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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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怠惰なる魔道具屋

 無事かどうかはわからないが、当夜は何とか朝食を乗り切ると隣でご機嫌な笑顔を浮かべる少女を見やる。


(ふー。まったく参ったね。まぁ、アリスがご機嫌みたいだから良しとしますか。さて、次はどこに行こうかね。無難なところなら服屋さんとか装飾屋さんだけど、この娘はやたらめったら服やら装飾品を持っているからなぁ。どうすっかな。)


 アリスネルはエルフの里から従者たちに様々なものを運ばせ、すでに彼女の部屋はかつてのエレールが使っていた雰囲気など微塵も感じさせない状況となっている。似たような可愛らしい動物の人形たちや割と粗雑にまとめられた暖色系の小さな服が散見する彼女の部屋は、まぁ良く言えば乙女チックで年齢相当なのだが、当夜から見るとまだまだ小さな女の子の世界である。ちなみに偶々ライラの掃除時に出くわした結果、何の意図なく見てしまっただけなのだが、アリスネルからはレッドカードが今にも飛び出しそうなくらいに強い警告を受けた。ちなみに最近のアリスネルは非常に大人びた服を着ていることが多いが、これはライラが昨今推し進めている大人な女性として飛躍させる推進計画に伴うものであり、ただでさえ多かった彼女の服の増加に拍車をかけている。


「じゃあ、とりあえずのんびりと街中を散歩するかな。アリスはそれで良いかな?」


「も、もちろん大丈夫だよ。」

(はぁ、声かけられただけで心臓がバクバクだよ。でも、次こそは私がお姉さんってところを見せないとね。)


 アリスネルは、当夜のリードに胸を躍らせながらも、いまだ当夜が自身より年上であることを認めていないのであった。一方で、当夜は口ではデートと評しているが、アリスネルのことを日本での妹とのやり取りに近いものに捉えていた。二人が本当の意味で理解し合うまではまだ遠い。


 その後も二人は街中の店を回っては囃し立てられながらライラの目論見通りに噂を広めていくのだった。そう、当夜にとっては年下の女の子でもこの世界の住人の目で見れば十分にお似合いのカップルなのだ。

 しばらくすると、アリスネルは当夜の右腕の裾を握りしめながら、後ろに隠れるようになってしまった。振り返るとアリスネルの目線が合うと真っ赤になりながら下を向いてしまう、その様子は当夜の兄としての保護欲を多いに高ぶらせた。


(な、何でトーヤは平気なの? こんなに囃し立てられて恥ずかしくないの?

 もしかして、トーヤは本当に私と付き合っているつもりなのかしら。ど、どうしよう。私、まだそこまで気持ちが整理できてないよ。)


(う~ん。やたら、店の人たちが煽ってくるな。まぁ、可愛い女の子と一緒にいるとはいえ、年齢的には兄妹でいるようなもんだろうに。年齢? そういうことか。こっちの世界じゃ、僕とアリスは同い年くらいに見えるか。これはアリスに悪いことしたかな。)


 道中で買った小さなジャムパンを二人そろって公園で食べているのだが、街中でからかわれて以来、アリスネルが縮こまってしまって話が弾まない。顔を覗き込むと顔色をコロコロと変えてはいるものの明るい表情であり問題は無いはずなのだが、見られていることに気づいて慌てる様などは当夜も思わず笑ってしまったほどだ。


 かくして、8鐘も鳴り、陽が大きく傾いてきたこともあって家に戻ることになった。当夜はアリスネルに贅沢をさせるつもりでいたにも関わらず、まるで出費していないことに気づいてそれとなく彼女の欲しいものを尋ねる。


「そう言えば、アリスは今欲しいものって何か無いの?」


「ふえ? 欲しいもの? えっと、特には無いよ。」


「そうか。じゃあ、最近困ったこととかって無いかい?」


「そうだね。昨日の奴らに捕まりそうになった時に魔法を無効化されたの。たしかマジックキャンセラー?って言っていたかな。そういうのを逆に無効化できるようなアイテムがあると良いかな。」


