表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
75/325

帰還 <本論>

 当夜が手紙をしたためていたころ、西から王宮に火急の知らせが届く。フーレの第4騎士団長の死、そして、クラレスからその調査に派遣された第3騎士団の壊滅とそれを成したワイバーン型の魔獣の出現についてであった。王宮は、最精鋭の第1騎士団に加えて第2騎士団、第5騎士団の派遣を決定した。その直後であった。北から異様な気配を振り撒く一体の鎧騎士の接近を知らせる報告が付加された。王宮は慌てて各騎士団の派遣を留めてギルドに北から間近に迫る脅威の調査を課した。そして、ギルドと神殿、騎士団の合同本部に帰ってきた報告はギルドと王宮を戦慄させた。


「ギ、ギルドマスター、報告します!

 あれは悪魔です。第1戦級冒険者のジェイスが解析を試みたのですが、情報がまったく得られません。少なくとも災害級、ジェイス曰くはそれを遥かに凌ぐと。」


「ちっ!だとしたら、まずは北の鎧を総出で潰した方がよさそうだ。それで構わんか、サイファ!」


 第1戦級ギルドからの報告に舌打ちしながら提案するのはギルドマスター、ギルス。声をかけられた第1騎士団長のサイファが一つ大きく頷くと円卓に並ぶ各陣営のトップに指示を出していく。


「ふむ。それが良いでしょう。騎士団は第1、第2は出兵。第5は次の戦いに備えよ。神殿は上級職のみ現地へ派遣いただきたい。ギルドは第2戦級までの派遣を頼みます。そのほかの従事者は一般民の避難誘導を。王宮は王族の避難を優先してください。」


 第1騎士団はその一人一人が第1戦級冒険者と互角の実力者ぞろいである。その長たる騎士団長の実力は、かのフィルネールと互角とさえ噂されている。しかし、その体格は決して理不尽な体躯では無い。彼もまた【根源の精霊】に祝福された一人である。


「団長!西のワイバーンが速度を急に上げてこちらに向かってきています。二体はほぼ同時にこのクラレスに到達します。バリスタでの砲撃許可を願います。」


「なるほど。どうやら、まだそいつらを操る黒幕が控えていそうだな。騎士団は北の鎧に向かう。ギルス殿、ギルドでどうにかワイバーンを抑えていただけますか?こちらが片付き次第そちらに向かう。」


「そっちの負担が大きすぎるが大丈夫か?」


「ええ、任せてください。そちらは第5をお使いください。少しは役に立つでしょう。」


「では、こちらは救護班として上級治療師を両部隊に配します。本部の管理はこちらで対応しますのでご存分にお二方ともお力を振るってきてください。一応、本国には伝達魔法を飛ばしてはいますが、戦闘には間に合いません。ですが、落ち着くまでの警護になってくれるでしょう。」


 神殿の医院長である初老の女性が発言した。


 だが、彼らはまだその事態を十分に理解できていなかった。その根拠はすでにこの戦いが勝利で終わることを信じてやまない発言からもわかる。


 ギルドは第5戦級までの冒険者をかき集めた。その中にはヘーゼルをはじめとする受付嬢たちの姿もあった。そう彼女たちも相応の実力者たちであり、ヘーゼルは第1戦級相当、テリスールは第2戦級相当の実力者でもある。第6戦級以下の冒険者が呼ばれなかった理由には実力不足もあるが、その多くが将来のこの国を背負って立つはずの若者たちであったからである。

 そして、3鐘が鳴ると、戦いの火ぶたは切って落とされた。はるか遠くでバリスタの槍がこれでもかと翼竜の翼を貫かんと降り注ぐ。しかしながら、そのすべてが黒い風の鎧によって切り刻まれる。第二、第三の攻撃もまるで意味をなさず、そのまま城壁のそばにまで接近を許してしまう。平地からではその効果がまるで見えない冒険者たちの見立てでは、ワイバーンはここまでにすでに翼をボロボロにして地上戦に縺れ込むものとばかり思っていた。しかし、目の前に現れたのは仄暗い粒子が流れる円形の風塵を纏う無傷の翼竜の姿であった。

 一人の冒険者が気勢を上げながら剣を持って駆け出す。その勇敢にも思える姿と裏腹にその心は恐怖に囚われていた。彼はその仄暗い風帯に触れると細切れとなってその身を散らす。そこには鎧も骨も肉も関係ない。ただただ、風のミキサーに刻まれるのみである。彼らは人生で一度遭うかどうかの相手を完全に見くびっていた。あの、冒険者なりたての当夜が相対して生き延びられた程度の存在であると思い込んでいたのだ。


「びやぁ!?」

「ぐぎゃ!」

「う゛あ゛!?」


 次々と帰らぬ脱落者が生まれていく。すでに幾人もの冒険者が逃げ出そうとしていたが、ワイバーンを包む風塵から伸びる黒い帯によって背を向けたものから順々に心臓を貫かれ、そこから全身に広がるように切り刻まれていく。その様子は死の連鎖反応を招き、戦闘開始からたったの10分足らずで第3戦級以下の冒険者を全滅にさせてしまう。80名いたギルド部隊が半減したことを知らせるため警鐘がかつてない速さで連打される。

 だが、これに応えられる者はいない。すでに、真っ赤に血塗られた呪われし鎧は北街の中央まで侵略を進めていた。街の外にはおびたただしい数の騎士たちの亡骸が転がっているのだった。ただ8人、サイファを含めた最上位の騎士たちが鎧の魔人が大型のランスを以て繰り出す高速の突きに防戦一方になりながらも足止めを試みているのであった。だが、サイファを除いた騎士たちはおびたただしい損傷を負っている。そう長くは持たないことが予期された。


