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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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管理を引き継ぐ者

 私が、世界樹(はは)から生まれ落ちたのは今から16年前のことだ。

 私、アリスネルは、動けない世界樹がこの世界の情報を集めるための目としてその身を分けて作った【世界樹の目】である。私たちは、この世界の住人達から【エルダーエルフ】あるいは【深き森人の導き手】として敬われている。これまでに世界樹の下に集まった情報は、すべて端末である私たちにも渡される。つまり、生まれた時から人が一生を賭しても得られないような知識を持った状態で生まれてくる超常的な存在である。それゆえに私たちは敬意をもって育てられる。この私たちを育ててくれる存在が【深き森人(エルフ)】である。彼らを成したのが最初に生み出された【世界樹の目】であり、彼女は繁殖力の高い人と交わることで多くの有能な眷属を残し、後に生まれる【世界樹の目】の世話床を残した。とは言え、初代の【世界樹の目】の存在についてはほとんど情報が残されていない。あくまでこれらはすべての情報から導き出した私の推測だ。

 そもそも【世界樹の目】は、この星の5大陸を見るために5体が生み落され、死期が近づいた場合あるいは死亡した場合に新たに生み落される。つまり、私が誕生したということはそういうことである。一番の可能性としては、本来の活動期間を超えて動いているエレールとの交代が考えられる。彼女は本来の役目を蔑ろにして一か所に留まり続けている。私たちの活動期間に期限があるのは、私たち自身が周囲の影響を受けて無意識下での欲望であるイドを肥大化させ、結果として最重要な本来の役目を見失うことを避けるためである。それなのに世界樹は彼女を罰することなく、自由にさせている。そのことが他の【世界樹の目】にどのような悪影響を及ぼすかわからないというのにどうして許しているのだろうか。

 そして、私はついに件のエレールと対峙したのである。彼女は終焉期とは思えぬほどのマナを未だに内包していた。そして、私に一つの頼みごとをしていった。



「クラレスのトーヤ君の世話をお願いしたいの。お母様もそれを望むはずよ。私は彼らとの接触を想定して作られなかったけど、私とライトがこれほどまで近づけた事を知っているお母様なら、貴女に期待することがおおよそ想像つくもの。ライトもトーヤ君もこの世界そのものにとってのお客様よ。きちんとおもてなししてあげないと逃げられちゃうからね。はい、これに私が貴女に引き継ぐものすべてを残してあります。あとはよろしくね。」


 エレールはそれだけ言うと立ち去っていく。【世界樹の目】であるエレールの情報はある時からその一部が共有されなくなった。おそらくその部分を指した言葉なのだろう。


「お、お姉さま! ど、どちらに!? それより、今の話はどういうことですか!」


 慌ててエレールの後を追うアリスネル。エレールが向かった先は世界樹の前であった。【世界樹の目】は、その役目を終えると世界樹にそのマナを返して世界樹の一部に戻っていく。その際に人格と記憶が世界樹に完全に取り込まれていくのだ。そうなればエレールという個人の意思は世界樹の総意の中に薄まり、エレール個人が求める真意はわからなくなってしまう。

 世界樹の前に立つエレールは、何やらつぶやきながらマナを返還している途中だった。普通なら一瞬で終わる儀式であるはずが、世界樹は受け入れを拒むかのように進んでいない。真意を問いただすためエレールに声をかけよう近づくと、彼女の声が聞こえた。


「ありがとうございます。お母様。不肖の娘ではございましたが、最後まで我儘を許してくださいますことに感謝いたします。お母様以上に愛してしまった彼の傍にてこの世界を見守ることにいたします。大地はすべて繋がっています。例え、この身は離れていても地を通してお母様と繋がっているものと信じております。」



 その荘厳な雰囲気に気圧されて声をかけられなかったが、私は呆れてもいた。かつて、その間に子を成した最初の【世界樹の目】ですら、人を道具としてみるに能わない存在として扱っていたとされるのに、人を愛しただのとのたまうとは高潔な世界樹を愚弄しているのではないか。怒りと侮辱の言葉をぶつけるため声をかけようとするも、振り返った彼女の顔を見たとき何も言えなかった。彼女の顔に浮かんでいたのは喜びとも悲しみとも取れる憂いを含んだ表現のしようのない表情であった。

 そして、ただ一言‘後はお願いね。’と私に言い残して転移していった。



 それから2日かけて託された収納袋の中身を確認する。入っていたのは手紙、日記、地図、多額のお金だけであった。


「ふん。いったい何を残していったのでしょうね、お姉さまは。」

(手紙と日記はともかく地図やお金なんて必要ないのに。)


 手紙を読んだ。親類の受け取った恋文なんて二度と読みたくもない。


「何なの、こんなものを他人に読ませるなんて。くだらない。」


 日記を読んだ。丸めて捨てた恋文を開き直して二度読みした。


「...」

(―――私、変だ。どうしてだろう、お姉さまが羨ましい。)

「あ~、もうっ」


 頭を抱えて苔生した床を転がったアリスネルはピタッとその動きを止める。彼女が感じたもの、それは【世界樹の目】として抱くことの許されない欲望の極致、他者との深いつながりへの羨望であった。世話をする【深き森人】は【世界樹の目】を畏怖し、彼女たちを孤立させる。それは後の行動にも大きく影響する。多くの【世界樹の目】は孤独に旅を始めて終えるのである。それこそ、エレールを強引に己の輪に加えてしまったライトのような強引さを持った人物に出会わなければ機械のような一生を終えるだろう。


