秘密の共有
(う~ん。困った。さっきから何を聞いても‘ごめんなさい’の一点張りだ。まぁ、確かに気まずいっちゃー、気まずいよな。さぁて、どうする?)
先ほどから話題をいろいろ振っているのだが、まるで一昔前のゲームの村人のように同じ言葉を繰り返す少女。ライラからこちらを知っている客人と聞いているのだが、彼女との接点にまったく思い当たるところが無く、当夜には彼女の人柄やら好みやらの話の種が全く無いのだから困ってしまう。
再度、彼女の姿を観察して情報を得ることにする。肩まで伸びるストレートの金髪、やや幼めながらに整った顔立ち、座る前の背丈は150cmくらいか。これだけならまだ中学生にも満たない少女だな。ふと、違和感に気づく。耳だ、この世界に来て最初に出会ったあの老婆に感じたものと同じなのだ。そこで思い至る。
(ひょっとして、エレールさんがお願いしたっていう管理人さんか? それにしては、ちょっと幼すぎるのではないかい、エレールさん。もしかしたら曾孫さんとか。)
当夜はひどく悩んでいた。そのことは彼の表情を知らぬ間に硬くしていた。
(これから私はどうなるんだろう。‘秘密を口外されたくなければ...’なんて言われてこき使われちゃうのかな。どうしよう...
うわっ! 物凄い顔が怖くなってる。逃げるだけなら逃げ切れるはずっ
でも、それって【世界樹の目】として許されることなの?)
アリスネルは魔法の発動をいつでも成せるようにマナを練り始める。とは言え、落ち度があるのは明らかに彼女であることは自身が十分に理解している。
(待て待て、落ち着け。この世界で年齢を見誤るとセリエールさんの時の二の舞いだ。ここは大きく安全マージンを取って20歳? いや、それはさすがに無いよな。こちらでは15歳で成人だったはず、とすれば16、いや17歳だ。ここは外せないぞ。あ~、向こうだったら年が上がるほど気を使ったけど、こっちは若い子ほど大変だ。)
当夜は髪を掻き毟りたい衝動をどうにか押し殺して声を出す。間違いなく声が震えているはずだ。
「き、君は、エレールさんの紹介してくれた管理人さんかな?」
コクリ。一度首を縦に振る少女。ようやく‘ごめんなさい’以外の反応が出た。一歩前進かと思いきや、彼女の唇は青ざめて顔色はひどく悪く、何かにおびえている。
(やばい。めちゃくちゃ怯えてる。これから魔の年齢確認だっていうのにハードルが上がっている。けど、行くなら今しかない。い、行くぞ!)
当夜の目に決意が宿る。
(ヒッ! 目が据わってる。ついにこの時が来たのね。最悪、魔法を放って逃げ出すしかない。)
アリスネルが体を後方に反らせる。
「じゅ、17歳で良いのかな。」
「えっ?」
当夜とアリスネルの間に微妙な間が生まれる。
(えっ? なに、何? どういうこと? ま、まさか、体が目的!? や、やっぱり最低です!)