 そんな二つの戦場に新たに加わる騎士と冒険者がいた。


 騎士はデュラハンにその直ったばかりの宝剣を叩き込む。初めて、鎧の歩みが止まった瞬間である。


「遅くなりました。助力します。」


「王は無事逃げられたのか?」


「大丈夫です。あとは副団長に任せてあります。」


「そうか。こいつは災厄級だ。全員、本部に撤退。あとは我々でやる。お前たちは足手まといだ。行け!」


「「「は!」」」


 撤退する騎士たちを狙うかのようにデュラハンは動き出す。だが、フィルネールが動くと目標を残った二人に変更する。魔王の核を得たデュラハンはここまで蹂躙を楽しんでいるだけであったが、その強敵に心を踊らされていた。



 一方、西の戦場ではテリスールに危機が迫っていた。ギルドマスターにその翼を捥ぐ隙を作るため、彼女は秘められた力を解放する。彼女を覆うのは禍々しいまでに赤黒い湯気のようなオーラである。まるで全身の血が沸騰して気化しているかのようである。魔人の血が成せる圧倒的なマナと高度な魔法により敵の意識を一手に引き受ける。ワイバーンも彼女の排除を最優先させる。風塵から8本の黒い帯が彼女を狙う。同時に、ワイバーンの体を覆う風塵が薄れていく。そのチャンスを見逃さなかったギルドマスターの攻撃が確かにワイバーンの翼をへし折った。だが、黒い帯は彼女への攻撃をあきらめていない。


「テリスっ!逃げろ!」


 攻撃が彼女を捉えるその瞬間、ギルスの声が響く。だが、すでに魔人化は限界を迎え、その力はすでに失われている。もはや逃げることは叶わないと、テリスールは目を閉じてその死を受け入れるつもりだった。しかし、いつまでたってもその時が訪れない。恐る恐る目を開くと、そこには彼女を案じて乗り込んできた黒髪の少年の姿があった。


 当夜は彼女をお姫様抱っこし、颯爽と戦場を離れる。彼女を地面に降ろすと抱きしめる。彼女は顔を真っ赤にして、当夜の胸を激しく叩く。


「どうして、どうしてトーヤがここに居るの!? こんなところに来ちゃだめだよ!」


「まったく。助けたってのにその一言かい。でも、間に合ってよかった。」


「よう。礼をいうぞ、トーヤ。テリスっ、無茶はするな!心臓が止まるかと思ったぞ。だが、おかげで活路が見出せた。全員、一斉攻撃だ!」


 戦場を離脱してきたギルスは大声で全ての冒険者に攻撃の合図を出す。

 程無くして、勝利の雄叫びが起こり、冒険者たちが思い思いの叫びを上げる。すでに、この時戦場に立っていたのは18人と大きく数を減らしていたが、街への侵入を防ぐどころか討伐するという最大の目的を成し遂げたのである。そこに油断をしていなかったものはいないだろう。当夜も抱きしめていた彼女を離してその空気に酔いしれていたのだから。


「なんだ。こっちはハズレかよ。でけぇマナを感じて来てみたんだが、俺の撒いたカスだったとはな。」


 そこには、胸を貫かれ、その先の手に紅く輝く魔核を握られたテリスールがいた。


「えっ? っう゛ぁ!」


「テリスっ!」 


 口から血を咳き込むテリスール。当夜が叫ぶと、紅と黒の入り混じった髪を持つ男は嬉しそうに彼女を当夜に放り投げたのだった。慌てて彼女を抱き受けると、手に血が勢いよく流れる感触が伝わる。


「お、父、さん?」


「そうさ。テリスってのか。親孝行なガキだな。この俺に負の感情を恵んでくれる苗床になってくれるたぁ。俺もてめぇの母親を抱いた甲斐があったってもんだ。そういや、母親を見逃したってことは中々不幸な人生を送ってくれる逸材だったってことだな。結構、結構。」


「貴様っ!」


「おう!あぶねーな。黙ってろ!」


「がふっ。」


 線の細い体から繰り出される蹴りが剛体なギルスを吹き飛ばす。明らかに異様である。

 当夜は、テリスールが血をさらに噴き出す姿を見て我に返るとアイテムボックスから上級治療薬を取り出した。どうにか出血までは止めることができたが、その顔色は悪くなっていく一方である。


「トォ、ヤ。ありが、とう。

 う゛っ!

 私、トーヤの、こと、好きです。

 あ、なた、の返事、聴か、せて...」


「僕は、もちろん君のことが好きです。」


「そう。なら、よかっ、た。

 わた、し、トー、ヤ、しあ、わ、せ、なっ...」


「待って、待ってくれ! テリスっ!」

(上級治療薬をもっと使えば、マナの雫も使えば、何かあるはずだ。彼女を死なせるもんか!)


 テリスールは当夜の頬に手を伸ばそうとしたが、その瞳に力が無くなる同時にその腕が落ちる。


「おいおい、てめーはなんでそんなに幸せそうなんだよ。もっと悲しめよ。俺を憎めよ。もう、いい。イライラさせんな。消えろ!」


 当夜とテリスールに向けられた致死性のどす黒い炎は、当夜に【遅延する世界】を与えた。だが、当夜は避けるようなそぶりも見せずテリスールを抱きしめていた。そんな二人を分かつように当夜の心同様に黒く染まり切った渡界石が現れる。


 彼女の意思か、当夜は炎に包まれる前にこの世界を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