「うーん。マジックキャンセラーのキャンセラーか。とりあえず、魔道具を扱っている店に入ってみようか。」


「まぁ、マジックキャンセラー?っていう言葉も初めて聞いたし、たぶん無いと思うけどね。」


 彼女から話題を振ってきたことを活かして、人さらいの処遇を含めた後日談を話しながら最も近くの魔道具屋をマップで探していると、北街にある1軒の古めかしい民家にたどり着く。その名を地図上に魔道具屋『怠惰』と記された店だった。

 入り口には一枚のプレートがかかっていたが、すでに字がつぶれて読み解くことができない。当夜はそっと入り口を開けて中の様子をうかがう。真っ先に目に飛び込んできたのはカウンターとそこに乗っかる足であった。声をかけながら中に進むと、その足がピクリとしたがそれっきりまるで反応が無い。


「こんにちは。やってますよね?」


「...。」


「あのー。ここは魔道具屋で大丈夫ですよね?」


「凄い埃。トーヤ、この人生きているんでしょうか? あ、寝てる。」


「ほう、なるほどな。これでも喰らえ!」


 当夜は接客もせずに寝ている受付を相手取り、その足の裏を当夜の誇る最大級の技能、擽りで逆接待をする。この技は地球に残す妹を恐怖と混乱に陥れ、家族でありながら‘訴えるよ!’と言わしめた大技である。


「ヒャハハッ! や、やめてよ! 誰!? 何すんの!」


 全身を覆っていた黒マントが吹き飛び、椅子から転げ落ちて頭を打ったとみられる女性は頭を摩りながら起き上がってくる。周囲は埃が盛大に舞ったせいで息苦しい。


「ゲホッ。いや、客が来ているのに寝てる番頭がいたから。ついね。」


「ん~? 客? 玄関に閉店の看板出してあるはずなのに。飛んだ?」


「いや、俺に聞かれても。そういえば文字の潰れた架け板はあったかな。」


「そっか。ずっとそのままにしてたからなぁ。で、何か用?」


 明らかに面倒臭そうにクマの馴染んだジト目で問いただす店員らしき人物は、金緑石のように輝く瞳を向けると欠伸と共にすぐさま目を瞑る。この女性だが、この街では珍しい黒髪の持ち主だ。だが、彼女がその艶やかな黒髪を掻く度に白く輝く粉が舞うのが見える。


「いや、買い物以外に何があるんだ。ってか汚いな。ちゃんと風呂入っているの?」


「あぁ、買い物ね。何が欲しいの? あと、あたし、風呂入らないから。」


「いや、入れ! 接客の前に入れ! 否、今すぐ入れ!」


「えぇ~。メンド~。」


「トーヤ、良いからここは止めておこう。」


「まぁ、待つんだ、アリス。ここでこいつを見離したら誰がこいつを風呂に入れるんだ? 誰もいないだろ。」


「えっと、だからって何で私たちが...?」


「いや、日本人としてこいつを見逃してはいけない気がするんだ。さぁ、来い!」


「ちょっと、キミ~。あたしも一応、女な訳なんだよね。そんな堂々と男が女を風呂に連れ込むっていうのはどうかなと思うわけだよ。」


「ほう? そうやって入らないつもりかね。そうは問屋が卸さないぞ。」


「もう、トーヤ、いい加減にして。私と一緒に入ろ。え~と、お名前は?」


「あたいはフランベルさ。仲間から怠惰とか呼ばれてる。まぁ、しょうがないね。このままじゃ、彼氏さんに余計なことをドンドンやられそうだからよろしく頼むよ。」


「アハハハ。私はアリスネル、彼はトーヤよ。一応訂正しておくとまだ彼氏じゃないよ。」


 フランベルは、歩くのも億劫そうに風呂場にアリスネルを誘導していく。トーヤは当然であるかのように埃のかぶった商品棚を整理していく。


(やっぱりおかしい。長いこと閉店にしているような口ぶりだったこともそうだけど。僕らが歩いてきたところと彼女のいたところ以外ほとんど埃が堆積したままだ。それも一年とかいう規模のものじゃない。彼女は数年もしくは十数年動いていない? いや、さすがにあり得ないか。)