(は、外した? やばいっ 怒られるか、それとも、いじけられるのか。)
アリスネルは先ほどまでの想像が悪い方向に誘導する。対する当夜もまた的外れな発想に至る。
「えっと、この世界の女の子の年齢はまるっきり当てられないんだよ。ごめんね。実は20歳、と、か?」
当夜が苦笑いしながら首をかしげる。
「え、えぇ!?」
アリスネルは一瞬だが鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる。
(まったく、何を真剣に悩んでいたのかと思えば。私の年齢を当てるのにそんなに悩んでいたってこと? 何だか、あんなに不安がっていたのが馬鹿みたい。)
「プッ、プフフ。いいえ、16歳です。惜しかったですね。」
アリスネルは破顔一笑する。
「うあっ。惜しい!」
(よかった。笑いが出た。まぁ、これで雰囲気が多少は良くなったか。こうなりゃ、あとは秘密の共有とプレゼント作戦かな。)
「ようやく笑ってくれたね。僕は緑邊当夜、当夜が名前だよ。君の名前は?」
当夜は重責からようやく解放されて胸をなでおろす。やはり表情に出ていたようだ。アリスネルの表情もずいぶんと和らぐ。
「はい。名をアリスネル、アリスネル・セレナレットと申します。」
お辞儀に代わるこの世界の仕種、特に女性が見せるそれは浅い会釈に小さく首をかしげて相手に笑顔を向ける姿だ。
「アリスネル、良い名前だね。
セレナレット? そうか。やっぱりエレールさんの親族か。」
当夜も笑顔で応える。しかしながら、この世界では男性は背筋を伸ばして一歩下がってから腰に手を当てて相手に対峙するというのが礼節である。気の抜けた当夜はばっちりそのことを失念していた。
「まぁ、そうね、っ、ですね。似たようなものです。」
言葉遣いが当夜のフレンドリーな雰囲気に引きずり込まれる。アリスネルはエレールの代役として今はここにいる。これから正式に断るまでは相手がどんなに幼かろうが礼儀を軽んじるわけにはいかない。
(礼儀がなってない。これだからお子様は...あれ、これってエレールお姉さまがライトと出会った時とそっくりかも。)
そう、エレールもまたライトとの初対面のあいさつでは面喰らった。当夜と同様に挨拶を返してもらえなかったのだ。ただし、2人には大きな違いがある。当夜は知識として習熟していなかったのに対して、光は日本の礼節にこだわったのだ。ゆえに光はそのたびに深いお辞儀をもって礼儀を尽くした。対する当夜は相手の見た目と年齢から柔らかい物腰を優先したのだった。相手の精神がそれほどまでに成熟していようとは思いもよらなかったのである。
「ところで、アリスネル。君はここの管理人になってくれるのかな?」
本人は気づいていないのだろうが、アリスネルは表情をしかめたり緩めたりと感情の漏洩が少なくない。表情の緩んだタイミングで当夜が尋ねる。
「―――エレールお姉さまに頼まれはしましたけど、それは...」
(困ったわ。エレールお姉さまが推挙してくださったということはそれなりに問題ない方なのでしょうけど。でも、管理人として拘束されるわけにも...)
アリスネルの役目は決してエレールの遺産管理人でも当夜のお世話係でもない。そう、世界樹に世界の実情を伝えることである。そのためにも一か所に留まるわけにはいかない。ただ、即答で断れないのは弱みを握られているからだ。
「もしもこの家の管理人になってくれるなら御給金に加えて特別なプレゼントがあるんだ。それも今回限りの特別な、ね。そのかわり、僕の秘密を知ってもらって守ってもらうことになるけど。それに、僕はそんなに長くここにいるつもりもないしね。30日くらいしたら実家に帰るつもりなんだ。その後は後任の人との話次第で君に譲っても良いと思うし。」
別にアリスネルを引き止める必要は無いようにも思えるが、彼女はエレールが推薦する人物であり、おそらくは親族だ。それならば彼女にこそこの家の処遇を決める権利があるのではないかと当夜は思う。とは言え、彼女を引き止めるために当夜が切れる札は限られている。何しろ給金はエレールがギルドに預け渡しているようだし、光から与えられた資金も限りがある。
