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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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老婆 エレール

 この家の主であるライトの突然の失踪から早10日、普段の彼の行いからならちょっとした悪戯か気まぐれの旅行と割り切ることができた。しかし、失踪直前に彼が打ち明けた言葉には悪戯や気まぐれの類の雰囲気は無く、不思議とこれが今生の別れとなる確信めいた予感があった。

 最愛の夫との別れという失意に暮れる中、ライトの部屋から人の気配がしたのだ。一瞬、不審者の侵入と警戒したが、この家に害意を持つものが入ることは精霊たちの護りによって事実上不可能だ。ともすれば、この家に縁ある仲間たちの仕業となるのだが、今に残るこの家に所縁ある者は私とライトくらいのものだ。他の者たちはすでに時に逆らえるわけも無く天命を全うして久しい。ならば、犯人はライトと言うことになるのではないか。だが、ライトは嘘をつくときに本人も気づいていない癖が現れるからあの別れの言葉に偽りは無いはずだ。つまり、もし二階に人がいるとしたら私たちの仲間の誰かが認めた人物ということにでもなるのだろうか。それにしても玄関から入ってきた気配はなかった。まこと不気味な感じだが、そもそも私の勘違いかもしれない。最近は、ライトの不在による不安と寂しさが重なって神経質になっているようだから。

 こんなことを思い出したからだろうか、昔のことが蘇る。


 このエキルシェールが崩壊の危機に陥ったのはクラレスレシア暦1102年、つまり400年以上も前のこと。崩壊の危機、すなわち魔王の出現と穢れた瘴気の噴出である。魔王は文字通り魔王だった。かの者がそう名乗ったのではない、誰かがそう称したのだ。魔王は北の大陸を支配した。とは言え、その地はすでに氷と砂漠の不毛の地であり、被害を受けた国は無かった。その上にそれ以上の侵攻を起こさなかったのだ。ゆえに各国は魔王を軽視し、対策を怠った。結果、その地を中心に瘴気が溢れ出したのだ。もしも、或るパーティが動き出していなければ当の昔に世界は悪意に満たされていただろう。

 そのパーティは一人の青年によってまとめられていった。彼は、世界の崩壊を繋ぎ止めたいとこの世界に突然に名乗りを上げた。北の大陸を中心にした瘴気の噴出に警鐘を鳴らしながら。しかし、当時の国々はその青年の主張を奇行と鼻で笑い、碌な支援をすることなく切り捨てた。しかし、彼には人や精霊を惹きつける魅力があったのだろう。北の大陸にたどり着く頃にはいくつかの支援国を得て数多くの仲間や精霊を引き連れていた。かく言う私も惹きつけられた一人だ。そして、北の大陸を前に瘴気の流出を抑える者たちと別れた彼は精霊王の加護を受け、彼に選ばれた僅か8人の仲間たちとともに魔王を倒し、ついには溢れ続ける瘴気の封印を行った。

 そんな偉業もあっていつしか彼は英雄と謳われるようになった。結果、これまで見向きもしなかった国々は、彼を兵器として取り込もうと躍起になった。彼は当然のように断り、国として最初に支援を表明したクラレスレシアに身を寄せて心許した仲間たちを妻として迎えて自由気ままに過ごしていた。

 彼こそが英雄、ライト・オーシャンである。


 私、エレール・セレナレット・オーシャンは、そんなライトのただ一人残った妻であり、この家【渡り鳥の拠り所】の管理人でもある。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 なんじゃ? ライトとワシの年齢がすごいことになっている? 女性の年齢を詮索するのは褒められたものではないのう。だがまぁ、年齢などしわを隠せないことがわかってからは気にすることもなくなった。教えても構うまい。自分でも数えるのが億劫になって正確な数字はわからんが、600歳くらいだったか。私は【深き森人】と呼ばれる種族であり、その中でも世界樹に最も近い存在だ。ワシを生み落した世界樹(おかあさま)からは【世界樹の目】とも呼ばれている。ともあれ、他の人族と比べてワシらは最長の寿命を持つとともに優れた容姿を誇るとされている。ライトもこの容姿にぞっこんで『エルフ』と呼んで喜んでおったわ。

 ん? ライト? ああ、そうじゃった。彼はおそらく人の皮をかぶった精霊王そのものではないかと推測しておる。本人は異世界から来た人間であると良く言っておったが、その世界こそが精霊の住まう地なのではないかと本人不在の中ではあるが仲間内で結論付けた。そうでもしなければ理解できないほどに強かった。まあ、その強さゆえに近づく女も多く私たちは常にハラハラさせられたものじゃった。

 最後の妻と言ったが、彼がパーティのメンバーにいた4人の女性全てと結婚して以来、彼が新しい妻を取らなかったことと私の種族としての寿命の長さが起因しておる。とはいえ、500歳を過ぎるとしわも立ち、550歳のころにはこのとおり老婆然となってしまった。残された時間もそう長くはなかろう。そんな老婆でも彼は変わらず私を愛してくれた。本来なら【世界樹の目】は、世界樹から生まれ、500歳に到達する前に自ら世界樹にその全てを返還して一生を終える。老化が進んだのもあるべき在り方を逸脱していることへの警鐘だと思う。それでも、私は自らの永眠(ねむり)の地は世界樹ではなく彼の傍と決めている。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトとエレールの長きにわたる平和な暮らしは唐突に終わりを迎える。それはエレールの命が尽きたためではなかった。


 今にして思えば私自身もそれほど永くは無かっただろう。別れは少し早まっただけなのかもしれない。でも、私にとっては大きな違いがあった。私の最後を看取ってくれるはずだった最愛の人が居なくなったのだから。


 終わりの引き金は、ライトから突然の告白によって引かれた。彼の顔は顔面蒼白で魔王との闘いの最中に友を失ったときのそれすら凌ぐ悲壮感を醸し出していた。


「本当にすまない。取り返しのつかないことが起こった。この世界にはあと20日ほどしか居られない。こんなことになるなんて...、俺は、」


 普段の飄々とした態度からは、全く想像のつかない彼の表情がその残酷な言葉の信憑性を物語っていた。

 それからの日々はあまり良く覚えていない。ただただ、彼を繋ぎ止めるための手法を模索していたような気がする。彼も同じだったと思う。最後に彼が消える瞬間、彼の前に黒い石が現れた。彼は慌てて何か言おうとしてこの世界から姿を消した。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトがいなくなって10日が過ぎた。そんなときに冒頭の出来事である。もしかしたら彼が戻ってきたのではないかという僅かな期待と最愛の人物の部屋を荒らす不届き者の可能性に対する警戒が自身の感情をかき乱していることにいら立ちを覚えつつその部屋に向かうのだった。

 踏みなれたはずの階段をやけに長く感じながら登り、あの日からも欠かすこと無く掃除し続けている部屋を覗くもやはり気配は感じられない。自身の不安が生み出した幻影であると切り捨てる。

 だが、再びの気配を感じ、ライトかどうかはともかく何者かが大切な部屋にいるという確信を得て、ライトがエレールに与えた魔道具ホーキを手に階段を上がると扉を開けたのであった。


「誰かいるのかぇ?」

(ライトなら早く応えてっ)


 そんな問いに返ってきたのは何かを落とす音。警戒しながら近づくとそこに居たのはライトのような黒髪に黄色みがかった肌を持つ一人の少年であった。

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