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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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仕組まれたデート

 ウォレスを見送ってから家に戻ると、アリスネルが不機嫌そうに当夜を迎えた。


「トーヤ、お客さん来てるよ。」


「誰が来ているんだい?」


「さーね。会えばわかるんじゃない。」


 それだけ言うとさっさとライラのもとに戻っていく。アリスネルはもともと持っていた知識も相まってライラも驚くほどに家事の技能を向上させていた。そんな彼女は当夜が朝方出ていくときは昨日の追いかけっこの甲斐あってかご機嫌であったのにわずか1鐘分も過ぎていないのに今の対応である。


(女心ってわっかんねーな。

 それにしても、アリスをここまで不機嫌にさせる人って誰だろう。僕だったらヒステリックなおっさんとか嫌だな。そういや、あの将軍とかいう奴もイラッとさせてくれたな。おっと、将軍で思い出したけどフィルネールさんにまだあの時のお礼してなかったなぁ。何か考えないと。そういえばルースがまだ残ってたかな。友人(あの子)らには別の機会にあげるとして、今回はこの世界でお世話になった人たちにお礼として渡すことにしよう。)


 当夜は、本来ならば友人にプレゼントする予定だった残り5つのルースを思い浮かべる。


(確かエメラルドにサファイア、トパーズ、ルビー、ダイヤモンドだったかな。彼女にあげるなら何が良いかな。確か物凄く貴重な宝剣が壊れたって話だったから一番高いダイヤがいいかな。)


 当夜はそんなことを見積もりながら広間に向かうのだった。ドアをノックして部屋に入るとそこにはテリスールがソファに腰かけながら紅茶を飲んでいた。


「こんにちは。テリスさんじゃないですか。どうされたんですか?」


「もう!‘どうされたんですか?’じゃないですよ。ここのところギルドにまったく顔を見せなくなったから何かあったのではないかと皆で心配していたのですよ。

 何か言い訳することはありますか?」

(先輩方の助言とはいえ、なんだかトーヤさんを騙しているみたいで気が引けるなぁ。確かに心配はすごいしていたけどね。普通に考えたら、ひと月ギルドに顔出さない人だって結構いるもの。)


(これは言い訳する方が失策に繋がるな。素直に謝って話を別方向に持っていくのが吉だ。)

「本当にごめんなさい。実は自主訓練にいそしんでいまして。心配かけたお詫びと言っては何ですが何か奢りますよ。今からでも良いですか。」


「ふぇ?そ、それって。」

(デートになるんじゃ。いえ、トーヤさんのことだからギルド員全員分とかいって差し入れしそうだし。)

「で、でも、ギルドの受付全員に奢るなんて無茶だと思うけど。」


「そうなんですよね。そもそもスタッフが何名いるかもわからないですし、ここは一番身近なテリスさんを抱き込んで皆さんを説得してもらうとしますかね。」


「そ、そこまで言うなら許してあげようかな。あと、私のことは呼び捨てにすること。私もそうさせてもらいますから。良いですね、トーヤ。」


「わかりましたよ、テリス。」


 お互い恥ずかしさから顔を赤らめる二人であったが、ドアの後ろでは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるアリスネルとニヤニヤと女性が浮かべるには少し慎みが足りない笑みを浮かべるライラの姿があった。


「じゃあ、早速出かけましょうか? それともお時間ありませんか。」


「ううん。そんなことないですよ。今日は一日お休みいただいてますから。」

(先輩、本当に助言通りになっちゃいました。ありがとうございます。)


「う~ん。とはいえど、僕もこちらの街はそれほど詳しくないんですよね。もっと情報仕入れておくべきだったなぁ。」


「そ、それなら、私、結構この街のお店に詳しいので案内しますよ。」

(ひゃ~。これも先輩の予想通り。いっぱい予習してきて良かったぁ。)


