近衛騎士団長へのお礼
日付は変わって2鐘が鳴り響く。
黒髪の少年と普段は肩まで伸びる髪を左側のうなじに団子状にまとめた少女は、連れだって埃の館に来ていた。
当然のように開いている玄関を進むと昨日の帰り際の状況と何一つ変わらない魔道具屋『怠惰』の店内が広がっていた。
「うわ。まるで変わり映えなし。期待してなかったけど。」
「トーヤ、そういうこと言わない。ひょっとしたら、中はきれいになっているかもよ。」
「アリス、本当にそう思っている?」
「...。」
当夜の予想通り家の中も変わり映えなく、帰り際にほっぽらかした状態の店主が寝ていた。
「当然の結果だな。こりゃ、飯は周辺の埃を摂取して生きているに違いない。掃除をすることはかえって彼女にとって迷惑に当たるかもしれないな。」
「そんなことあるわけないでしょ。ほら、私は朝ごはんを用意するから、アイテムボックスすごい便利なんだからトーヤは家の中をきれいにしておいて。」
「はいよ。って、アリス、料理作れるの?」
「し、失礼な! あとで度肝を抜かしてやるんだから。」
「彼女と同じくらい期待しているよ。」
「ト~~~ヤッ!」
「うわっぶない!」
当夜の顔の位置の横壁にアリスネルが持ってきていたナイフが突き刺さる。ここに来るまでにアリスネルの提言により、道中で生活用品や食料を買いそろえて来ていた。何しろこの隣で起きる気の無い店主の館にはまるで暮らしを形作るものが無いのだ。
「さっさと働け!」
「その台詞はそこに寝ている奴の耳元で言ってくれ。あ~、ハイハイ。やります。やりますよ。まったく、最初に発案した僕より気合入っているじゃん。どうなってんの。」
当夜は文句を言いながら苔とカビの戦場と化した風呂場に介入する。当夜の右手にマナが集まると黒い渦が二つの勢力を飲み込まんと唸りを上げる。その渦を床面に近づけると驚きの吸引力によって次々と覆い隠すものが消え、白亜の大理石の床面が姿を現した。そして、トーヤのアイテムボックスには貴重な素材が蓄積されるのであった。
【苔】0シース
あまりに多くの種類の苔が混ざり合い、分離するのは困難。畑の肥やしにでもしてみたら?
【カビの粉】0シース
様々なカビが濃縮されて犇めく粉。均一でないため利用価値は無い。なぜ集めたのか問いただしたい。
【虫】0シース
意図せず回収されたために分類されていない虫たち。多くはコケクイダニ。
【埃】0シース
ホコリ以外の何物でもない。早く捨てろ。捨てろ。
当夜がアイテムボックスの中身を確認しようと意識を向けると、大変御座なりな解説とアイテムボックスからの怒りを感じとった。店の外に出て早急に対応をとる。日本人たるものクレームには早急に対応を取るのが暗黙の了解である。
「ふう。終わったな。これ、地球側でもできたら良いのに。」
空間の精霊が聞いたら激怒するかもしれないが、当夜は気になるところに手をかざすだけでゴミが回収されゆく様を見てこれを言わずにはいられなかった。なお、この経験によってアイテムボックスの大きさを大きく引き伸ばせることに気づいた当夜はもはや掃除の申し子となっていた。
店主の眠る部屋に戻るとアリスネルが食卓にサラダと料理?を並べていた。思わず片メガネを装備し、鑑定を試みる。5つあるナニカの内2つは何とか判明した。
【サラダ】500シース
王国の料理人も驚くほどに野菜の旨みを切れ目を入れるだけで極限まで引き出した至高の一品。
【崩壊するパンケーキ】?シース
世界樹の分身が作った料理の失敗作。焼きむらがあるため崩れやすい。
【白筋のお浸し】?シース
世界樹の分身が作った料理の失敗作。栄養素が逃げ出した御浸し。
【解析不能】
世界樹の分身が作った兵器。破壊力は計り知れない。
「な、なんだと!?」
「あ、トーヤ。何か1つしか私の知識通りに出来なかったんだけど、たぶん食べれるよ。」
「ライラさんはどこまで教えてくれたの?」
「包丁の入れ方までかな。火を使うのって結構難しいんだね。どのタイミングが一番良いタイミングかを見計らっていたらこんなになっちゃった。やっぱり私って管理人向いてないのかなぁ。」
(おいおい、そんな悲しそうな顔されたら言いたいことも言えないよ。しょうがない腹をくくるか。)
「そ、そんなことは無いよ。じゃあ、そこの寝坊助を起こして食べてみようか。」
「「「...。」」」
「これは食べ物でいいのかな?」
「はぁ。食材を台無しにしちゃった。グスン。」
