表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
61/325

能力に頼らない狩り

 翌朝は、雨であった。

 ワゾルと狩りや採集に行く予定であったが、この雨である。果たして、決行されるのであろうか。当夜は念のためアイテムボックスの在庫整理を行う。

 それにしても、すでに1鐘が鳴り終わったにも関わらず、ライラの声が聞けていない。鐘の音から30分が過ぎた頃だろうか、ライラの慌てた声が家の中に響いた。

 入ってきたライラは全身を獣の皮でできたマントのような合羽を羽織り、それを脱ぎ置くと濡れた体を布でふいていた。


「おはよう! トーヤ君、ごめんなさい。ちょっと、夫と喧嘩して。この雨なのにトーヤ君を森に連れ出そうとするものだから。まったく、風邪でもひかせたらどうするつもりなのかしら。」


「おはようございます。でも、ワゾルさんの意見も聞いてみないと。何か意図があるかもしれませんし。」


 当夜が乾いた布をライラに手渡す。


「あー。トーヤ君が私に冷たい~。これが反抗期なの?」


 受け取ったライラが濡れた体を拭くよりも先に顔を覆い隠すとさめざめと泣くふりをする。


「そ、そんなつもりはありませんよ。

でも、猟師さんが次の日の天気も考えずに僕を誘うでしょうか。一度、考えを聞いてみたいんです。だって、ライラさんが認めた人ですよ。」


 当夜がワゾルを立てることで夫に選んだライラをさらに持ちあげる。


「うーん。そうね。私もちょっと言い過ぎたかな。っていうことらしいけど、お話し聞かせてくれる?」


 当夜の言葉に顔を上げたライラは笑いをかみ殺して後ろを振り返る。ライラの背後から巨体を傾けながら玄関を覗き込むワゾルが顔を出す。


「すまんな、トーヤ。まずは今日の打ち合わせをしたい。部屋は借りられるか?」


 その謝罪が何に対してかはわかりづらいが、当夜が思い当たる限りではライラがそのいずれにも関与している。


「じゃあ、二階の僕の部屋で。ライラさん、食事の準備をお願いします。」


「あら、そういえばあの子は?」


 すでに台所に向かっていたライラが顔を出す。


「え、えっと、アリスならまだ寝ているみたいですよ。二階の枯れた花を片づけてもらった部屋にいるはずです。」


 ライラに管理人の、というよりもこの世界の住人としてのイロハを叩き込まれたアリスネルは疲れ果てて寝坊しているようだ。


「もう! あの子ったら。トーヤ君もさっさと叩き起こしなさい。甘やかしちゃ駄目なんだから。」


 台所に向いていたライラの進行先が二階に変更される。それにしてもどちらが雇い主かわからないやり取りである。


「いやいや、女の子の寝ているところに突撃する勇気はありませんよ。」


 当夜とて出会いと同じ轍を踏むわけにはいかない。


「はぁ。ほら、あなたもちゃんと体を拭いてから上がって。さぁて、あの子を叩き起こすとしますか。」


 ライラは台所と繋がる大部屋から持ってきた大きな布をワゾルに渡すと、階段を上がってまっすぐアリスネルの寝る部屋に向かっていく。彼女に平和な寝覚めは訪れないだろう。そうして考えると起こしてあげた方が良かったのかもしれない。

 ワゾルの大きな体についた雨水が拭き取られるのを待っていると、アリスネルが蒼い顔をして階段を駆け下りてくる。


「やぁ、アリス、おはよう。そんなに蒼い顔して大丈夫かい?」


 当夜の目の前まで来たアリスネルは肩を小刻みに震わせていたかと思いきや顔を一気に持ちあげる。その顔には様々な感情が渦めいていたが大部分を占めていたのは怒りであろう。


「ト、」


 アリスネルがその感情そのままに当夜に食って掛かろうとしたときだった。強烈な悪寒が二階から漂う。それは彼女にしか伝わっていない。


(トーヤっ、先に起きてたのなら起こしてよ! って今は言うわけにはいかないし...)