 商品棚には厚さ5cmはあろうかという埃が堆積しているが、物はいずれも中々な細工の細やかさで見るものの目を惹くに値するものであった。いろいろと気になることはあるが、掃除を優先していく。なぜなら、せっかく風呂に入っても出てきた瞬間埃まみれに逆戻りだからだ。当夜としては風呂をあれだけ勧めた人間がそこに配慮していないのも可笑しな話となるからである。足跡を頼りに風呂場までの道をきれいにする。併せて、他の部屋も見て回るが、やはり異様な屋内を見ることとなる。当然のように積み重なった埃もそうであるが、衣食住の生活感が一切認められないのである。まるでフランベルがこの家に着くなり、商品棚に飾りの商品を乗せるとそのまま当夜達と最初に出会った時ように店番に就いて一切動かずに月日を過ごしたのでは無いかと思えるほどだ。

 だが、何より気になったのは彼女の美しい黄緑色に輝く瞳の瞳孔がキャッツアイ効果のごとく鋭く光り、それは決してのんびりした彼女の雰囲気の見せるものではないということだ。当夜の背中には決して敵わない脅威を察したかのごとく冷たいものが流れたほどであった。


「トーヤ!助けて!」


「どうした、アリス!」

(なっ! しまった。甘く見てたか。)


「フランベルさんが風呂に入りながら寝ちゃって溺れそう! 早く来て! あ、布も忘れないで!」


「えぇ...。そっちかよ。」


 綺麗そうな布が見当たらないので自身の服を一枚脱ぐと風呂場に突入する。入ると、フランベルが水風呂に仰向けで浮かんでいるようだが、アリスネルがフランベルの体を隠すように覆っている。


「トーヤは目を瞑って来て。絶対見ちゃ駄目だよ。」


「そんな無茶な。水場が目に入るまで進んだら目を閉じる。そこから指示してくれ。」


「なら、早く! 変な体勢できつい...。

 あ、すぐ右、左足がある。そう、それ。その先に右足。はい、持って。そのまま後ろに下がって。うぅんっと。」


「そろそろ目を開けて良いか?」


「あ、うん。大丈夫。」


 繁茂する苔の上に寝かせる。この苔も決してオブジェなどでは無い。長年のカビと苔植物との戦いの歴史である。そこに横たわる半裸の女性、布に隠された胸は当夜の石とは別に視線をミスディレクションさせる。そんな様子にアリスネルは自身の胸元を見つめて溜息をもらす。


「はぁ~あ。フランベルさん、起きてください。でないと獣のトーヤに食べられちゃいますよ。」


「んん? いや~、気持ちよくてつい寝ちゃったか。悪かったね。そういや、何か買いに来たんだっけ? 何か希望があるのかな。」


「そうですね。マジックキャンセラーのキャンセラーとかですかね。なんてね。」


「ふ~ん、ペルンの奴、完成させたのか。良いよ。でも、制作に5日ほど時間を頂戴。作り始めるのに4日くらい準備が必要だから。」


(で、できるんかい? 物も見てないのに? てか、普通に売ってるものってこと?)

「へぇ、準備ですか。手伝えることなら手伝いますよ。」


「いいよ。やる気を出すまで寝るだけだし。あ、でも、このままじゃ錬成釜が使えないや。勝手に入ってきていいから掃除しといて。じゃ、お休み~。」


(って寝るんかい! 今からかよ。)


「あぁ、フランベルさん。まだ寝ないで。服だけでも着て! ほら、トーヤは出ていってて。」


「へ~い。」


「しょうがないな。ホイ!」


 そこには先ほど同様の服を着るフランベルの姿があった。当夜とアリスネルは呆れながら彼女をきれいに掃除した部屋に寝かせておいた。ちなみに、当夜の清掃方法はアイテムボックスに埃を吸わせるものであった。まさに1軒分の埃が当夜のアイテムボックスに収まったのである。汚物処理に続いて新たなアイテムボックスの使い方が発見されたのだった。

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