(まぁ、エレールさんからはこの家を大事にしてほしいってお願いされているから僕は大事にするつもりだけど次の人がどうするかなんてわかんないからなぁ。それにエレールさんの後任のこの子、アリスネルさんだったかな、はあまりそういう感じじゃなさそうだし。いらないって言われたら地球に帰る前にはギルドに依頼して継続的にやってくれるような形にしておこう。」
当夜がそのような心配をしているとは露知らないアリスネルは彼の発した言葉の意図を必死に解読している。しばらく無言の間が生まれる。
(30日程度ならこの地での情報収集期間って考えれば問題ないよね。それにこの子の秘密を握ればそれを盾に私の醜態を晒せなくなるわけだし。)
アリスネルの中で方針が定まる。
「へ、へぇ、そうね。秘密と贈り物の中身にも依るけど受けてあげても良いかなって思ってる、ですよ?」
アリスネルが己の言葉遣いの変化に気づいて恥ずかし気に口元を覆う。
「いや~。前向きに検討してくれるようで良かった。とりあえず、僕の秘密だけど、実はこう見えて年齢が28歳なんだよね。戸籍上は15歳にしてもらっているけど。」
相手が完全に受け入れたわけでもないのに交渉の材料をいきなり開示してしまう当夜。公的な場での年齢の詐称は大きな問題である。それを打ち明けたのだ。正直なところアリスネルの痴態など大した問題ではなくなる。
「ちょっと!? 私、まだ受けるなんて言ってないわっ」
(それって大問題じゃない。でも、28歳って言うのはちょっと無理があるような。この子も【深き森人】の血が流れているのかな。ん~、やっぱり流れてなさそう。小人族にしては大きいし。それにどう見ても私より年下に見えるんだけど。ひょっとして、私を騙そうとしている?
でも、嘘は言っているようには見えないし。ああ、ふふ、背伸びしているんだ。私を庇おうとしてくれているのかな。)
嘘は嘘でも優しい嘘。幼いながらの稚拙な嘘でアリスネルの失態を庇おうとしている。そうアリスネルは受け取った。
「あはは、口が滑ったよ。滑らせついでに白状すると、僕は異世界から来た人間なんだ。」
当夜は後頭部を掻く。
「異世界? 何言っているの? 気は確か?」
(あぁもう。やさしい雰囲気だから安心していたのに頭がおかしい子なのかな。これは、使用人に馬鹿にされるわけね。ちょっと考えものかな。
あれ? そういえばこんな話、あの日記に書いてあったような。確かエレールお姉さまの相手も...)
アリスネルはエレールの日記を思い起こすともに彼女の言葉を思い出す。そう当夜をこの世界のお客様だと評したのだ。それはさながら彼女の想い人と同じと言える。
「まぁ、そうなるよね。その証と言っては大げさだけど僕から異世界の品を君にプレゼントするよ。」
当夜が彼女に手渡したものは【美の精霊】に祝福されたピンクサファイアのルース。本来なら【世界樹の目】たるアリスネルに宝石を出すなど愚の骨頂だったといえるだろう。なぜなら、彼女の先代たちが長い年月の中で見てきた至高の一品とも言える宝石の情報が共有されているからである。ただし、これは一般論。当夜の持ってきていたそれは全くの別物であった。そう偶然にして地球の宝石加工における長い歴史がもたらした道具やデザインの洗練さがこの世界のそれを大いに上回っていたのだった。
「えっ、何これ。き、きれい!」
(はっ!? これって【美の精霊】の加護を受けている。この加護の度合いは顕現による直接付与が成されたものだよね。)
「ね、ねぇ、これって精霊が顕現して加護を付与したんじゃない?」
アリスネルはそっとその宝石を当夜に返す。彼女たち【世界樹の目】とて王族のような資金力を持つわけではない。国の宝と言われるような物は見ることはあれど手に入れることは難しい。
「へぇ。わかるんだ。そうなんだよ。まぁ、効果が男性用じゃないからあまり意味ないんだけど、女の子には結構便利だと思うよ。さて、これが僕の出せる条件。それで、この条件は管理人を引き受けるに値するかな?」
