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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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蘇る宝剣

 フィルネールへの謝礼の次の日の朝、アリスネルが珍しく当夜を起こしにきた。ただ、その起こし方は非常に刺激的なものだった。

 

「おはよう、もてる男はつらいね!」


 憎まれ口をたたきながら頬を膨らめると寝ている当夜に向かってジャンピング、つま先を立てながら当夜の鳩尾に飛び込んできたのだ。 


「ぶはっ!おうっ!」


 無防備だったうえに、いくら軽いアリスネルと言っても勢いを付けられてはさすがの当夜もたまらない。しかも、当夜が理由を問いただす間もなく走り去ってしまったのだ。


「う゛ぅ。何だってんだよ。」


 どうにか下に降りていくと、そこには私服姿のフィルネールの姿があった。


「おはようございます。済まないね。丁度、朝のランニングのコースだったので顔を出させてもらいました。その、ご迷惑でしたよね。あまり時間が取れないもので代理の者に任せようと思っていたのですが、これを渡すにあたって国王様から私が直接トーヤ様に手渡すように命令がありまして。」


 そう言ってその手に握られているのは宝剣リアージュであった。


「でも、本当に僕なんかがお借りしてしまって大丈夫なのでしょうか?」


「そうですね。もう、その剣は今のままでは武器として活躍できませんし、やれることがあればすべて試してみたいですから私はむしろお願いしたいくらいです。国王様も歓迎されていましたし、大丈夫だと思います。ただ、金品目的で盗賊が目を付ければ危なくなりますのでそこだけご注意ください。」


「それもそうですね。そう言うことでしたら、アイテムボックスにしまいながら運びますよ。」


「そうしてください。では、ご迷惑をおかけしました。あ、可愛い妖精さんにもよろしくお伝えください。」


「可愛い妖精さん?」


「はい、世界樹の妖精さんでしょう。どうやら私が怒らせてしまったようですけど。私としては近いもの同士仲良くできるとうれしいんですけどね。」


「ああ、アリスのことですか。近いものですか?」


「ええ。あら、もう戻らないと副団長に怒られちゃいますね。それではまたお会いしましょう。剣のことよろしくお願いしますね。」


 肝心なところをはぐらかすとフィルネールは剣を当夜に預けて一礼すると流れるように玄関を出ていった。すぐにライラと挨拶をかわす声が聞こえたが、足音ととも遠のいていった。


 朝食の時には無言で不機嫌なアリスネルを案じるライラに激しく問い詰められることになり、当夜は疎外感たっぷりな食事を早々に切り上げて鍛冶屋ローレンツに逃げ込むのであった。


「レゾールさん、聞いてくださいよ。実は朝っから...(中略)。というわけで宝剣リアージュを借りて来ました。ぜひ直してくださいね!」


「何だよ。その(中略)って。そうゆうのは書き物でやることであって言葉の中で使うもんじゃねぇ。しかも、どうして宝剣なんて持ってこられたんだ。おまえ、ことと次第じゃ、ウォレスに突き出すぞ。」


「はいはい。落ち着いて、落ち着いて。実は、フィルネールさんが今朝、直々に届けてくれたんですよ。いやー、遡ること一日前なんですけどね。命の危機を救ってもらったお礼をしたいということで会ってきたんですよ。その時に腕のいいレゾールって職人ならこの宝剣だろうが何だろうが直してくれますよって伝えたらこんなに早く対応してくれたんですよ。当然、直してくれますよね?」


「トーヤ!おまえ、なんてことしてくれたんだ。まさか、国王様までご存じってことは無いよな? そうだよな!?」


「いや、貸し出すにあたって国王様からフィルネールさんに直接届けるように指示が出たって言っていたから知ってるんじゃないかな。」


「...終わった。期待させといてできませんでしたじゃあ、済まされねぇ。我が鍛冶生命もここで終わりか。楽しかったぜ、相棒。」


 遠い目をしてハンマーに話しかけるレゾールを見て、さすがに苛めすぎたかと当夜は反省して事の真相を話し出した。


「...。なんでい、そうなら最初からそう言え!馬鹿野郎!死ぬかと思ったぞ。」


「で? 実際見た感じどうですかね?」


「確かに俺の腕じゃ難しいぞ。普通にできませんでしたで返すしかあるめぇよ。」


「そこで、この間持っていただいた硬貨の出番ですよ。あれには「特異製錬」という金属の質を高める効果があるんですけど、そのほかに鍛冶の精霊の加護も500もあるんですよ。そのあたりを使えませんかね。僕は鍛冶の精霊の加護は持っていないのでわかりませんが、レゾールさんなら何かできるようになるんじゃないかと思うんですよ。そうですね、たとえば宝剣リアージュが直るイメージを浮かべてみるとか。」


