甘い朝食
翌朝、当夜はライラと話し合った結果、昨夜の件があるために今のアリスネルを街の外に引き出すことはトラウマを思い出させる恐れがあるとして、探索に出かけることを取りやめることにしていた。そんな二人は一向に起きてこないアリスネルを心配し、顔を見合わせて頷くとライラを先頭に彼女の部屋に向かうのだった。
「アリス。おはよう。起きているかしら。入るわよ。」
「...。」
「ラ、ライラさん? アリスの返事がありませんよ。」
「開けるわよ!」
ライラが中に押し入ると、髪の乱れたアリスネルが枕を抱き寄せてニヘラ顔で涎を枕に垂らしながら爆睡していた。ライラは踵を返すとドアを全身で塞ぐように覆い、当夜に中の惨状を見せないようにすると最も見せてならない相手に命令を下す。
「ト~ヤ君、回れ右。そのまま階段を降りなさい。」
「はい? 何を言っているんですか。いや、そんなことよりアリスは?」
「い、い、か、ら。さっさと降りなさい!」
「は、はい!」
「フニャ?」
遠くで可愛らしい生き物の鳴き声が聞こえた気がしたが、当夜はライラに急かされる形で追い出されて事の真相を知ることができなかった。だが、当夜が二人を待っている間に幾度となく走り回る音と水の音が駆け巡る様からただ事でないことだけが伝わってきた。結局、15分とかからずにいつものアリスネルが顔を出した。当夜が安心して声をかけると彼女は肩をビクッと震わせながら愛想笑いを振りまいていた。
「おはよう、アリス。まだ本調子じゃないんだから無理しない方が良いよ。」
「う、うん、ありがとう。本当に大丈夫だよ。それより...。」
(ライラさんは、ああは言ってたけど私の寝起き見られて無いよね。まさか、こんなに爆睡するなんて今まで一度も無かったのに。)
(うぁ!動揺させた上に気を使わせてどうする。あんな無理して作ったように笑っているなんて健気すぎる。よし、今日はアリスにいろいろ贅沢をさせてよう。なんたって昨日は金貨1枚以上を稼いだんだ。見栄を張ってみせようじゃないか。)
「なぁ、アリス。今日の探索なんだが中止にしよう。昨日の今日だ、ちょっと休みを入れた方がいい。」
「え? ほ、本当に私は大丈夫だよ! トーヤと一緒ならどこにでも行けるよ。」
「わかったよ。だけど探索は無しだ。今日はちょっとクラレスの観光に出ようと思う。これからアリスも買い物とかしていくことになるだろうし。う~ん、そう考えるとライラさんもいた方が良いのかな?」
「私は遠慮するわ。この家の管理で忙しいもの。二人だけで行った方が現実をいろいろ学べていいわよ。トーヤ君、必ず二人だけでよ。良い!?」
(ライラさん、あなたはそんな忙しくないでしょうに。アリスは男どもに襲われたんですよ。それなのに男と二人きりにするなんて何考えてんだ。)
「はあ。わかりました。アリスは良いのか? 僕なんかと二人きりでとか大丈夫か?」
「はいぃ。ふ、二人でですか?」
(ほらね。警戒されたじゃん。どうすんだよ、これ。)
「えっと、よろしくね。トーヤ。」
(えぇっ? 良いの?)
