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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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迫る帰還の時

「はい!はい!はい!はいっ!」


「うりゃ~~~!」


 その日、クラレスの南のとある森では少女とギルドの受付嬢が狂喜乱舞するかのごとく赤い実を求めて駆け巡っていた。その目的は一人の男と時間を共にするためである。だが、当の本人はその二人の働きぶりに若干、いや盛大に引いているのだが二人は気づく様子は無い。

 彼女たちが集めているのは、クラレスの特産品ともいえるクラーレの実である。

 クラーレの実は、一見するとオオグミの実のような形と色である。だが、グミと異なって太い木で無く、コケモモのような背の低い草に実っている。この時期は、クラレスにおける最も寒い時期である。この地域では落葉する植物はほとんどなく、せいぜい一部の紅葉した葉だけが散るのみである。だが、唯一その持つ葉をすべて枯らせるのが、クラーレである。葉の栄養がすべて実に集まるためにこの寒冷期に旬を迎える。その味を当夜に問えば、アメリカンチェリーの肉質に佐藤錦の味という感想を述べるだろう。

 ともあれ、彼女たちはすでに背負い籠に半分以上を集めて荒い息を吐きながらもその足を休めることなく集めている。

 そもそも、何がこのような事態を生み出してしまったのか、順を負って見てみよう。


 当夜は、騎士団がどこかに遠征でもするのかと80名規模にも上る完全武装の軍勢を見送りながらギルドに入った。ギルドの様子も普段より幾分緊張しているようであるが、テーブルでくつろぐ冒険者の会話からその理由を知る。二つ隣の街でどうやら大勢の住民が謎の死を遂げたらしいということであった。彼ら自身もそれほど深い情報を持っていないのかその話はそこで打ち切られた。だが、当夜にとってその話は特に関心を引くようなものでは無く、第10戦級の掲示板を眺めていると一つの依頼に目を奪われる。そう、クラーレの実の収集である。

 そこで、当夜はアリスネルとの親睦を深めるため二人で依頼を受けることを考えて彼女を家から呼び出すことにした。当夜は、アリスネルから持っていると便利だと勧めるので風の精霊の伝達魔法を使える魔道具『風霊の角笛』を魔道具屋『怠惰』で『マジックキャンセラーキャンセラー(仮)』を回収するとともに手に入れていた。『風霊の角笛』はホイスッルほどの大きさで、何かの生き物の角を加工したものである。伝えたいことと対象者を思い浮かべながら吹くのである。残念ながら、音は鳴らない。


 しばらくすると、息を荒げながらアリスネルがやってきたのだった。そこで、詳しい内容を伝えながら依頼書を手に持って受付に並ぶ。たまに周りから好奇の目で見られるが、最近の当夜にはそれさえも慣れてしまってこの頃は気にかからなくなっていた。当然のように受付はテリスールが対応する。まるで、受付全体がグルになって当夜とテリスールを結び付けようとしているようだった。いや、その露骨すぎるアピールは誰が見てもそのつもりである。かくして、両雄会いまみえるのであった。


「あら、トーヤ。今日はどういった用向きかしら。」


「やぁ、テリス。何か顔が引き攣って、」

「あら、テリスールさん。お久しぶりですね。今日はトーヤと私の二人でこちらの依頼を受けようと思うの。さっさと受理していただけますか?」


 当夜の言葉に被せるようにアリスネルが普段より大きめな声でテリスールの仕事を促す。そこには、ドヤ顔で起伏の小さな胸を張るアリスネルと頬を引き攣らせながら目を細めるテリスールの姿があった。最初に火ぶたを切って落としたアリスネルはこの時自身の優位性に十分に気づいていた。これでテリスールに許可させれば彼女はまさに当夜とアリスネルのデート(傍から見れば違うのだが)を認めさせたも同然であり、仕事として彼女にこの依頼の受諾許可を拒否する理由が無いのである。しかし、このアリスネルの計算には当夜とアリスネル、そしてテリスールの3つしか要素として見ていなかった。そこが彼女の若さゆえの奢りであろうか、明らかな経験不足であった。彼女の計算が脆くも崩れていったのは受付内部からの容赦ない援護射撃が横から突き刺さってきたときだった。


「おや、トーヤ君。面白い依頼を見つけたじゃないのさ。ただね、結構な量が必要だからね。二人どころか三人は必要だよ。あんた、まだパーティに入ってないんだろ。テリス、心配だから手伝って来てやんな。気分転換に丁度いいだろ。」


「えっ!? そんなのおかしいでしょ!