「お、おはようございます。トーヤ様!」


 怒りの表情に薄い笑顔を貼り付けてアリスネルの朝のあいさつが当夜に向けられる。

昨日までの彼女は付き人に朝は起こされ、身支度を整えられ、食事の準備をしてもらうというのが日課だった。ところがそれが一変したのだ。ついていけなかったのも仕方ないと甘やかされても良いのではないかという気持ちもあった。ライラは厳しかった。それでも彼女に逆らってはならないというのが本能的にわかる。ここでしっかり教わらなければ後に自身が苦労するというのがアリスネルには理解できていたからだ。ゆえに、本当は当夜に当たりたいのだがそう言うわけにもいかない。


「何その気持ち悪い挨拶。」


 当夜が苦笑する。ここまでに知った彼女の性格を考えれば、口語に呼び捨てのほうがしっくりくる。そもそも当夜は畏まられるような人物ではない。


「だってライラさんが...」


 アリスネルが頬を引き攣らせながら階段を振り返る。上ではライラが目を光らせて見張っている。そもそもライラ自身が全然当夜を敬っていない気もするが。


「わかったからまずは顔を洗ってきなよ。少しは気分が良くなるかもしれないよ?」


 当夜が自身の肩を叩く。訝し気な表情を浮かべてアリスネルが示された当夜の肩を見つめる。もう一度自身の肩を叩いて見せた当夜は続いて彼女の肩を指さす。


「え? うそ、ば、馬鹿~!」


 自身のはだけた肩を確認すると慌ただしく泉部屋に駆け込むアリスネルの顔色は、今度は真っ赤になっていた。


(なんだか朝から賑やかになったもんだ。)


 少女の耳をつんざく高い声に耳を遠ざけるように首を傾ける当夜は僅かに頬を綻ばせる。


「待たせたな。では、案内してくれ。」


 2人のやり取りを見届けたワゾルは体に見合わない小さな声で身支度の整ったことを知らせる。その手にはきれいに折りたたまれた布が置かれている。どうやら見た目に似合わず繊細な人物のようだ。


「はい。こちらへ。」


 階段を上がり、現在は当夜の部屋にしているが、もともとライトの個室であった一室に案内する。正直、ワゾルが入るには小さい部屋であるが、二人だけならば大して問題ないようである。


「そちらのソファで良ければ腰かけてください。」


「気にしないで良い。

 それで今日のことだが、予定通り森に入る。雨の日は、獣に匂いや足音が悟られにくくなって都合が良い。合羽は俺が用意した。5鐘まで森に入り、帰ってから獲物の処理をする。狩れなければ、採集品の下処理や道具の手入れをする。以上だ。」


 当夜の気遣いに片手で断わりを入れると、ワゾルは本日の流れを簡潔に伝える。


「えっと。僕は道具やら装備やらがまだ整ってないんですよ。それでも大丈夫ですかね?」


 前回の【鎧猪】の狩りではザイアスの武具を借りた。注文したものもできていない。まさに丸腰だ。


「問題ない。今日は猟師としての知恵を学べ。狩りは俺がやる。お前は獲物の動きを読んだり、追い立てたりしてくれればいい。あとは採集に力を入れろ。」


「了解です。お世話になります。」

(そういわれても追い立てるとかできるのかなぁ。まぁ、【時空の精霊】の加護のおかげで感知能力は高くなっているみたいけど。)


「それとこいつは護身用に持っておけ。」


 渡されたものは動物の牙を刃にし、柄を木で削り出し獣の皮で巻いた簡素な短剣だった。


「ありがとうございます。」

(ザイアスさんは相当良い装備を貸してくれていたんだな。確かにレゾールさんから買った剣も下級の冒険者の稼ぎでは手を出せないもんな。)


 こうして当夜とワゾルは雨の森に向かったのであった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 森は南門から出て3kmも歩いたところの近場であった。森に入るや否やワゾルは弓を構えて葉が多い茂る木陰に矢を射った。すると、ガサガサと枝葉を散らしながら何かが地面を揺らす音が聞こえた。当夜がワゾルを見上げると、手ぶりで獲物を取ってくるように指示が出ていた。

 近寄ってみるとそこには頭を矢に貫かれた大きな蛇の姿があった。近くに落ちていた棒で体を突いて反応がないことを確認すると矢を持って引き寄せる。全長は5mにも及ぶ真っ黒な蛇がその全景を現した。


「トーヤ。そいつに気づいたか?」


 ワゾルは周囲を警戒しながら小さな声で聞く。


「いえ。雨のせいで空間認識がうまく機能してないみたいでまるでわかりませんでした。」


 正確には機能しているのだが当夜にはその存在が感知できなかった。その言葉にワゾルがニィッと笑う。


「そうだろう。そいつは【シノビヘビ】だ。毒こそないが背後から急に首を絞めつけて獲物をしとめる森の狩人だ。人でさえ獲物に見ている危険な存在だ。森では向こうの方に地の利がある。だからこそ慎重な行動が求められる。まずは、目視による地形からの危険箇所の把握に努めろ。」


 そこからは、大クイズ大会の開催である。ちょっと進んではどこに危険があり、それはどういった物かをひたすら問われるというものだった。空間認識は完璧ではない。動かないものを感知するのが難しい。さらにいうなら気配を押し殺している物は意外と感知できていないことがわかった。予想以上に神経を使うこの狩りは、当夜に加護の限界と能力に頼らない本当の意味での狩りの難しさを教えてくれた。