「―――ほしい。私もお姉さまのような物語が、欲しい。」


 その物語が仲間との出会いであり、愛する人との思い出であり、苦楽の数々であることをアリスネルは理解してはいない。だが、一先ずはエレールの残した物語の足跡をたどるという目的が生まれた。


「お母様、私はエレールお姉さまに代わって世界を見回す目となって世界樹の叡智の資となる知見をもたらすことを誓います。しばしのお別れとなりますが、どうか出立のお許しをいただきたく願います。」


 背後に御供を控えたアリスネルは膝を折って世界樹に対峙する。それは世界樹との一時の別れ。だが、次に再会するときは本当の別れになる。これより先はその時を除いてこの地に戻ることはない。それこそ世界樹のために知見を、情勢をひたすら集めて送るのである。そのための誓いを起こす。


『お行きなさい。貴女の旅が良い物でありますよう祈っています。・・・・・・』


 世界樹がアリスネルの誓いに応える。その声はかすれるように消えていく。


(最後がよく聞き取れませんでしたけど控えもおりますから問いただすのもなんですね。

 あの人? よろしく? 何を言ったのですか、お母様?

 まぁ、いいわ。出立の許可は下りたのだし。)

「はい。それでは失礼します。」



 その日のうちに出立の準備を終えてクラレスに向かう。別に私も恋をしてみたいというわけではない。単に親類の恥を確かめに行くだけだ。決して日記を抱えて頬を赤らめながら悶えたりなどしたものか。

 残念なことに私はまだ転移の魔法を使えない。【世界樹の目】は、世界樹の精霊のようなものだから魔法だってマナだって強力なのだが、若い私にはまだうまく制御できないのだ。

 と言うことで眷属たちに護衛してもらいながら街まで送り届けてもらったのだった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライラは、ザイアスとの待ち合わせに向かうトーヤを見送ると、庭の手入れを始める。そこへ響く少女の声。


「ここのようね。皆は村に戻りなさい。何かあれば連絡を入れるわ。」


 付き人は一礼すると一切の言葉を発することなく命令に従う。事務的なのだ。そして、アリスネルもそのことを気にも留めない。


(ふ~ん。中々の家ね。こ、ここがあの舞台となった愛の巣ってことね。ということは、あの日記にあった事柄の痕跡があるってこと!? 確かめないと!)


 アリスネルはエレールに示されたその地に建つ建物を見上げる。人の街は自然が少なく住みづらいと知っていたが、中々どうしてこの家は様々な草木が豊富に生えているのが遠目にもわかる。さすがはエレールが住み込んでいただけはある。


「おはようございます。どなたかいらっしゃいませんか?」


 アリスネルの幼くも美しい声が響く。


「はい。どちら様でしょう?」


 答えたのは当然ながらにライラだ。


「私は、アリスネル・セレナレットと申します。エレールからトーヤさんのお世話をするようにお願いを受けたのですが、ご在宅でしょうか?」


 そこに立つ少女は、肩まで伸ばしたサラサラな金髪、色白の肌、エメラルドを埋め込まれたかのような碧眼を持つ可愛らしい小顔、【深き森人】の特徴である長く伸びた耳、ライラより明らかに小柄であるからかもしれないが羽織る鮮やかな緑色のコートは不格好なまでに大きく見えた。ライラから見たアリスネルの印象は、まだ幼さ残す少女であった。当然、子供とはいえ【深き森人】であるので、顔立ちは整っていてお人形のように可愛らしいといったものであった。だが、管理人となるにはあまりに幼く見え、この世界の常識に疎い当夜を任せるに値するようには見えなかった。


「えぇ、伺っております。私はライラというものです。こちらの仮の管理人を仰せつかっています。と言うことは私もこれでお役御免なのかな。あ、でも、貴女で大丈夫かなぁ?」

(あ~あ、もっとトーヤ君と仲良くしたいんだけどな。あっ! でも遊びに来る分には構わないかな? でも、彼、結構心配なところが多いからな~。この娘、こんなに若いけど大丈夫かな~)


 ライラの表情が曇る。


「トーヤという人物はそれほど大変な人なのですか?」

(詳細によっては、このお願いは聞きたくありませんね。)


 アリスネルはつまらなそうな表情を浮かべる。


「えっ!? ううん、大丈夫よ。人柄は温厚無害よ。ただ、ちょ~っと、常識に疎くって私としては非常に心配なのよね。」 


 ライラは慌てて否定する。ただし、それはフォローになっていない。


(ずいぶんひどい言われようね。使用人に舐められているってこと?)

「まぁ、一度会ってみて決めようと思います。それまで家を見させていただいてよろしいかしら?

 ああ、でも、本人じゃないと許可できないかしら?」


 アリスネルは一か所に留まるつもりなど毛頭ない。できれば当人と顔を合わせることなく目的を達してこのライラとやらに押し付けてしまいたいとも考えていた。


「う~ん。まぁ、大丈夫だと思うわよ。でも、物はいじらないでね。」


 ライラがにっこり笑って許可を出す。本来の管理人の権限を越えた行動だ。そして、そのまま庭の手入れを再開する。


(本当に舐められていますね。はぁ、まったくどんな方なのやら。まぁ、私としては日記の舞台を確かめられれば後は興味ないのですけど。)

「わかりましたわ。では、失礼しますね。って、それは?」


 アリスネルの目に留まったのは一つの芽。世界樹の芽だ。


(お姉さま。貴女は本当にこの地を、いえ彼を愛していたのですね。

はぁ、トーヤさんのことはともかく、この家に興味が出たし、少し滞在するとしようかな。)


 アリスネルは、エレールの残した日記と言う名の恋愛小説にどっぷりとはまっていたのであった。

2017/08/21更新

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