初めての狩りの報告
ギルドで報告を行うべく扉をくぐったのだが、どういう訳か受付と冒険者の間に緊張した空気が流れている。ある冒険者は迷惑そうに食事台の席で顔をしかめ、ある依頼人はすごすごと出口を目指す。何より違和感を感じるのは当夜に向けられた冒険者の目がやけに鋭いことである。
(なんだ、この雰囲気?)
当夜が受付に向かうとそこかしこから冒険者が集まり、その前に列を作る。先ほどまでほとんど並んでいなかったというのに煩わしいことこの上ない。受付までわずかとなったところで笑顔のテリスールが見えた。残り一人となったところで隣の列から声がかかる。
「テリスールさんを指名します。」
その声に隣を見れば、見るからに身なりのよい冒険者が腕を組んでこちらを睨みつけていた。そちらの受付を見れば、レイゼルが困ったようにテリスールを見つめていた。傍から見れば交渉事において、新人のレイゼルから権限の強いテリスールに切り替えることは不思議ではない。とはいえ、指名ができるようになるには個人で3級以上のランクに到達していなければならない。つまり、当夜がテリスールに報告をすることは実質的に不可能となったのだ。当夜としてはそこまでのこだわりがあるわけでないので、‘知り合いじゃなくて残念だな’といったところであったが、受付勢はそうは取っていない。
(こいつ~! 今度嫌がらせしてやる。)
(テリス、可愛そう。)
(確か、ゼレット子爵の3男だね。金に物言わせて良い武器を買い漁って昇級して行ってるって噂だよ。)
(この間テリスールさんに詰め寄ったって聞いたよ。)
(ギルドマスターめ、こいつと手を結んだね。後で盛大にお仕置きしてやる。)
当夜は、隣の席に移るテリスールに小さく手を振る。劇的に顔色の変わる二人がいた。一人は喜色に染まり、もう一人は苦虫を噛み潰したようなものになっていた。
「悪いね。報告はあたしが受けるよ。」
「あ、いえ。こちらの依頼の報告をさせていただきたいのですが。」
当夜が依頼書を差し出す。
「ああ、ザイアスから聞いているよ。」
ヘーゼルは依頼書も確認することなく、むしろ隣の受付の様子を気にしている。
「それでですね、討伐証明部位はまだ剥ぎ取って無くてですね。遺骸をここに出すわけにはいかないですよね。初心者が剥ぎ取っても大丈夫でしょうか?」
「ああ、物は見せてもらわなくても構わないよ。ザイアスから聞いているって言ったろう。
証明部位はその物がわかる状態なら初心者がやろうが誰がやろうが大丈夫さ。ただ、解体ならウチの施設を利用すれば良いようにしてもらえる。ほら、あのドアの先にある。もちろん金はかかるがね。」
テリスールの代わりに入ったのはヘーゼルであったが、どうやら虫の居所が悪いのか、かつての明朗さは鳴りをひそめていた。ともかく、無事報告を終えて報酬を受け取ると素材引取所に向かう。
引取所は受付の隣のドアの先にある。獣の解体を行う手前、匂いや音に配慮した形となっているのだろう。ここでは魔獣や獣の解体、素材の売買が行われている。入るとだいぶ血なまぐさい匂いが当夜を迎えた。
「よう! 解体かそれとも素材の売却か?」
声をかけてきたのは頭をミメット鉱のぶどう状集合体のようにきれいに丸めた若い男だった。その手には巨大な解体包丁が握られている。
「えっと。こちらの解体をお願いしたいんですけど。」
当夜はアイテムボックスから血抜きされた【鎧猪】3頭分と【隠れ兎】を取り出す。
「ほう! アイテムボックス持ちか。素材が新鮮なままだな。羨ましいぜ。
おおっ! 初めて見る顔だが、きちんと血抜きしてあるじゃないか。こりゃ、やりがいがあるぜ。そうだな、全部で30シースだ。どうする?」
「もちろんお願いします。」
「よし、任せろ! ちょいと時間かかるが、用がなければそこで待ってな。」
「はい。よろしくお願いします。」
こちらの返事も待たずに奥の作業場に入っていく男であった。
「これって骨、だよな。」
作業場の一角に巨大な全身骨格が飾られている。それは博物館で見るようなクジラの骨とも恐竜の骨とも甲乙つけがたい巨大さである。それは偉大な英雄であるライトが討ち取った魔獣の成れの果てである。本来は骨すらも貴重な素材であるために冒険者が売りさばくので全身骨格が残ることは極めて珍しい。それをライトは何の躊躇もなくギルドに贈呈した。本人曰くは売りさばくのが面倒だったから、らしいが。ともかく今ではクラレスの観光名所であって冒険者の目標の象徴でもある。
「へぇ、ライト、光がねぇ。」
当夜は看板に記された説明文を読みながら当の本人を思い出す。
「よう、待たせたな。」
10分ほど経ったであろうか、男は帰ってきて当夜を手招きする。机の上には、象牙色の堅そうな板が大小バラバラに積み重ねられていて、その隣には薄葉紙の上にまとめられたピンク色の肉塊と内臓、そして別の紙の上に置かれた赤みの強い肉、さらに灰色の毛皮が大きな木の板の上に乗せられていた。
「ほらよ。こっちが【鎧猪】の肉と甲皮だな。んで、こっちが【隠れ兎】の毛皮と肉だ。
それで相談なんだが。【鎧猪】の肉と【隠れ兎】の毛皮を売らないか? 肉は1頭分で200シース、毛皮は120シースだ。」
「う~ん。毛皮はちょっと。肉だったら2頭分くらいなら売ります。」
「よし来た。じゃあ、肉が...400シースで、加工賃の30シースを引くから...370か? よし、370シースでの買取りだ。ほら、大事にしろよ。」
「あ、どうも。」
大銅貨37枚を渡してくる。結構枚数が多いので数えるのが面倒くさい。日本人の癖とでもいうか、しっかり数えることなく黒い巾着袋にしまう。
「おいおい! きちんとお金は数えろよ。騙されちまうぞ。まったく。」
「あぁ。そうでした。まぁ、ギルドの素材取引所でそんなことは起こらないかなと思っていましたよ。」
「まぁ、そう言われれば悪い気はしねーが、気を付けろよ。そうだった。俺はここの専属解体師のアレバって言うもんだ。これからも贔屓にしてくんな。」
「こちらこそ。僕は当夜と申します。では、またの機会に。」
当夜は素材と食材を次々アイテムボックスにしまっていく。一礼の後に去っていく当夜を見送ってアルバはつぶやく。
「最近の冒険者にも見習ってもらいたいもんだ。」
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(よし!帰ったら焼肉パーティにしよう。ライラさんの旦那さんもお誘いして、後はテリスールさんも呼ぼうかな。でも、さっき忙しそうだったからなぁ。ライラさんにお使い頼んで聞いてもらうかな。)
当夜は、解体された艶めく赤肉を思い出しながら、今夜の未来の焼肉パーティを想像してスキップをしながら家路を急ぐのであった。
そこには今日の冒険の自慢がしたくてしょうがない子供のような大人がいた。
だが、当夜は知らなかったのだ。新たな出会いと一人の少女がもたらすひと悶着が彼を待ち受けているということを。
2017/08/21更新




