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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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行方不明の少女

 少女は南西街から門を抜けて平原を歩いていた。

 通りすがる行商の一団から挨拶を受けても見向きもしない。何か考え事をしているのか、ただ下を向いて一心に街道を進んでいく。

 ふと森を見つけては一人でその中に進んでいく。迷いの森を除いてほとんどの森は獣のみが住むだけであるが、ごくまれに魔獣が潜んでいることがある。とはいえ、年端もいかない少女には獣とて十分な脅威である。クラレスの街でも貧困に窮する北東街の女性たちは連れだって森に採取に出かけるのだが、毎年小さな子供や老人が十数名犠牲になっている。なぜ、子供や老人まで連れていくのか疑問であるが、その理由は簡単である。一つは単純に労働力の確保であるが、もう一つは魔獣が現れた時の生贄である。自身の子供が襲われても母親は子供を守ろうとすることは無い。なぜなら、育てる子どもは一人では無いし、自身が死ねば残された子供たちを養うものはいないのだ。そこには互助の精神は無く、ただ単にお互いがお互いを利用する近所づきあいである。

 話がそれたが、そんな危険な森に一人で入っていく少女の絵は見るものがいれば自殺志願者に映ったことだろう。しかし、彼女に関しては杞憂に終わる。彼女は『世界樹の目』として恵まれたマナと深い知識によって魔法を数多に扱うことができるのだ。これを見れば王宮魔術師とて羨望の目を向けざるを得ない。そんな彼女の力の一端が八つ当たりとして放たれる。


「フレイムランス!」


 放たれた火の槍はブラッドウルフを貫くと焼き尽くす。そう、かつて幼少時のザイアスが苦戦を強いられた、かの魔獣であるが彼女は瞬殺したのである。突如として燃え上がる仲間の姿に驚きながらも犯人である少女を認めて飛びかかる二頭のブラッドウルフであったが、地面から突き上げる大地の槍に貫かれて動かなくなる。魔法が消えて地面に叩きつけられながらマナを霧散させてブラッドウルフの肉体は急速にしぼんでいく。だが、ただ消失するでもなく、牙や毛皮などのマナの密度の高い素材がそこには残る。魔獣や魔人は死ぬとき魔核とそのほかにその種族に特有の貴重な素材を残す。今回残った素材も売れば相当な金額になるが彼女の関心は一切ない。そのまま、森の奥に消えていった。


 その日、クラレス周辺で15にも達する魔獣が狩られたが、その報告も素材も上がらなかった。そこから数日後に幸運な冒険者たちがいくつか拾って懐を温めることになる。


 9鐘が鳴った時だった。少女はふと気づいた。


(ずいぶん長い時間篭もっちゃったかな。そろそろライラさんも心配しているかもしれないし、帰ろうかな。トーヤも心配しているかな?)

「はぁ、虚しい...。」


 だいぶうす暗くなった森を出て家路に向かう。森を出たところでアリスネルの気配察知が警鐘を鳴らす。周りを見渡すと小さな悲鳴が聞こえた。その方向を見るとエルフの少女が6名の男たちに囲まれていた。アリスネルは風の魔法を身にまとい少女とは思えぬ素早さで集団との距離を詰めると一人を蹴り飛ばす。エルフの少女は、アリスネルよりやや大人びいた雰囲気をもっていたが、あまりの恐怖に泣きながら震える様は年齢以上に幼く見えた。助けの登場に一瞬明るさを取り戻したかに見えたが、アリスネルの姿を認めると再び顔色を青ざめる。


「貴方たち、何をしているのです!」


「駄目です!あなただけでも早く逃げてください!」


「えぇ? 大丈夫、幼くても魔法には自信があるんだから。」


「だからこそです!」


「ぃってーな。何しやがる。おっ、こりゃついているぜ。さらに上玉が来やがった。おい、おめえら、こいつも捕まえろ。傷つけるなよ。」


「フフッ。私を捕まえるですって? あなたたち、人身売買なんて正気なの? それにかつての人族と深き森人との間で結ばれた契約だって生きているのよ。深き森人の身売りなんてしようものならどうなるか、わかったうえで言っているのならこの場で殺されても構わないわよね?」


「当然だろうが。おい! いいか、こっちの若いのは犯すな。こいつは貴族様に献上する。あの方々は若い奴ほど、気の強い奴ほど好まれるからな。もう一人は楽しんでも構わねぇ。」


「「「おうよ!」」」

「ひっ!嫌ぁ!」


「あっそ。では、さようなら。ウインドストーム!

