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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
72/325

闇を喰らう者

残酷な表現を含みます。

苦手な方は読まれないことをお勧めします。

 その日、クラレスから東に35km、かつてのグエンダール帝国の侵攻の折に造られた砦街では悲劇が突如として吹き荒れた。

 始まりは一人の遊び人の来訪であった。


「よう、門番さん。お疲れさん。ちょいと、お邪魔するぜ。」


「おや、帝国からの旅行かな。砦街フーレにようこそ。念のため旅券をお見せいただけるかな。」


「あ゛あん。しょーがねぇなぁ。ほれ。」


 長い髪の毛が所々に寝癖のような巻き癖を見せる長身の男は、瞼が半分閉じたような半眼の奥に光る金の瞳で門番をにらみつける。門番はこの街でも歴戦の実力者であったが、その強烈な眼光に一瞬たじろいだ。


「あ、ああ。これは、失礼しました。帝国の一等書記官でいらっしゃったか。そのような格好ですと、この度は観光ですか?」


「そうだな。まぁ、ちょっとした間食にな。なぁ、もういいだろ。これでも俺ぁ忙しいんだよ。」


「はっ!失礼しました。どうぞ、良い一日を。」


「あんがとよ。」


 だらしの無い薄手の服を着崩した男を見送る門番はその場で深いため息を吐く。その手には大量の汗が満たされていた。それは一つでも選択肢を間違えていれば死に直結することを彼の長年の勘が訴えていた証拠だった。

 その問題児、ペルンは街に入るなり食事処を物色しだした。最初に訪れたのは歓楽街、次いで騎士団の兵舎、教会、学校とその足を緩めることなく精力的に観察する。そして、つぶやく。


「どいつもこいつも良い素材だ。」


 その姿は宿屋に消えていった。


 翌日の学校に生徒はその半数しか集まらなかった。不審に感じた教師はその親に確認を取るため兵舎やギルドを尋ねて回った。なぜなら、生徒の大半は兵士や冒険者を親に持つため家を訪ねて回るより職場に確認に出た方が早いのだ。

 だが、そのどちらにも多かれ少なかれ混乱が生じていた。特に、兵舎では多くの騎士たちが慌ただしく動き回り、ずた袋に入れられた何かを台車で運ぶ姿が数多く見られたのである。ある一人の教師がつぶやいた。


「なんだこれは、戦争でも起きたのか。」


 ずた袋の中に納められていたのはいくつもの遺体であった。教師は責任者に問いただしに向かう。第4騎士団の騎士団長の部屋をノックもないままに突入する。


「騎士団長! 魔法学院のポートレスです。いったい何事ですか!? こちらも生徒が半数出てこないのです!」


 そこには頭の上で両手を組み、ひじを机の上に立てる屈強な男の姿があった。しかし、その姿は見た目に反して心なし小さく見える。


「あぁ、いましがた学院には使者を送ったところだ。今、この街は未曽有の危機に落とされている。確認できているだけでも騎士13名、冒険者18名、一般人11名、そして、子供33名が死亡した。それも一家全滅だ。」


「まさか流行り病ですか?」


「いや、全ての事案で共通して、父親が子供と妻を殺している。残虐な拷問の後でだ。そしてその父親も自決するという結末まで同じだ。」


「そんな...。この目で確かめさせてもらいます!」


「いや、見ない方が良かろう。おい!」


 教師は騎士団長の助言に耳を貸すことなく、駆け出すと沈痛な面持ちでずた袋を運ぶ騎士たちの後を追う。たどり着いた先に広がる光景に脳がまるで追いつかない。検分のために袋から出されたとある子供の生首は壊れたおもちゃのように瞳があべこべの方向を見ており、すべてに悲観した様相を見せていた。また、ある母親の顔は涙を流しながらその首をはねられたことを物語る。そのどちらの体にもいくつもの穴が開き、ありとあらゆる体液が服ににじんでいた。そして、父親であるが、その顔は怒りとも悲しみとも絶望とも取れる見るに堪えない表情を浮かべてこと切れていた。

 周りをみれば、ほぼすべての遺体が同じ状況であった。中には見知った子供やその両親の姿があり、教師は思わずその場に胃の中の物を吐き出したのだった。そして、それは遺体を運ぶ騎士たちも似たようなものであった。


「酷いな。俺が推測するに、何者かが子と妻が虐げ、それを見ているしか出来なかった父親が解放するために大切な人を殺した。そして、その責を自ら取った。いや、取らざるを得ないところまで追い詰められていたというべきか。そんな残虐な光景が浮かぶ殺され方だ。」