前半の秘密はすでに効力を失っていると言って間違いない。むしろ、当夜が不利な脅しを受ける可能性すらある。まさに、秘密をちらつかせて宝石を奪うことだって可能だ。
(なんだか試されているみたい。私だってこの子が気を使ってくれていることにだってわかっているんだから。ここで断ったら私の方が子供みたいじゃない。他の【世界樹の目】も見ている。断ったら世界樹の沽券に関わるわ。この子が悪い人じゃないってことは確かだし。期間だって限られているんだもの。それにもう少しこの舞台を見て居られる。)
今度は受けるための理由を探し始めるアリスネル。
(ううん、違う。追っているだけじゃ駄目なんだ。私自身も動かなくちゃ。この子がどんな役かはわからないけど私の物語の大きな分岐点を作ってくれる気がする。)
「わかった。受けてあげる。でも、そんな凄いものをもらうわけにはいかないわ。」
別にモノにつられたわけではない。ただ、自身にも物語が芽吹いた気がしたのだ。
(小さい頃の従妹を思い出すなぁ。でも、あいつは甘やかしたらずいぶん腹黒くなっちゃったけど。そう言えば向こうの世界は大丈夫かな。行方不明者とかで騒がれているかもしれないなぁ。戻ったらなんて説明しよう。)
地球のことを思い出すたびに思う不安。考えまいとするものの関連する記憶が過ぎる度にどうしても浮かんでしまう。その間にアリスネルが不満げに尋ねる。
「ちょっと、聞いているのかしら?」
「ああ、ごめん、ごめん。それよりもこの宝石だって僕が持っているよりも、君みたいな美しい女性に持っててもらった方が幸せだと思うよ。」
当夜には見た目通りに年下の女の子が背伸びしている姿に映る。そう言う相手は手慣れたものだ。
「え、え!? う、美しいかな、私。
そ、そう。そこまで褒められたら貰っちゃうよ。返せって言われても返さないから。」
(もぅ、ずるいよ。そんなこと言われたら舞い上がっちゃうじゃない。このおませさんめ。)
アリスネルはこの世界の基準でも間違いなく美形に分類される。とは言え、まだかわいらしさを残した美しさだ。そのことは世界樹から得た知識から総合してアリスネル自身が自負している。だが、他人から、異性から直接評価されたのは初めてのことだ。
「もちろん! これで晴れて管理人さんになってもらえるってことだね。」
当夜が満面の笑みでピンクサファイアをアリスネルの手に握らせる。
「えっと、そのことなんだけど。私としては一先ず見習いってことにしてほしいの。給金もこの宝石も辞退するから。」
受け取らされた形のアリスネルは困惑気味に提案する。やはり彼女の立場では契約に縛られるのは好ましくない。
「まぁ、それでも良っか。そうだな。じゃあ、その宝石は誓いの証にしよう。お互いに知ってしまった秘密を守るための。と言うわけで、お互いに秘密は墓まで持って行く。僕が破ったらそれは真に君のもの、君が破ったらそれを僕に返してもらう。どうだろう?」
当夜はアリスネルの提案を呑む。未来の管理人になってもらうためにもエレールの家をまずは知ってもらう期間が必要なのは確かだろう。ただ、ライラには今後もお願いしないといけないなと思う当夜であった。
「あっ。そ、そうね。そうしましょう。
―――あ、ありがと。」
(気を使ってくれたんだね。ありがとう。
この宝石を見ればあなたの秘密が真実だってことはわかったよ。でも、これって下手したら危うい情報だよ。こっちの秘密なんてただの恥なのに。つり合いなんて取れて無い。)
アリスネルの消え入るような小さなお礼に小さく笑う当夜。
「さぁ~て、今日は焼肉パーティなんだ。準備手伝ってもらえるかな?」
「えぇ。もちろんです。私の腕前に驚かないでくださいね!」
どうやら自信があるようでアリスネルは腕まくりしてその細い腕を見せる。
「へぇ。それは心強いね。あと、別に口調を変えなくても良いよ。」
「いいえ、見習いとは言え管理人ですから。」
この後、当夜は彼女の料理の腕前に驚愕することとなる。
2017/08/28更新




