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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
54/325

額の傷痕

一部、残酷な表現がありますのでご注意ください。

 ザイアスが当夜に抱いた最初の印象を問われたなら、彼はこう答えただろう。‘ひ弱な少年だった’と。

 当夜と始めて出会ったのは当夜のギルド登録の時であった。同期であったウォレスが連れてきたその少年は、小さく、細く、まるで戦闘という言葉を知らない貴族の御曹司といった風貌であった。それだけであれば特段気にも止めずに立ち去ったであろう。だが、ウォレスとセリエールの話が耳に入るとそうも言ってはいられなくなった。そう、エレールの縁者であるということが明かされたからである。冒険者にとってエレールとは憧れであって認められたい存在である。そして、縁者とは彼女に認められた存在であることを意味しているのだ。何よりザイアスにはエレールに対する特別な感情も有していることが大きい。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ザイアスは、もともとクラレスとグエンダール帝国領との間の辺境の村パレスに住んでいた。彼がまだ12才の時だった。ザイアスは、冒険者にあこがれて友人らと近くの森に入って探検をしていた。子供だけで森に入ってはならないという村の掟があったが、子供の彼らにはその意味が理解できていなかった。ただ漠然と何か危ないことがあるという教えだけが頭の片隅あったくらいの認識だった。だから、その掟は独り立ちへの渇望と大人への背信行為によって得らえる背徳感が刺激されて思春期の彼らを森へと誘う呼び水となってしまっていた。そもそも獣相手なら後れを取るような軟な子供たちでは無い。何しろ、見た目はすでに日本の成人男性を上回る体格なのだ。現に、比較的凶暴な【噛付き狐】など何頭も狩ってきた実績がある。だが、普段なら獣ばかりで特段危険の無い森であるはずが、この日は違っていた。


「おい、見ろよ。今日の相手はなかなかの大物だぜ。」


 子供たちの前に1頭のオオカミ型の魔獣が現れた。だが、当時の子供たちは、この森でそこそこ危険度の高い【噛付き狐】の親玉だと勘違いしていた。これだけの人数、子供たち最強のザイアスがいれば問題なく狩れると思いあがっていた。その印象はザイアスにも共有されていた。


(へへっ、今までは狩った獣の毛皮はアジトに飾ってきたけど、こいつは村のみんなに自慢できるな。きっと親父たちも俺たちのことを大人として認めてくれるはずだ。)


 この村に派遣された冒険者に教えてもらった剣技を披露すべく、同じく冒険者からおさがりとして譲り受けた剣を得意げにかまえる子供たち。


「おりゃー!」


 仲間たちの中で斬り込み役の少年が躍り出る。


「ひ、ぎっ!?」


袈裟斬りが届く間際、魔獣【ブラッドウルフ】は想像を超えた動きでその少年ののど元をかみ砕くと、そのまま振り投げる。ドガッという音と共に木の幹にぶつかってズルズルと少年の体がすべり落ちる。


「ドーブル!?」


 ザイアスが名前を叫ぶもピクリともしない。そう、死んでいるのだ。ようやく残された子供たちは理解した。自分たちの手に負える相手でないことを。


「嘘だろ…」

「―――ドーブル。」

「俺たちも死ぬのか…」

「ど、どうしたら良い、ザイアス?」


 周囲に一気に悲壮感が漂う。【ブラッドウルフ】はその雰囲気を楽しんでいるかのように子供たちの目を一人一人舐めるように見まわす。子供たちが体を縮こませて怯える。

 そんな中でただ一人冷静さを取り戻したザイアスは森の入り口に近い友人に向かって叫ぶ。


「アルス! 冒険者を、大人を、呼んできてくれ!」


 アルスは駆けだす、いや逃げ出した。【ブラッドウルフ】が追いかけようとするのをザイアスが体当たりで阻む。力量では圧倒的に上であるはずの【ブラッドウルフ】が横からの全体重を乗せた不意打ちに足を止める。そして、その鋭い目をザイアスに向ける。どうやら、子供たちの中でも群を抜いて強いザイアスに興味が移ったようだった。いや、正確には誰を挫けばこの集団から恐怖をより強く生むことができるかを勘定したようだ。