 そこにいたのは先ほどの騎士団長であった。彼はそのまま続ける。


「中には、この国きっての強者もいた。そんな彼らがそう簡単に後れを取るとは思えない。相手はとんでもない化け物である可能性が高い。一応、王宮に使いを出したが、どうなることか。」


「犯人を早く見つけてください!子供たちを守ってください。騎士団でしょ!」


 教師の泣き声のはらんだ甲高い声が騎士団長を射る。


「わかっている。」


 部下の死に悔しさといら立ちを抑えるかのように強く握るこぶしの隙間を縫って赤い雫が騎士団長の手から落ちる。



 その日の夕暮、街は活気を失い、誰もが家の扉を強く戸締りして恐怖におびえて過ごしていた。そんな街中で一人の男が狂気の笑みを浮かべて独り言ちる。


「だいぶ、いい感じに闇が街を包んできやがったなぁ。」


 軽薄な男が立つのはこの街で最も神聖なる地の入り口である。確かに戸締りのされた扉は彼が触れてもいないのに開き、恐怖を招き入れる。

 院長は、子供たちの泣声にその目を見開く。そこは寝室で無く、祈りの広場であった。そして、目の前には彼女の保護する8人の子供たちが体中にいくつもの細い剣が突き刺さる戦慄の光景であった。そんな子供たちに囲まれるように彼女は座っていた。


「よう、ずいぶん呑気なお目覚めだなぁ。泣きながら可愛い子供たちが待っていたぜ。」


「あなたはこんなことが許されるとでも思っているのですか!」


「まぁ、そうカッカすんな。それより良いのか? 目の前の小僧がそろそろ逝くぞ。その胸の近くの剣を早く抜いてやれよ。」


「なっ!? オウルくん!」


 剣を抜くとすぐさま治療の魔法をかける。どうやら間に合ったようだ。しかし、抜き取ったはずの剣が消えていることにその時の彼女は気づかなかった。剣は別の少女の胸に突き刺さっていた。


「えっ? アーサ院長?」


 少女の声がかすれながら響く。我に返り、少女を見るとアーサはオウルから抜き取った剣を少女に刺していたのだった。


「な、ぜ?」


「楽しいだろ。早くそいつの傷を治さないと死ぬぜ。」


 それからは地獄であった。アーサが剣を抜いて治療を施すと、なぜかアーサは抜いた剣を別の子供に突き立ててしまう。そこには彼女の意思は関係ない。子供たちはアーサが治療を続ける限り死ぬほどの痛みを味わい続け、アーサは子供たちを刺し続けるという意図しない愚行を繰り返す。アーサの心はだんだんと壊れていった。治療を続けるのが正解か、死を与えることが正解か彼女にはわからなくなっていた。そんな答えの出ない問答も終わりが訪れる。彼女の潤沢なマナが尽きたのである。一人一人彼女の目の前で成すすべなくこと切れていく子供たちを彼女はただ見ているしかなかった。3時間という時間は子供たちにもアーサにも永遠にも思える時間であっただろう。

 残されたアーサに一振りの剣が投げられる。


「悔しいか? 好きに使って良いぞ。俺に斬りかかって来ても良し。自決するも良し。まぁ、俺に最高の終幕を見せてくれ!」


「きっ、さっ、まっ! 死ね!」


 しかし、彼女の渾身の一振りはペルンの肉体に僅かも傷を付けられない。その悪魔は舌なめずりをすると彼女にささやく。


「その醜悪な姿を子供たちが見たら喜ぶだろうなぁ。ほら、後ろを見ろよ。」


 そこには虚ろな表情でアーサを見つめる死んだはずの子供たちの姿があった。


「い、嫌っ!み、見ないで!い、あ、あ゛あ゛ぁ! あぐっ!」


 アーサは頭を抱えてしばし苦しんだ後、おもむろに首を手にする剣で深く切り裂いて絶命した。その表情は前日に無念に死した父親の表情に近いものがあった。


「いや~。純真な奴らの感情ほど暗転した時に深い、深い。うめぇな~。」


ガタン!


 教会の扉が倒れると、そこには騎士団長がいた。


「間に合わなかったか!」


「おやおや。この街で一番強いマナだな。お前とフィルネールじゃどっちが強いんだ?」


「なんだと? 当然、フィルネールだな。だが、お前を滅するくらい俺でも十ぶ、」

(がふっ! なん、だ、と...。)


「ふーん。参考になんねーな。弱すぎる。」


 そういうと街を去っていくペルン。その姿をただ見送るしかない騎士団長ゼルは遠のく意識の中で風の魔法を飛ばす。警戒すべきその人物像とその力の一端を風に乗せて王宮に悪魔より早く着くように祈りながら。

 翌日、教会での悲劇と背後から貫く巨大な剣により消えた騎士団長の命は街に更なる恐怖を生み落したのだった。

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