「いや、サラダは絶品だっただろ。次を頑張ればいいさ。な?」
「君たち、惚気るなら別のとこでやってくれないかな?」
「そ、そんなつもりは無かったんだけど。変なものを食べさせてごめんなさい。」
最初の被害者は当夜だった。だが、当夜は意識を失う前にサラダを食べながら眠るフランベルの口に紫色をしたナニカを突っ込んだ。そして、二人目の犠牲者が生まれ、その悲劇を目にした元凶が遅すぎる味見をしたことでこの場にいた全員が目を回すことになったのである。
「で、あんたらは何しに来たん?」
「ん?ああ、頼まれてた掃除に来たんだよ。お前の周りを綺麗にしつつ、錬成釜を整備しておいた。というわけで例の物を期待しているんでよろしく!」
「しょうがないね。じゃあ、作っておくから勝手に持っていきな。それと次来るときは料理をしっかり覚えてから来てくれよ。じゃ、お休み~。」
当夜とアリスネルはそれっきり全く反応しない店主を残して家路につくことになった。アリスネルは料理の腕を再び上げることを固く誓い、ライラにしばらくつきっきりで指導を仰ぐこととなった。これにより、当夜とアリスネルの仲良し紀行は一旦の幕引きを迎えることとなった。
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埃の館を清浄なる世界に戻した当夜は、その日の午後、6鐘と同時に家を出た。 目的はフィルネールにお礼の品を献上するためだ。もちろん、高嶺の花を近くで眺めてみたいという気持ちが無いことは否定すまい。そのためのチケットの確認をすることにした。そのチケットの名はダイヤモンドのルース、お高い拝観料としてはもってこいの一品だろう。渡界石を思い浮かべてその名をつぶやいて現出させると、ダイヤモンドのルースをイメージする。すると、四角いケースに納められたダイヤが久しく浴びていない陽の光に眩く煌めく。その煌めきはこの世界の大いなる精霊を呼び起した。
「ふむ。ようやく逢えたか、新たな異世界の住人よ。」
「だれ?」
「我は根源の精霊と呼ばれておる。かつてはライトを祝福し、他を圧倒する力を授けた存在だ。どうだ? 我がおぬしに祝福を授けても構わんぞ。」
「いえ、僕は時空の精霊に祝福されていますから無理でしょう。」
「否、かつてのライトも最初は時空の精霊の被加護者であった。だが、精霊と対象者の希望が合えば上塗りすることも可能だ。どうかね。我の力があればどんな困難も軽く覆すことができようぞ。」
「う~ん、今はそれほど困っていませんから結構です。どうせ、あと10日もすれば地球に帰りますし、それなら、次の後継者にでも聞いてやってください。何より、時空の精霊には一度命を救われていますので裏切るような真似はしたくないんですよ。」
「ふむ。その信仰心は惜しいな。だが、その苦難の道、必ずや我の力が求められるであろう。よし、今はここで引き下がろう。だが、我との邂逅の記念にその宝玉に祝福を授けよう。いつでも頼るが良い。」
そういうといつものように勝手に祝福して消えていく精霊の姿に当夜は苦笑する。満足して去っていった根源の精霊は、この後、当夜の発した言葉を拾えなかった。
「どうでも良いけど、この石プレゼントしちゃうんだけどね。」
こうして、当夜はこの世界の国々が戦争を引き起こしてでも手に入れたい一品をフィルネールに会うための口実に引っ提げて王宮に辿りついたのだった。
そこには、おとといお世話になった門番が恐縮して待ち受けていた。
「ト、トーヤ様。お待ちしておりました。まだ、お時間早いようですが、このまま観測室までご案内いたしましょうか?」
「そうですね。よろしくお願いします。」
案内された観測室は王宮の西側に位置しており、階段を登った2階の大部屋であった。そこには幾何学模様の並ぶ褐緑色のローブを羽織った職員たちが所せましと駆け巡っていた。
件の紳士もいたが、当夜を見つけると蒼白い顔で近づいて来るなり、両手差し出してきた。当夜は挨拶だと思い、手を同じく差し出すとクレートはその手を強く握り涙を流しながら只々礼を言うのであった。
クレートは、不気味なその光景に引き気味の当夜に気づくことなく奥の応接部屋に当夜を引き入れる。そこには出会った時のような鎧姿で無く、真紅と白亜の基調の下に麗美なフィルネールを引き立てる礼装姿の彼女の姿があった。フィルネールはソファに座りながらお茶を嗜んでいたが、当夜を見つけるとカップを受け皿に置き、流れるような所作で優美な挨拶を投げかけてきた。
