行き場の無い悲しみと怒りを蓄積させていた。
ギルスは、二人の最後の場所に駆け寄ると、何かしらの遺留品を探し求める。その惨状からは何一つ期待できないことはわかっていた。それでも、彼はそうせざるを得なかった。
そのとき、白い光にギルスは包まれる。そこに立っていたは娘が愛した男、当夜であった。
「な!トーヤっ!お前無事だったのか。テリス、テリスも無事なんだろ!そうだよな、答えろ、トーヤ!」
「ギルスさん...、」
ギルスが崩れるように膝をつくと地面を強く叩く。ガラス状に固まった地面が甲高い音とともに砕け、ギルスの手が赤く染まる。
「いや、良い。こんなことお前に聞くべきでない。いや、お前に一番聞いてはいけないことだったな。すまん。」
「彼女は、テリスはこの街のみんなを守って逝きました。そのことに悔いはないでしょう。皆さんのことが大好きだったから。そして、その意思は僕が引き継ぎます。彼女の変わりに守って見せます。
それで、奴はどこに行ったんですか? 始末します。」
当夜の前半の言葉はギルスの胸を熱くさせた。だが、当夜の最後の言葉に戦慄する。言葉の内容も以前の当夜に比べて乱暴になっているが、何よりその目と表情、声音は一線を画するものであった。あまりに冷たく、あまりに無機質なそれはいくつもの修羅場をくぐってきたギルスから見てもうすら寒く感じるものだった。
「あぁ、向こうの戦闘音が激しくなっている。おそらくは、」
ギルスが言葉を続けるより先に当夜の空間把握がペルンを捉える。【時空(空間)の精霊】の加護が強まり、もはやこの街のすべてが把握できるようになった当夜はギルスの言葉を待たずに駆け出す。ダイヤモンドを介して【根源の精霊】の加護を受けて当夜の動きは尋常ならざる速さとなる。
人気のなくなった北街では、鎧騎士対第1騎士団長、ペルン対フィルネールの人外の戦いが続いていた。だが、そのどちらも勝負の天秤が魔族側に傾きつつあった。
(くっ。魔人は弱っているはずなのにこれほどとは。おそらく古参の魔人か。今はトーヤ様のくださった護石のおかげで拮抗しているけれど、サイファ卿が倒れればこちらの勝利は潰える。それに護石もそろそろ限界、っ!)
「んだぁ? ずいぶんお疲れみてーだなぁ。ようやく俺様のおもちゃになりたくなりましたってかぁ。おぉ、向こうもジ、エンドだ。さ~て、さっさと意識を奪わせてもらうぞ。ライトが帰ってきたらメンドーだ。」
「くっ!」「がふっ!」
フィルネールのダイヤモンドが砕けると同時に、サイファの体を鎧騎士がその巨大なランスで貫いていた。その様子に目を奪われてしまったフィルネールは目の前に迫るペルンの動きを見失い、その攻撃を完全に避けることが出来なかった。盛大に吹き飛び、建物の壁にぶつかって止まる。詰まっていた息があふれるとともに血が噴き出る。さらに左の足に走る激痛、見れば腿の聖銀の鎧の装甲は砕け、真っ赤に腫れていた。
「かはっ!うっ!」
状況を把握する余裕もなく、ペルンが傷口を踏みつける。痛みに顔がゆがむ。決して誰にも見せることのなかった表情が彼女の顔に浮かぶ。だが、それもつかの間、激しい衝突は内臓にも多大な被害を与えており、フィルネールの意識は徐々に薄らいでいった。
「いいねぇ!その表情、そそるよ。おい、鎧!さっさとこいつを背負え!上がるぞ。」
「...。」
赤と黒の髪を掻き上げながら、満足そうにペルンは鎧騎士に指示を出す。だが、ペルンの呼びかけに鎧騎士はまるで反応しない。次の瞬間、鎧騎士はその場に崩れ落ちる。
鎧騎士の背後には一人の人影があった。
「おいおい、まさか、ライト様の登場ってか。まぁ、一度はやってみたかったんだよなって、あんときのガキじゃねーか。」
「みーつけた。」