 それに私は『深き森人』だから木の実を見つけるのは得意だから手助けなんて無用よ。普通の人間の3倍は見つけられる自信があるわ。」

 

「あら? そちらの小さなお子ちゃまにそんな力が? なら、こうしましょ。二人のうち、より多くクラーレの実を集めた方がトーヤ君とジャム作りをしておいしい晩御飯にありつける。どう? それとも自信があるのは言葉だけかしら?」


 挑発するようにヘーゼルは恰幅のいい体をズイっと前に出す。


「も、もちろん。構わないわ。」


 アリスネルは思わずヘーゼルのに売り言葉に買い言葉で答えてしまう。だが、ヘーゼルの本領はこの先にあった。


「でも、あんたが普通の人間の3倍も集められるならテリスールが可哀想ね。ハンデにトーヤ、あんたが手伝ってあげなさい。良いわね。」

(フフフ。これで、テリスに負けは無くなったわ。仲良く二人で採取するも良し。本気を出して採取で圧倒するも良し。彼女の採取技術を舐めてかかったら痛い目を見るわよ、おじょーちゃん。)


「な、な、なんでよー!ちょっと待ってよ。おかしいでしょ、そんなのって。トーヤ、黙ってないで何か言ってよ!」


「う~ん。アリスが三人力で、テリスと僕で二人分。すごいな。五人分ならジャムの分も結構残りそうだな。こりゃ、頑張るしかないな。アリスの働きが大きなカギになりそうだ。期待しているよ、アリス。」


「そういうことじゃないよ...。はぁ、わかったわ。でも、私、本気出すからね。トーヤはほどほどにしておきなさいよ。」


「へいへい。じゃあ、テリス。申し訳ないけどお手伝い頼むよ。」


「任せておいて!」


 こうして冒頭の掛け声が森に木霊することとなったのだ。正直言って当夜から見た二人はどう見ても三人力の働きではない。当夜が一粒採り入れる頃には6つ、7つと籠に放り込んでいる。当夜がまだ籠の底が見えるのに彼女たちはすでに籠の半分以上を埋めていた。そして、当夜に恐怖を与えるもう一つの現象が二人がすれ違うたびに聞こえる‘くっ!’とか‘ちっ!’とか可愛くない声が当夜の心に突き刺さる。

 いつしか、制限時間とヘーゼルに勝手に決められた6鐘が鳴る。戻ってきた二人は時折潰してしまうクラーレの赤い汁と激しい動きによって舞いがる土埃とが服を血まみれのごとく汚し、その必死な形相はまさにホラー映画さながらであった。

ギルドに戻るまで三人とも無言であったことも付け加えておこう。


 ギルドで緊張の計量が始まる。


 昔ながらの分銅で計る秤は当夜が32シース、テリスールが5,872シース、アリスネルが5,900シースであった。女性二人の収量はギルドに残る過去の記録を大きく塗り替えるものであった。


「勝っ...。うそ、負けてる? ト、トーヤが、なん、で、ひ、ひどい、よ。」


 アリスネルは単身であれば間違いなく勝利していたが、勝負の条件ではわずかに4シース分負けていたのだった。このわずかな敗北の責任をトーヤに求めてしまうのも致し方なかろう。アリスネルはキッと当夜をにらみつけると走り去ってしまう。まぁ、当夜の収量は最底辺の結果であるが、この勝負においては決定打となってしまった。


「はぁ、何だか後味の悪い終わり方になってしまいました。ごめんなさい、トーヤ。もし、良かったらアリスちゃんと二人でジャムは作ってあげて。私も本気だったんだけど負けちゃったし。私の中ではトーヤの数字は入れるつもりなんて無かったもの。」


