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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
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初めての狩り

 当夜は、街道から最も近くにあった林を目指していた。だが、残り100mを切ったところであろうか。空間認識の能力が何かを訴えてくる。


(なんだ?林に何か居るのか。)


 当夜が意識を林の中に向けると、生き物たちの気配を感じとることができた。林全体としてみると大きく4つのグループに分かれた。一つ目は、当夜に最も近いグループで数は4つ、明らかに敵意を感じた。二つ目は、林の中央に集まるグループで数は10ほど、敵意は感じないものの強くこちらを意識しているようであった。三つめは、当夜とは反対側に集まるグループで数は6つ、おそらく近づけば別の林に逃げ込むのだろう。最後のグループは、木の上に集まる集団で数は30ほど、敵意はやはり感じられないが、やはりこちらを警戒している。木の上の集団は目視で鳩とオウムを掛け合わせたような鳥として映り、羽は尾の方が赤く頭に向かって緑みがかった多色性のリチア電気石のような色合いであった。


(う~ん、物凄い警戒されているな。特に近くの4匹は今にも襲い掛かってきそうだ。ちょっとこの林はキャンセルだな。もっと慎重に隠れながら近づくべきだった。)


 冷静になった当夜は、ザイアスが街道からわずかにこちらに近づいてからほとんど動いていないことに注目した。


(なるほど、あのあたりでこの林の中の生き物が警戒し出すってことか。)


 当夜が最初の林をあきらめて戻ると、ザイアスがしたり顔で聞いてくる。


「どうした。林の中に入らないのか?」


「いえ、どうやら警戒されてしまったみたいですのでここは後に回します。うかつでしたね。」


「そうか。」

(ここは街道筋だから獣も人間の動きに敏感なんだ。そのあたりにまで気づいている、とまではいっていないか。まぁ、突撃していかなかっただけマシだな。手前の4頭は【カミツキギツネ】か、中央には【ホラネズミ】、奥は【モリジカ】、木の上には【ゴクサイチョウ】か。どれも素材としては優秀だが、今のトーヤでは逃げられるのがオチだろうな。)


 しばらく街道沿いに歩いてめぼしい場所を探す。当夜としては川や沼を探していたのだが、それらしいところは見当たらなかった。そこで、街道から離れる形で少し離れた林を目指す。街道から2kmは離れただろうか。やや大きめの林と呼ぶよりは森と言った方がよさそうな丘に辿り着く。最初の林の時と同じ轍を踏まないように100mほど距離を取った位置で一度立ち止まる。そこからは姿勢を低く、物音を出来る限り殺しながら近づいていく。ザイアスは、当夜が一度立ち止まったところから動こうとしないようだ。森まで10mまで近づいたところで森の中に数多くの生き物の気配を感知した。どれも纏まることなくランダムに動き回っている。今のところ当夜に気づいた気配はない。

 そして、ついに森の中に足を踏み入れたのだった。


(ついに入ったぞ。あ、あれはウサギか?)


 最初に目に入ったのは灰色の毛に包まれたウサギだった。だが、顔は厳つく目は鋭い、日本で見たことのある可愛らしい姿とは似ても似つかない。そのワイルドなウサギは倒木の洞に頭から突っ込むと身を隠してしまった。


(これってチャンスなんじゃ。よし。悪いけど狩らせてもらう。)


 倒木に忍び寄ると細い隙間越しに灰色の毛が見え隠れする。当夜はザイアスから貸し与えられたショートソードを隙間に差し込みウサギのようなものを突く。一瞬、肉を切り裂き、骨を削る手ごたえが伝わる。ギッとウサギのような生き物のうめき声が聞こえたが、洞の入り口から血が流れ出てくるころには動く気配もなくなり、うまく狩れたことが実感できた。剣を抜いて洞の中を覗き込む。中にはうずくまるように丸まって動かない獲物の果てた姿があった。慎重に取り出すとどうやら偶然にも胸を貫いたようであった。

 片メガネで確認すると【隠れウサギ】であるとわかった。どうやら肉質は良好で、毛皮はそこそこな値で取引されるらしい。同じく支給されたナイフで切り口を中心に解体を始めようかと考えたが、どのように捌けばいいかわからなかった。そこで、首を落として木に吊るし、血が完全に抜けるのを待って、そのままアイテムボックスに収納した。


(中々近づけないな。たぶん獣同士でも距離感を保つようにしているのかも。)

「あれ、これは?」


 当夜の目に飛び込んできたのは大きな大木だった。その根元にはいくつものリンゴに似た果実が転がっている。


「えっと、【ロードシャーム】かぁ。まるでリンゴみたいな見た目なんだけどどうなのかな。」

(えっと、詳細は、)