「何だか立場が逆転しちゃいましたね。じゃあ、お願いしようかな。でも、いつもお世話になっているお返しもしたいので欲しいものがあったら声かけてくださいね。」


「わかってますって。じゃあ、行きましょう!」


 二人そろって玄関を出ようとして、当夜は用向きをライラに伝えるため振り返った。そこには般若のごとき顔に番犬の唸り声とでも表現すべきアリスネルを従えたどこか怖い雰囲気漂う不自然な笑みを浮かべたライラがいた。


「今日は晩御飯は要りません。ちょっとテリスと買い物に出かけてきます。なぁ、アリス。そんな怖い顔しているとせっかくの可愛い顔が台無しだぞ。それじゃ、ライラさん、アリスをよろしくお願いします。」


「はいはい。あんまり不純なことしちゃ駄目よ。特にテリスールさんはお姉さんなんだから。」


「しません!」

「う゛ぅ~。」


 顔を真っ赤にして大声で否定するテリスールであったが、当夜がアリスネルを褒めたあたりでさりげなく当夜の右腕に自身の左手を絡めていることに気づているのだろうか。ライラは一抹の不安を覚えながら二人を見送ったのだった。


「アリス、このままだと本当に当夜君をとられちゃうわよ。良いの?」


「知らない!」


(はぁ。これは今日の花嫁修業は身が入らないわね。一歩進んで二歩後退か。どうしたものかしらね。)


 ドタドタと足音を立てて離れていくアリスネルを見て溜息を吐きながら追いかけるライラであった。



 一方の当夜とテリスールは中央通りの商店街にいた。まず、二人が立ち寄ったのは洋服屋さん。中に入ると、この世界ならではの異様な服が並べられている。この世界の人の普段着は中々奇抜で、どこかのコスプレ会場かと見間違えるくらい装飾が多い。そこには精霊信仰が大きな影響を与えている。実はひらひらしている飾りそのものが触媒のような意味合いを持ち、魔法の行使に役立っているのだ。日常生活にも魔法が溶け込んでいるこの世界ならではである。隣で寄り添うように肩を付けるテリスールもウグイス色の上着に緑色やピンク色の帯を縫い付け、金属性の装飾を重ねている。当夜はライトが残した衣服をライラに袖丈直ししてもらい着ているが、ライトの日本人的感覚の取り入れられた服でもかなり違和感を感じている。そういった意味ではこのような服を着こなすこの世界の住民には感心せざるを得ないのである。

 こちらの世界の女性も自身の買い物は長いものである。実際にはそんなに買う気が無くとも気になる異性にはついつい意見を求めてしまう。そんなわけで、現在、当夜はテリスールの試着に付き合いながら気の利いた感想を考えることに必死になっていた。一つ難題をクリアしたと思ったらまた次である。今度はどうやらカーキー色のパンツに薄らとピンク色の染まるインナー、その上に淡い菫色のフリル服とでも形容すべき出で立ちであった。


「これどうかな? ちょっと地味かな?」


「そんなこと無いよ。蒼い髪に映えるし、テリスの清純なイメージにピッタリじゃないかな。」


 そんなやり取りが3度の鐘が鳴り終わるまで続いた。

 当夜はこちらの世界にきてこれほど頭を回転させたことはなかったであろう。脳内で消費されるブドウ糖が体中からかき集められたせいか、お腹がキューと鳴ったことでテリスールに笑われながら軽食へと誘われたのであった。ちなみにこの世界には昼食の概念は薄い。どちらかというと3時のおやつ的な感覚の方が強いようで、7鐘の軽食と表現されるくらいだ。