「そうだねぇ。私も煽りすぎちまったねぇ。反省したよ。悪かったね。三人とも。」


 せっかくの豊漁であるが何とも後味の悪い結末に誰もが沈んでいた。確かに勝負としてみればテリスールの勝利であるが、二人の戦いとしてみればアリスネルの勝ちである。ここは喧嘩両成敗ならぬ両救済だろうか。


「お二人ともお気づかいありがとうございます。じゃあ、仲直りするためにテリスもアリスも、それにヘーゼルさんも一緒にジャム作ってみんなで食べましょう。」


「そうだねぇ。それが良いかもしれないね。それにしても、あんたのその八方美人ぷりに心配だよ。あんまり見境なく女を不幸にするんじゃないよ。」


「八方美人って。大げさな。」


「無自覚ってのが一番性質(たち)が悪い。ジャムを作るのにシロップがいるね。トーヤとテリスで買ってきておくれ。私はこのクラーレを当夜の家に運んで準備しているよ。おじょーちゃんには私が丸めこんどくよ。じゃあ、頼んだよ。」


 ヘーゼルはアリスネルが集めた分のクラーレをそのまま『渡り鳥の拠り所』に運んでいく。


「さぁて、僕らも行くとしますか。」


「はい。」


 テリスールの案内の下にシロップを買い、その重さに耐えかねた二人は途中で公園に寄り休憩する。


「ねぇ、トーヤ。トーヤはアリスちゃんのことどう想っているの?」


「んー。そうだね。今は妹って感じかな。アリスが僕のことを意識してくれていることに気づいてはいるんだけど、たぶん恋愛って言うよりは好意って感じじゃないかなってみている。彼女も大人になれば僕のとは違う本当の恋愛にぶつかるかもしれない。今はそれを見守っている感じかな。で、テリスから見るとどんな風にみえているのかな?」


「まったく。気づいていないようで気づいているんだね。おっかないなぁ。そうね、私もトーヤと同意見かな。」

(たぶん、恋のあたりには差し掛かっているんじゃないかなとも思うけど。)

「それで、私の気持ちも好意で片づけちゃうのかな?」


「それは...。」


「私はね、正直、初めてあなたを受付対応した時は礼儀正しい子供としてしか見ていなかった。だけどね、何度もあなたに関わるほどに心って言うのかな、精神っていうのかな、そこにに大人としての魅力を見出してしまいました。ひょっとしたらただ単に背伸びしているだけかもしれない。でも、ここまで惹かれているのも確かです。私と、」


「トーヤ!遅いよ。こんなところで油売ってないで早くみんなでジャムを作ろうよ。」


 義兄(あに)想いのアリスネルがライラに煽られて当夜とテリスールを二人きりにしないように駆けつけたようである。


「悪かったよ。ほら、このシロップ、結構重たいんだよ。持ってみな。」


 兄妹のように寄り添う二人が恋人のように寄り添う姿に変わるのもそう遠くないのではないかとテリスールには複雑な予感を感じずにはいられなかった。テリスールはそんな二人の間に割り込むと当夜の耳元で囁く。


「明日の夜に答えを聞かせて。その答え如何によっては私のすべてを見せてあげる。」


 テリスールは顔を赤らめながら当夜の先を走っていく。何かを囁かれて慌てて彼女を追いかけていくアリスネルに追いつかれまいと真っ直ぐに。

 そんな二人を見送りながら当夜は渡界石を顕現させる。最初に違和感を捉えたのはフィルネールにダイヤモンドを渡すために渡界石を出した時だった。そして、今、すでにその色は初めて目にした時の鮮やかな紅色でなく、黒ずんだものに変わっていた。時折僅かに紅く煌めく様は当夜がこの世界から解放される時間を瞬いて教える時計のようでもあった。明日がまさに期限の1か月の節目であった。


(僕は明日、地球に帰る。そして、もうこの世界に来ることはないだろう。そんな僕がこの世界の人を愛するわけにはいかないよ。テリスもアリスも可愛いし、一緒にいて楽しいし、心が躍る。だけど...。)

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