「ほう、なるほどな。じゃあ、ちっと貸してみろ。」


 当夜がレゾールに一円玉を渡すと、彼は鍛冶場に移動して宝剣リアージュとにらめっこを始める。5分ほど無言の空間が訪れる。レゾールは額に物凄い量の汗を浮かべている。


「いや、レゾールさん。無理なら無理でいいですよ。」


「ちょっと黙ってろ!」


(ちょっ、びっくりしたなぁ。何かわかってきたのか?)


 そこからさらに5分ほど宝剣リアージュを見つめるレゾールの姿は某番組における鑑定士とまるで同じ目力を発していた。


「わりーな。いきなり怒鳴っちまって。もしかしたら直せるかもしれねぇ。だが、この硬貨無くなっちまうかもしれねーぞ。何より1枚じゃ中途半端に終わるかもしれん。それでもいいか。」


「そうですか。出来そうですか。なら、中途半端じゃなくて本気で頼みます。こいつら使ってください。」


 そういうと残りの2枚をレゾールに渡す。


「おいおい、こんなに隠し持っていやがったのか。おっかねぇ坊主だ。だが、これならやり遂げる自信があるぜ。ちっと時間を貰うが真剣にやりてぇからどっか行っててくれ。」


「そうしたいのはやまやまだけど、剣の護衛もしなきゃならないからここで見届けさせてもらうのって駄目かな?」


「ふん。構わんぞ。だが、かなり長くなるからな覚悟しろ。」


 そこからは忍耐勝負となった。レゾールが槌を振るうたびに槌が欠けることで生まれる火の粉や炉から放出される熱風が部屋をサウナのように熱し、当夜は幾度となく水と塩分を当夜とレゾールに補給し続けることとなった。

 だが、作業は遅々として進まなかった。焼き爛れたリアージュの表面のささくれは僅かな3mm程度のものでもレゾールの渾身の叩き上げをもってして潰すのに10分を要した。

 最後の鐘の音が鳴ってもなお、作業は続いていた。だが、終わりは見えていた。そう、火入れの作業は終わりを告げ、今は研ぎの工程に入ったのだ。ここまで失ったものは1円玉1枚、槌8本であった。そして、たった今2枚目の1円玉が光りを放って消失した。ふと、玄関を見るとライラの置手紙とパンが2つおいてあった。


<アリスが焼いたパンです。しっかりと味わって食べなさい。あまり根詰めないでね。それと、アリスを大事にしてあげなさいよ。不幸にしたらお母さんが許しません。>


 すべてが終わったのは夜明けがすぐそばに迫っているそんな時間だった。


「...出来た。」


「最高の出来です。」


 それ以上の言葉は出なかった。


「当夜、こいつも受け取っておけ。聖銀で試し打ちした剣だ。」


 レゾールに渡されたのは一振りの長剣。暗い中であってもわずかな光を鋭く返すその刃は相当な業物であることをうかがわせる。何より長剣とは思えないほどの軽さであった。


「いつの間にこんなすごい剣を。ありがとうございます。お代はいくらですか? といっても払えるかどうかわかりませんけど。」


「ば~か。こんなスゲー仕事ができたんだ。もう貰っちまったよ。それに、ほらな。こいつは記念にもらっておくぞ。」


 レゾールが手にしていたのは明らかに消失寸前の1円玉だった。おそらく、ショートソード一本を打とうものなら一瞬で耐えきることなく霧散するであろうその一枚を満面の笑みで見せつけてくるのであった。



 翌朝、当夜はその足のままに王宮に向かうと交代の時間に入ろうとしていた門番を引き止めてフィルネールに取り次ぐように迫った。あまりの気迫に押されてフィルネールを呼びに行く門番を見送るとアリスネルが焼いたとされるパンを一つかじってみた。あのアリスネルが焼いたとは思えないくらい上手に焼けていたが、少しばかり強めに効いた塩気はどこか悲しみを訴えている気がした。

 当夜は駆けこんできたフィルネールに宝剣リアージュを手渡すと簡単な説明をして家路を急ぐのだった。

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