 森の入り口から1kmほど進んだであろうか、すでにかかった時間はこの森に来るまでにかかった時間と同じくらい過ぎていた。ここまでにワゾルが仕留めたものは【シノビヘビ】2匹、【カクレウサギ】2羽、【モリドリ】と呼ばれる緑の羽根が美しい鳩くらいの鳥の3羽であった。いずれも血抜き後にワゾルに解体されて当夜のアイテムボックスの中である。当夜は、ワゾルの解体技術を目にしてその鮮やかなお手並みに驚嘆するのだったが、ワゾルはそのことを鼻にかけることなく当夜にその手法を惜しげもなく教授するのだった。

 ちなみに、当夜はと言うとキノコ三昧であった。コーヌ茸だけでなく、この日はマイタケに似た【ヌノ茸】、ナメコのように滑りの強い【ヌメリアカ茸】、表面がコウタケのようにささくれている【アグブ茸】といったいずれも食用のキノコと多くの猛毒のキノコを採取した。どうやら、毒キノコでも売れるものがあるそうで素材取引所に持っていくことをワゾルから推奨された。もちろん、そのほかにも蕨とゼンマイを掛け合わせたシダ植物のような草の芽【パピスの芽】や真っ赤で辛そうな芽である【ヨーブの芽】を採取していた。

 

 突然、ワゾルが手を横に広げて当夜の歩みを止める。目を凝らすと水場に大きなシカのような生き物が水場でのどを潤していた。


「【森鹿】か。大物だな。トーヤ。気づかれないように反対側に回り込んでこちらに追い立てろ。迅速にかつ注意深くやれ。」


「了解です。」


 そっとワゾルから離れると【森鹿】に近づこうとする。だが、周囲の危険を確認しながら、【森鹿】に気づかれないように進むということは考えているよりも楽ではなかった。いつ敵に遭遇するかという恐怖に背中を冷たいものが流れ落ちる。おそらく雨による水滴では無く、当夜自身の汗であろう。

 無事に【森鹿】をワゾルと挟むような形で陣取る。遠くに見えるワゾルが手を挙げるのを見て一気に【森鹿】めがけて駆け出す。【森鹿】が慌ててワゾルの方向に駆け出す。当然、ワゾルに直撃するような逃げ方はしなかったが、ワゾルに気づかなかった【森鹿】はその矢に気づくことなく射られる。ワゾルが狙ったのは後ろ足であった。見事に当たった矢は【森鹿】の動きを大きく制限する。そのまま、木の根に足を取られて前かがみに倒れこむ。そこへワゾルは馬乗りに抑え込み首元にナイフを深く挿し込み止めを刺す。

 当夜はその流れるような一連の動作に感動していた。


「初めてにしてはなかなかに良い追い込みだった。血抜きをして捌くから手伝え。」


 こうして、森での狩りを終えた二人は家に戻ると獲物のより細やかな処理を施してギルドに向かうのであった。


「ワゾルさんはご自身で売ったりしないんですか?」


「俺はこの性格だ。販売には不向きだからな。基本は貴族様が別荘に来られた時のおつまみ用に加工して保存だな。毛皮はギルドに買い取ってもらったりしている。」


「肉はどうやって加工するんですか?」


「基本は干し肉だな。あとは燻製だな。」


「なるほど。今回は良いんですか?」


「もうだいぶ貯め込んだからな。ギルドの依頼を見て使えるのがあればそれに出す。無ければ教会に寄付したいが。トーヤはそれでも良いか?」


「えっ? 僕には元から決定権なんてないでしょう。何もしてないし。」


「何を言っている。お前も頑張ったんだ。その権利はあるさ。まあ、そう思っているなら、食材系の依頼が無ければ俺の判断で処理させてもらうとしよう。」


「ぜひそれでお願いします。」


 この日わずかであるが、獣の肉を求めるものがあり、その依頼を当夜の名のもとに報告した。当夜としては申し訳なかったが、ワゾルの厚意をありがたく受け入れることにした。

 そのほかに、当夜は毒キノコが思ったよりも高く買い取られたことに不安を感じて使い道について聞いてみると、専属解体師のアレバは悪い笑みを浮かべて無言のまま素材を奥に運んでいったのだった。もちろん、実際には解毒薬の材料として使われているのであって、アレバが当夜をからかっただけなのだが、当夜はその夜、罪悪感に苛まれて眠れない一夜を過ごすことになる。そして真実を知ったのは眠そうな当夜を心配したテリスールに事情を説明した次の日のことであった。

 ちなみに残った食材は、教会で炊き出しに集まった孤児たちの胃袋にしっかりと収まりましたとさ。

2017/09/04更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