 えっ!? 発動しない? どうして?」


「さっすが、帝国製のマジックキャンセラー?とやらは効くなぁ。ほら、さっきまでの威勢どうした? 特に生意気なおめぇはペルン様に売ってやろう。あの方は苦しめて苦しめて‘殺してくれ’と哀願するまで楽しんでくれるだろうさ。」


「くっ、こ、来ないで!」

「い、嫌ぁ...」


 じわじわとにじり寄る男たちと徐々に後退しながら囲まれ始める二人の少女たち。彼女たちは街道からはだいぶ離れてしまい、暗闇が迫るこの時間に助けは期待できそうにないことに絶望していた。男たちはもうじき手に入る快楽と金づるに舌なめずるをするのだった。だが、男たちの目算は大きく崩れることとなる。


ドゴッ!


 音頭を取っていた男とその隣の男が鈍い音と同時に吹き飛んでいく。彼らを吹き飛ばしたのは巨木の塊、それを投げつけたかのような格好で立つのは自分たちをはるかに上回る大男だった。

 残された人さらいたちは慌てて二人に薬を嗅がせて気を失わせると抱え込むように逃げ出す。二人を抱えていればむやみにあの攻撃は出来ないはずだと気転を効かせたところまでは良かった。いや、彼女に手を出そうとした時点で彼らは終わっていたのかもしれない。不意にアリスネルを抱えていた男が悲鳴を上げて倒れこむ。両手足に深い裂傷を抱えてのたうち回っている。もう一人のエルフを抱えた男が周りを見回すと、他の二人が大男に殴り飛ばされる姿と目前に迫る黒髪の少年の姿であった。エルフを少年に向かって投げつけると二人を串刺しにしようと剣を突くがそこに二人の姿は無い。途端に両腕と両足に痛みが走り、剣を突き出したはずの手が腕から滑り落ちて血が噴き出す。そのまま、体が崩れ落ちる。少年はエルフの少女を抱えながらアリスネルに近づくと安堵する。


「ギリギリ間に合ったんだよな?」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時間は8鐘の鳴る少し前のことだ。

 家に戻った当夜はライラから問い詰められる。


「トーヤ君! あなた、アリスに会わなかった? あの娘、散歩に出たっきり帰ってきて無いの! 何だか思いつめた顔してから散歩を勧めたんだけど6つも鐘が鳴ったのに帰ってこないの。私、心配で。ギルドに依頼出した方が良いよね?」


「それは遅すぎますね。ライラさんはギルドに捜索依頼を。ワゾルさんは僕と探しに行ってもらえますか?」


「構わん。で、ライラ? アリスネルはどこに行くと言っていた?」


「んー、森、確か森に行くって言っていたわ。トーヤ君から離れて考えたいって言ってたわ。」


「何か複雑な気分ですね。とすれば僕の行っていた南東は望み薄ですね。だとすれば迷いの森か南西の草原に点在する森だな。」


「迷いの森はギルドに任せろ。俺たちで南西の森に出る。ライラ、頼むぞ。」


「わかったわ。そちらも気を付けてね。」


 そんなわけで二手に分かれて南西街を駆ける当夜にワゾルは告げる。


「トーヤ、南西の草原は陽が暮れると、盗賊や人攫いが跋扈する。急ぐぞ。」


「了解!」


 街道に出ると当夜はできる限りの空間認識と地図を駆使して複数の人の気配を見つけた。程無くして、少女たちの悲鳴が聞こえた。そこからはワゾルの脅威の巨木投擲と当夜の気配絶ちによる奇襲が成功する。


(人攫いの一人がエルフを目隠しに剣を突きつけてきたときはビビったけど【遅延する世界】の中だとまるで意味ない奇襲だったな。それより二人とも怪我無いよな?)


 そして、あの状況に繋がるわけだ。


 当夜達は二人を抱えて家に戻ると、ライラに預けてギルドに依頼撤回の旨を伝える。戻ると丁度アリスネルが意識を戻したのだった。


「ここは?」


「もう大丈夫よ。二人が助けてくれたから。本当に心配したんだから。もう二度とこんなことしちゃ駄目よ。」


「はい、ライラさん。ごめん、なさい。...ッ! うわぁああ! 怖かったよ!」


「本当に無事でよかった。アリス、ごめんね。僕が気が利かないせいで怒らせちゃったのが原因なんだよね。本当にごめん!」


「ッグ、ち、違うの。違うの! わ、私の自滅なの。だから気にしないで。」


 しばらくアリスネルが落ち着きを取り戻すまで当夜は無言で抱き合う二人を見つめ続けた。そして、落ち着きを取り戻したアリスネルに一つの提案を持ちかける。


「ねぇ、アリス。明日からの仕事は二人で一緒にやっていきたいんだけどどうかな?」


「えっ? 私も一緒? 二人でってこと?」


「そう。アリスの魔法の腕なら安心だし、頼りにしてもいいかな?」


「...うん、もちろん!」


 そこにはいつも以上に可愛く見える少女の素直な笑顔が輝いていた。

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