当夜は貫手により鎧騎士の魔核を砕くと、目標であるペルンに目標を定めて冷たく単調な声を上げる。
「っ!どういうことだ。てめーは死んだはずだろ。っ!」
(な、なんだ? 今の寒気は。そもそも、鎧騎士は誰にやられた? まさかこのガキ。)
信じられないほどの速さで肉薄する当夜、その動きは年を重ねて体力の落ちていたライトを遥かに凌駕するものだった。慌てて、ペルンが繰り出した攻撃を自ら致命傷となる首元に誘導する当夜、その行動をミスととらえたペルンは口角を釣り上げる。だが、ペルンは気づいていなかった。その判断を下した時、自身の頭部が吹き飛んでいたことに。
エキルシェールに来てからすでに減り始めているダイヤモンドの加護の残量を確認した時だった。当夜はこの尋常ならざる強さがそう長く続かないことに気づいた。残りの残量から5分程度と見込んだ当夜が戦場に辿り着いたのは残り2分となったころであった。そこで、当夜は鎧騎士を背後から急襲して瞬殺し、ペルンには苦痛を与えて滅したい気持ちを抑えて持てる最大限の能力を駆使して戦った。それは、【遅延する世界】発動中でのカウンターであった。
「消えろ。」
バキッ、と音を立てて砕かれるペルンの魔核。当夜は感情無い虚ろな目でその残骸を見下ろす。達成された一つの目標だったが、当夜の心には虚しさだけが渦巻くのだった。
そんな当夜の耳にそよ風が声を届ける。
「ありがとう。幸せだったよ。」
「ありがとう。僕も幸せでした。」
それは当夜の乾いた心が生んだ幻聴か、この事態を念頭に入れていたテリスールが風魔法で残した遺言状か、真相は当夜にはわからなかったが、彼の目からは涙が流れ落ちて、埃まみれのがれきを濡らした。
やがて、当夜は仮初の力を失い、強いられた肉体への膨大な負荷と精神の磨耗によって意識を失い、地に伏したのだった。
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クラレスから西に3kmほど離れた森の中で一人の男が立ち上がる。僅かに差し込む光がその男の姿を浮かび上がらせる。そこにいたのは、先ほど当夜に魔核を砕かれて死んだはずのペルンの姿であった。
「ふう、とんでもねーな。あのクソガキ!おかげで折角の楽しみがパーだ。主核が砕かれちまったからな、今回は引くしかねーな。ライト対策の保険が役立っちまうとはな。次は殺す。」
「あらあら、次があると思っているの?」
そこに立っているのは黒い外套をかぶる女性。さながら、男の体を守っていたかのような立ち位置であった。
「あぁん。フランベルじゃねーか。お前もこの国にいたのか。お前がこんな時間に外をぶらつくなんざ珍しいな。そうだ、このまま二人でこの街を滅ぼすとするか。」
「あはは、面白いこというわね。あたしが次がないと言ったのはあなたがここで消えるからよ。私の餌場に手を出してただで済むと思うのかしら。」
「冗談だろ。ちょっと待てや。俺らは同類だろ。そもそも、おまえの餌場だって知らなかったんだよ。なぁ、うぐぁ!」
逃げ出そうと背を向けたペルンの胸からフランベルのか細い腕が突き出る。その手には小ぶりな魔核が転がる。奇しくも、ペルンがテリスールを殺した時の状況が再現された。
「て、てめぇ...。覚え、て、いろ。いつか、おめぇ、も、屈辱に、」
「消えろ。」
フランベルが目を細めると同時に手が握られ魔核が砕け散る。フランベルは乱雑にその遺体を振り飛ばすとその亡骸に黒炎の火球を放つ。この時、一つの森が消滅し、巨大なクレーターがそこに生まれた。
「や~れやれ。しばらく、みんなだらけてくれなくなっちゃうかな。まいっちゃうなぁ。働きたくないなぁ。」
爆風によってめくれ上がったフードの下に隠れていた黒色の髪を掻くフランベルはその足を街に向けるのであった。