驚愕する当夜を鼻で笑いながらライラは二人をせっつきながら家から追い出す。
「ちょっ、ライラさん!朝ごはんまだなんだけど。」
「今日は作ってないから、外食してきなさい。」
「さっき、作ってい!」
「ほら、黙ってなさい。せっかくあの娘が元気にふるまっているのだから本当の意味で元気になるように楽しませてきなさい。良いわね。
ハイ! 二人ともあんまり遅くなっちゃ駄目だからね。いってらっしゃい。」
当夜の足を思いっきり踏みながら、真面目な顔をしたライラが当夜の耳下で囁きながら喝を入れる。その後はいつもの元気あふれるライラであった。
「もう。強引だなぁ。」
「でも、それがライラさんの良いところですよ。」
「じゃあ、早速、朝ごはんから探すとしますか。行こう、アリス。」
「はい!」
中央通りの朝市に顔を出す。もはやだいぶ遅いせいか品物は少なめだ。何か軽食のとれる場所を探しながら場内を歩きまわる。
「凄い人と店の数ですね。何だか賑やかで楽しい場所ですね。」
「そうだろ。アリスのいた街はこんなところは無かったの?」
「はい。森人たちは基本的に人数が多くないですし、売るというよりは分け合う感じですね。トーヤは驚きませんでしたか?」
「う~ん。確かに驚いたね。だけど、アリスのような驚きじゃなかったかな。おっ、あそこはどうかな?」
「え? あ、美味しそうですね。」
当夜が見つけたのは朝市とは通りを挟んで反対の一軒のこじゃれたパン屋であった。中に入ると、白髪交じりの男性が黙々とパンを並べていたが、当夜達をみると優しげな声で注文を取ってきた。
「やぁ、おはよう、お二人さん。朝からデートかな。羨ましいね。注文はどうする?」
「デ、デート!? あの、私たち、そう...」
「まぁ、そんなところです。アリスは何か苦手なものある?」
「え、えぇっ!? えっと特に苦手なものは無いです...。」
(デ、デート? トーヤが今、デートって認めた。そっか、今私たちはデート中なのね。)
「じゃあ、店長のお勧めでお願いします。デートですからね。雰囲気に合うものでお願いしますよ。」
「おう。任せておきな。」
当夜の悪ノリに歩調を合わせる店主、そんな二人に持ちあげられて真っ赤になって慌てふためくアリスネルの頭からはさながら湯気が立ち上っているかのようであった。
「ごめんね。調子に乗り過ぎたかな。まぁ、店主お勧めのうまいものが出るはずだから許してね。」
「は、はい。」
(ふぇ~。展開に頭が追いつかないよ。何か今日の当夜は大人っぽいし。私の方がリードしなきゃって考えていたのに。うぅ、世界樹、何かいい案を授けて。)
程無く、戻ってきた店主の両手には薄ら焦げ目のついたロールパンとトマトのような野菜の輪切りの鮮やかなサラダ、ソース状のチーズ、パンプキンスープのようなカップスープがまとめられた木の盆皿が乗せられていた。
「へぇ。シンプルですが美味しそうですね。」
「まぁな。あとでデザートを持ってくるから期待してな。」
「じゃあ、食べようか。」
「はい。」
「「精霊に感謝を。」」
食事をしながら当夜の世界の話に話題は移ると、アリスネルは本当のことと取らずに茶化してくる。そこでムキになってより細かな説明を加える当夜であったが、暖簾に腕押しとはこのことだろう、まるで本気にしてもらえない。
「アハハッ。トーヤは冒険者じゃなくて小説家にでもなった方が良いよ。そしたら私が最初の読者になっていろいろ批評してあげる。」
「いや、そこは手伝ってくれよ。」
「はいよ。お楽しみのところ悪いが、デザートの果物のシロップ和えだ。」
「あれ、おじさん。これ、一皿しかないよ。」
(まさか、このオヤジ。)
「ハハハッ。兄ちゃん頑張んな。良い作戦だろ。」
店主の粋な計らい?によって中央に置かれた皿の上にはシロップによってより輝きを増した色とりどりの果物のカットが乗っていた。これは中々に難易度を上げてくれたものである。
「あっ! 二人で一皿を分ければ良いんだね。トーヤお皿を貸して。私が取ってあげるよ。」
「いやいや。アリス。君にこのデザートの正しい食べ方を教えよう。」
「え?」
(おかしいな。世界樹で見てきた知識ではこの方法で良いはずなのだけど。)
「アリスはどれをまず最初に食べてみたい?」
「う~ん。この紅い実かな。それがどうしたの?」
サクッ
当夜はおもむろにその指定された実にフォークを刺す。
「あ~。それ食べたかったのに。」
「じゃあ、口開けて。」
「はへっ?」
「ほらっ、あ~ん。」
「!!!」
パクリ
そんな擬音が聞こえて来そうな応酬を繰り返してこのデザートを乗り越えた二人であった。帰り際に店主に囁かれた‘まさか、そんなことを思いつくとはな。俺としては二人で仲良く同じ皿から取り合うくらいしか考えて無かったんだが。これから若いカップルが来たら流行らそう。良い参考になったよ。’という言葉に当夜は絶句することになるのだった。