「全員、剣を前に構えてカウンターを狙え! ただ避けるだけでもいい! 大人が助けに来てくれる時間を稼ぐんだ!」


 アルスが、村に着いた時点で、残された子供たちは2人が足に大きな怪我を負い、1人が左腕を失っていた。そして、ザイアスだけが小さなかすり傷をいくつか負う程度に済んでいる状況であった。ブラッドウルフもまた狩りを楽しんでいたのである。


「こ、こいつ!」

「つ、次こそ殺されるっ」

「ザイアス、俺、死にたくないよっ」


「ああ、大丈夫だ。任せろ!」

(こいつ、わざと殺さないようにしてやがる。足手まといを増やして俺の動きを封じに来てやがる。早く来てくれ、親父っ、みんなっ)


 その頃、アルスはどうにか村にたどり着き、村長に事態を説明した。村長は慌てて村の若い男衆を集めて、子供たちの保護に向かう。残念なことに、この時、冒険者はすべて出払っていたのだった。8人の男たちの手にあるものは狩猟用のナイフや弓、鉈程度で防具すら持ち合わせていない。アルスの目にはひどく頼りなく見えた。


 男衆が森に向かう中、子供たちはすでに限界に達していた。出血により意識は朦朧として体が思うように動かない。動けば出血が早まり、すぐに意識を失うだろう。だが、動くのを止めれば【ブラッドウルフ】に殺されるという恐怖が無理やり体を動かす。大人たちが助けに来るまでとても持たないという予測がザイアスの脳裏をよぎる。かく言う彼も出血がひどくすでに息がかなり荒い。まさに絶望的である。治療薬を持ってきていなかったことも大きな原因であり、冒険者の話を軽んじたザイアスはひどく後悔していた。


(もう少し、もう少し頑張れば、)


 そんな時、失った左腕からの大量出血によって一人が意識を失って倒れた。【ブラッドウルフ】はその少年の頭を咥えるとザイアスに良く見えるように一気に噛み砕く。


「ま、待ってくれっ」


 ゴキッ、ベキッと音を立てて体液を散らせながらつぶれていく友人の頭。【ブラッドウルフ】は止めを刺すと残りの子供たちが、ザイアスがどんな表情を浮かべているかと言わんばかりに憎らしい笑みを浮かべて振り返る。


「う゛っ」

(ちくしょうっ)


 ザイアスは強い吐き気に襲われると同時に、頼ってくれた友人を助けられなかった自分に悲観して悔しさに涙が流れるのを止められなかった。


「わ、悪ぃ、もう、無理、だ…」


「バッジュ!」


 しかし、事態は友を追悼する時間すら長くは与えてくれない。足の怪我が大きく開いた1人がその場に倒れこむ。ザイアスはすぐさま駆け寄ろうとするが、ブラッドウルフも見逃さなかった。爪だけで長さが子供の手の大きさはある鋭利な切っ先がザイアスの友人に迫る。ザイアスが倒れこむ友人を抱えて避けようとしたが、同じくらいの体重を持ちあげて避けることは難しかった。ザイアスは友を庇うことはできたものの、額を大きくえぐる一撃にうめく。流れる血が視界を赤く染めるも、次に飛び込んできた映像に目を閉じた。【ブラッドウルフ】が牙の鋭い口を大きく開け、ザイアスの頭をかみ砕こうとする瞬間が映ったのだ。


「くっ」

(ここで終わるのか?)


 だが、一向に痛みが襲ってこない。そっと目を開けるとそこには高齢の女性が立っていた。次に目に飛び込んできたのは氷漬けになったブラッドウルフの亡骸であった。


「危ないところだったわね。大丈夫?」


 その人こそエレールであり、この後、10日にわたって滞在するライトに稽古を付けてもらいつつ、エレールの心得の指導という名の説教を受けることとなった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 森を目にしてザイアスの脳裏にはそんな回想が流れていた。

 気づけば、当夜が鎧猪の1頭目を仕留めたところだった。


(ほう。もう少し苦戦するかと思ったが、やるじゃないか。冒険者ってのは最初はいきがるものだが心配のしすぎだったか。まぁ、この手のタイプは後で大きな惨事に遭いやすいんだが。それも自己解決のできないような。)


 一方の当夜も森での気配の探り方に慣れてきていた。泉から流れる沢沿いに森の奥に足を進める。


(感じる気配に意識を集中すれば、より詳細な気配がわかるな。う~ん。こいつは大きさや動き的に【鎧猪】かな。)