「この度はトーヤ様にこのような席をご用意いただきお礼申し上げます。私目にご用向きがあると伺いましたがどのような件でしょうか?」
「...。いえ、お忙しいにも関わらずお時間を割いていただいてありがとうざいます。以前、蒼いフレイムゴーレムに襲われていた時に助けていただいたお礼がしたいと思っていまして。この度、クレート様にご無理申し上げてお願いしたところです。」
あまりの美しさに見惚れて、美声に聞き惚れていたために反応に遅れた当夜であったがどうにか今回の趣旨を口にすることができた。
「そんな。お気になされなくともよろしいのに。」
「ですが、宝剣リアージュは傷み、お仕事に支障を来している伺っています。リアージュはその後どのような状況でしょうか?」
「その、リアージュは...。いえ、お気になされないでください。今、王国の鍛冶師たちが懸命に修復してくれていますので直治るでしょう。」
「フィルネール殿、そのような嘘が伝われば後々困るのは貴殿ですぞ。」
「そうですね。フィルネールさんは嘘が苦手のようですね。わかりやすいですよ。」
当夜は、わずかであるが垣間見えたフィルネールの人間性に、思わず笑みがこぼれたのだった。一方のフィルネールは動揺しているのか肩を落として人差指で腿を突いている。
「うっ。そうでしょうか。」
「そうです。」「そうですな。」
「お二人とも手厳しい。」
「トーヤ殿、今や宝剣リアージュの修復はお手上げの状態でしてな。今は彼女の部屋に置きものとして置かれているのだよ。それより、トーヤ殿は何か渡したいものがあるような口ぶりでしたが、何かお持ちなのかな。手ぶらのように見えるが。」
「あ、そうでした。こちらをそのお詫びとお礼にお渡ししようと思いましてね。気に入ってもらえるといいのですが。」
そう言ってダイヤのルースをテーブルの上に置く。同時に二人の息を飲む雰囲気が伝わる。
「これはいったい?」
「まさか、観測されたものか!」
「? いやぁ、こちらに来る前に根源の精霊に祝福されたんですよ。結構良い効果があると思うんですがね。受け取ってもらえますか?」
「い、いえ。さすがにそのようなものをいただくわけにはいきません。お納めください。」
「フィルネール殿!
いや、失礼。ですが、トーヤ様がこのように申してくださっているのです。男性にとって贈り物を受け取ってもらえないことこそ悲しいものはない。ありがたく頂戴するのが礼儀ですぞ。」
(本人が良いと言っているのになぜ断る!? いいから受け取ってしまえ!)
(さっすが、できる紳士だ。クレートさん、ありがとう!)
「ですが...。」
(これは力ある私が持つより、まだ力の発展途中のトーヤ様が持っていた方が良いに決まっている。お返ししなくては。)
「はい!受け取ってください。」
半ば強引に彼女の手に握らせると、フィルネールは何か言おうとしていたが観念したように受け取る。
(わかりました。この命は国王様のために捧げていくつもりでしたが、もう一つ背負うべきものを与えるという神からの命なのでしょうね。)
「それと、もう一つはお願いなのですが、宝剣リアージュを貸してもらえますか?」
「ほう、それはどうしてですかな?」
「いえ、知り合いの鍛冶師に直せないか確かめてみたいのです。」
「私は構いませんが、国王様がなんとおっしゃるか。」
「それなら私が許可しよう。」
クレートが白髪交じりの整えられたカイゼルひげを撫でながら口角を上げるのをフィルネールは目を細めて諌めようとするが、気分の高ぶっている彼を止めることはできなかった。
「ですが、クレート殿、さすがにそれは。」
「いえ、トーヤ様の件は私に全てを委任していただいている。大丈夫でしょう。トーヤ殿、直せなくとも必ずご返却ください。では、明日、トーヤ殿の家に届けさせましょう。では、フィルネール殿は次の仕事が控えておりますのでこれにてお開きにしましょう。」
(さぁ、早く私に根源の精霊の一端を調べさせてくれ!)
このようにして、クレートの欲望によりフィルネールへのお礼は早々に打ち切られたのであったが、そんな心の声を聞けない当夜からするとそのように忙しい身のフィルネールとの席を作ってくれたクレートに盛大な感謝の念を持つことになるので、このクラレスレシアから見れば今回の件は正解だったのかもしれない。当夜とフィルネールにとってはどうであったかは追々確かめていくしかないであるが。