【ロードシャーム(傷物)】

 赤い皮で果肉を包む果物。甘酸っぱい果汁が豊富であるが石細胞が多いため食感は硬い。生食されることもあるが、多くの場合は加熱料理に使われる。


「なるほどね。ナシとリンゴの間みたいなものかな。」


 生食可と言うことで当夜は表面を服で磨くと恐る恐るかじる。確かにナシのような歯ごたえに続いてリンゴよりも圧倒的に強い酸味が舌を刺す。正直、そこまでおいしくはない。


(甘味の無いリンゴ風味でナシの食感、そのままだな。確かに調理しないと駄目だね、これは。しかも傷物だし。

 ん~? 上の方にいくつかまだ生っているけどあれは届かないなぁ。)


 高さにして15mはあろうかその辺りには赤い小さな実が点々と見える。そして、同時にいくつもの矢と途中で切れたロープが吊るし下がっている。どうやらほかの冒険者が枝を揺さぶってすでに採った後のようだ。当夜が拾ったものは彼らが落としたものの中で品質の良くなかったものだったのだろう。


(まぁ、ここでリンゴ、もとい【ロードシャーム】を採ろうと必死になったところで【鎧猪】に気づかれるだけか。それにしてもこの実って【鎧猪】をおびき寄せる餌になったりしないかな?

 水場で見つからなかったらやってみるのも手かも。だけど落ちていたやつにかじられた痕とかなかったから無駄かな。)


 【ロードシャーム】の実は、実際には獣たちの格好の餌と成り得る。ただし、この森では餌が豊富に存在するため傷物にまで手を出す獣がいないのである。


 さらに奥に進むと、周囲の気温がかすかに涼やかに感じられるようになる。大きな巨木の影となり植物がほとんど生えていないこの森でもいつになく地面が緑に覆われている。すなわち苔生しているのだ。涼やかな方に、涼やかな方にと進んでいくと、ついに湧き水が集まる小さな泉にぶつかった。泉の縁は絶えず生き物がやってくるためか苔すら剥げて、花崗岩が風化したかのような白い真砂土が木々の漏れ陽を浴びて白く輝いている。水底が白いおかげで水面の色は透き通った青さを煌めかせる。一つの芸術作品を見せられたかのように当夜はその光景に目を奪われる。

 しかし、彼の目的は観光では無いのだ。気配を探ると向かいからさっそく動物が向かってくる気配が感じられた。木の陰に隠れて様子を伺うと、現れたのは全身にこげ茶色の艶めく硬皮をまとった泥まみれの猪であった。片メガネで観察すると、まさに標的である【鎧猪】と鑑定された。その硬皮は見るからに固そうで剣で叩き斬れる自信は全く見当つかない。それでもよく見れば、関節部は硬皮がなく、そこから攻めるべきであるのは明らかだ。当夜は鎧猪が水を飲むところを狙って飛び出ることにした。

 そして、そのチャンスはすぐに訪れた。【鎧猪】が頭を下げて泉の水を飲むことに夢中になっている。始めは音を立てまいと木の影伝いに姿勢を低くして忍び足に、そして距離が詰まると相手に気づかれることもお構いなしに一気に加速する。当夜は背後から飛びかかり、剣を後ろ脚のひざ裏めがけて横薙ぐ。正確に筋を斬れず、鈍い音とともに剣が硬皮に阻まれる。鎧猪は慌てて体を丸めて防御姿勢を取る。丸まった鎧猪は60cm程度の卵型になると、まるで剣を突き立てる隙間が無くなる。彼らはこうして外敵から守るのである。当夜は剣を差し込む隙間が見当たらないことに毒づきながら、別の手段を考える。


(う~ん。奇襲を外しちゃうとはなぁ。あちゃ~っ、まったく隙間が無いや。こうなると物理的に仕留めるのは難しそうだな。)


 ふと何か良い案は無いかと周囲を見渡すとそこにはただ泉が広がるだけである。そして、獲物をもう一度観察すれば鉄壁の鎧に空いた小さな穴が二つ。そこから勢いよく空気が出入りしている。そう、【鎧猪】の鼻である。


(おっ! そうだ。泉にこのまま落としてみたら息ができないんじゃないか。)


 当夜は自身が中々に残酷な手段を取っているように感じていたが、折角見つけたチャンスを簡単に手放す気にはなれなかった。実際、多くの冒険者が同じような手段を取っているのだが、当夜は知らない。

 水に浸けると5分もしないうちに丸めた体を伸ばして這い出ようとする【鎧猪】であったが、剣の突きを鎧の隙間に入れる当夜によってあえなく絶命することになった。泉の中で一度に血抜きと洗浄ができたものの解体手法を知らないがゆえに手を付けられず、【カクレウサギ】と同様にアイテムボックスに直行させる。


 ノルマ達成まで残り2頭となった。

2017/08/13更新

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