 近づくと予想した通りに【鎧猪】であった。今度こそと背後からひざ裏の関節を狙う。今度は見事に足を切り裂き、鎧猪は横倒しになる。すぐさま首の関節部に剣を差し込み止めを刺す。近くの沢に入れ、血を抜いてアイテムボックスに収納する。そして、最後の一匹も程無く見つけて同じように仕留めたのであった。


「さて、これで依頼完了だし、戻るとするか。まぁ、単純に帰るのもなんだし、片メガネで鑑定しながら素材を探して戻るとするかな。」


 戻りながら目に留まる草花や木、木の実、キノコ等を解析していく。

 結果的に手に入ったのは以下のとおりであった。


【鎧猪(解体前)】60シース×3

 血抜きにより上質な肉質が保たれた鎧猪の遺体。


【隠れ兎(解体前)】30シース×1

 血抜きにより上質な肉質が保たれた隠れ兎の遺体。


【ポールの実】3シース×5

 固い殻に包まれた中身は甘くみずみずしい。治療薬の材料となる。


【コーヌ茸】1シース×18

 クラレス周辺を特産とするキノコ。芳醇な香りと歯切れの良い身質を有する。


【ヨーブの芽】8メダ×30

 ヨーブの木の芽。辛味のある食材。赤い若い芽ほど辛味が強く、肉の保存に効果的である。


 森から出てザイアスのところに戻ると、破顔一笑のもと試験の終了を告げられた。


「よくやった。まぁ、10級としちゃあ上出来だな。これで俺の試験は終了だ。

で? 討伐証明部位は持ってきたか?」


 ザイアスが大きな石を指さす。どうやらその証明部位を見たいようである。


「ありがとうございます!

 で? 討伐証明部位って何ですか?」


 しかしながら、当夜にとってその単語は初耳だ。小首をかしげる。


「おいおい。おう、そうだった。教えてなかったな。とはいえ、今から戻ってもほかの獣が食い散らかしちまったかもしれないな。」


 ザイアスは当夜が遺骸をその場に残してきたものと判断した。おそらく森にいる【噛付き狐】やほかの肉食動物に食い荒らされているだろう。こうなるともう一度狩り直さないとならない。


「一応、頭以外は持ってきましたよ。」

(その頭がそれじゃないと良いけど。)


 血抜きのために頭を切り落としてきた当夜はアイテムボックスを発動させると中身を取り出す。


「ああ、そうか。【時空の精霊】の加護持ちだったか。アイテムボックスだな。ちなみに【鎧猪】の討伐証明部位は背甲なんだが、大丈夫そうだな。」


 ザイアスは一匹一匹を確認する。


「そうですね。背中だったら大丈夫です。まったく、事前に教えておいてくださいよ。討伐には証明部位ってのがあるのか。気を付けないとな。ちなみに【鎧猪】の肉ってうまいんですか?」


「悪い、悪い。そうだな。【鎧猪】の肉はうまいぞ。だが、一番うまいのは頭なんだがな。捨てて来ちまったんじゃ、しょうがないな。」


 実際には討伐部位は依頼書にも記されている。そう言うところ見逃す当夜が悪いのだがザイアスがなぜか謝る。どうやらそう言うところも含めて指導するつもりだったのだろう。


「えっ!? 嘘でしょ! 頭、食べられそうな部分なんてなさそうだったけど...」


「ば~か。嘘に決まってんだろ。あんなところ食えるか。一番うまいのは腹のあたりだ。ちゃんとギルドで捌いてもらえ。」


 驚く当夜の髪をくしゃくしゃに撫でながらザイアスは笑う。


「ちょっと待ってくださいよ! 危うく取りに戻るところでしたよ。」


 当夜がザイアスの手を払いのけて憤慨する。


「軽い冗談じゃないか。そんな怒るなよ。」

(まぁ、この辺りは冒険者を目指す者の常識なんだけどな。懐かしいもんだ、あいつらともこんなやり取りしてたっけな。)


 彼から見れば当夜はまさに子供。自身が何も知らずに冒険者の真似事をしていたころと同じなのだ。わかっていない時代を良く知るザイアスだからこそギルスは彼に当夜の指導を任せたのだろう。

 二人は今回の依頼の報告をするため、来た道を引き返してギルドに向かう。

 そこには兄を慕うかのような少年と友人たちとの恐ろしくも楽しかった昔を思い返す男の姿があった。

2017/08/13更新

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