「ごめんね。結構待たせちゃったね。食いしん坊のトーヤのために良いお店紹介しちゃうから許してね。」


「ちょいちょい。僕はそんなキャラじゃ無いですから。でも、良いんですか? 僕が支払うつもりでいたんですけど。」


 ちなみにこれだけ長きにわたって意見を求められたにもかかわらず、テリスールが購入したのは上述に挙げた服だけだった。


「もちろん。だって、トーヤにはうんと高いものを買ってもらうんだから。」


「お手柔らかにお願いします。」


「えへへ。それはこれからのトーヤ次第かな。私を上手にエスコートしてくれたらその分だけおまけしてあげてもいいかな。頑張れ、男の子!」


「は~い。」


「元気が無いよ!」


「はい!お任せを、お嬢様!」


「えぇ!?」


 そんなやり取りをしながらたどり着いたのはお菓子屋さんであった。テラスの二人席に腰かけ、紅茶とパンケーキをそれぞれ注文して待ちながら話し込む。

 話題は当夜の見かけに及ぶ。


「あはは。それはそうと、トーヤって見た目以上に考えが老け込んでいるよね。」


「そこは大人びているだろ。まぁ、本当のことを言えば、もう28歳だからね。」


「そうだね。精神年齢はそれくらいいっているよね。28歳なら私より年上だね。それなら付き合ってても全然違和感ないよね。あ~あ、トーヤがあと十年早く生まれて居たらなぁ。」


「って全然信じてないじゃん。まぁ、もう慣れたけどね。僕としては、テリスに魔人の血が流れているってことの方が信じられないよ。まるで普通の人と変わらないじゃん。」


 当夜は、一応、周囲を気にしながら小声で疑問を口にする。テリスールはそんな当夜に合わせるように顔を近づけながら答える。


「そうだね。そこは幸運だったかな。そもそも、魔人は人型で共通しているらしいけどね。でも、今は見せれないけど確かに私の体の一部には消せないその証があるし、力だってある。そうだね~、愛する人がどうしても見たいって言ってくれたら見せてあげなくもないけどね。なんてね。でも、見せたくないって言うのが本音。だって、そんなことで嫌われたくないもの。」


「大丈夫だよ。テリスならそんなこと気にしない男性に出会えるよ。だって、周りを見てみなよ。君を大事に思っている人たちがたくさんいるんだもん。」


「そうだね。」

(トーヤもその一人と数えてもいいのって聞きたいけど怖くて聞けないよ。)


 少しばかり重たい話となり、空気が沈みそうになったところで食事が届き、食べ物の話に切り替えることでどうにか乗り切った当夜であった。


 そして、最後の難関であるプレゼントタイムがやってきた。だが、大きく心の中で構える当夜の不安を一蹴するかのようにテリスールが選んだのは安価な解毒効果のある銀製の指輪であった。


「えっと。これで良いの? もっと効果のよさそうな腕輪とか護符とかあるみたいだけど。」


「ううん、今はこれで良い。これが良いの。駄目かな?」


「そりゃ、テリスが良いって言うなら構わないけど。じゃあ、おじさん、これをください。」


「あいよ。1000シース、小銀貨1枚だな。おう、ありがとうな。」


 店主から指輪を受け取るとテリスールがおもむろに左手を差し出す。当夜は彼女の手を取ると中指にそっと入れる。本人が選んだだけにすんなりとはまった指輪を長いこと見つめるテリスールは夕日を浴びて輝いて見えた。


「ありがとう、当夜。一生の宝ものにするね。」


「こちらこそ、大したものじゃないけどこれからもよろしく。」

(なんだかこれ、婚約みたいになっているけど大丈夫なのか。指輪もそんなに高いものじゃないし、気にしすぎだかな。ちょっと僕も雰囲気に酔っちゃったみたいかな。)


 それから、二人は別れてそれぞれに帰路についた。

 足取り軽やかなテリスールを見送ると、当夜は後ろの路地に走り込む。


「あなた方は昼から僕らを見張っていましたね。何者です、か?」


 当夜に背を向けていた二人組の一人が振り返るとギルドのヘーゼルがばつが悪そうに苦笑いしながらこちらの様子を伺うのだった。

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