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世界を渡る石  作者: 非常口
第1章 渡界1周目
51/325

手ほどき、先達に請う

 ふと、隣に立つ人の気配に気づく。


「ライラさん? もうご飯? もうちょっとゆっくりさせて...」


 普段のライラであれば、母親のノリでツッコミが入るはずであるが、今回は未だに何もない。


「ライラ、さん?」


 あまりの静けさに逆に心配になり、そっと掛布団の隙間から周囲をうかがう。そこに居たのは、ギルドで最初の依頼を受けた時に助言を寄越したザイアスであった。


「ん~?

 ...ザイアス、さん?

 なんでザイアスさんがここに居るんですか?

 あ、おはようございます。」


 人前でありながら、あくびをしながら問いかけてしまう。そもそも当夜は朝が弱いのだ。まして、昨日のギルドマスター直々の指導によって体が長い休養を申請してきていたのだった。


「ああ、おはよう。悪いな。起こしたか。

 ギルドマスターに君の指導に当たるように依頼を受けてな。

 ギルドで待っていたのだが、なかなか姿が見えないから、別用で出かけてしまったのではないかと心配して見に来たのだ。

 受け付けてくれたライラさんが、“起こしてきます!”と張り切って上がって行こうとしたのでな。ギルドマスターがしごいたと聞いていたので、とりあえず彼女を止めて、俺が様子を見に来たのだ。

 それで、調子はどうだ、と聞くのも野暮だな。」


 ザイアスの表情はほとんど変わらないが雰囲気は柔らかなままだ。とてもゼテスに見せたような厳しい人には見えない。


「―――そういえば、ギルスさんが別の人を寄越すって言っていたような...

それが、ザイアスさん?

 ええっ! それは失礼しました。よろしくお願いします。

 調子は大丈夫ですよ。

って今何時だ!」


 慌ただしく寝床を探り始めた当夜は向こうの世界での癖で時計を探し始める。


「まずは落ち着き給え。今は3鐘が鳴ったくらいだな。とりあえず、朝食食べて身だしなみを整えて来い。まずはそれからだ。」


 慌てて、飛び起きて食事と準備に向かう当夜。台所で食器を洗うライラと目が合う。ライラの目は明らかに笑っていた。


「ひどいですよ、ライラさん。いつもなら起こしてくれていたじゃないですか!」


「あらあら、トーヤ君はいつまで経ってもお母さんの声を聞かないと起きられないのね~。」


 当夜が顔を上気させながら訴える様を見てライラは実に嬉しそうだ。上機嫌で当夜をからかう。


「ううっ、もう!」

(あ―、大の大人が何やってんだかっ)


 言い返す言葉が見つからない。


(あ~、大人ぶっちゃって可愛い! もっと意地悪したくなっちゃう! でも、お客様も見えているし、いい加減にしておかないと。)

「はい、馬鹿話はここで終わり。お顔を洗って着替えて来てください。」


 今はザイアスの姿が見えていないとはいえ、親しき仲にも、と言うよりも雇用者と被雇用者の関係からも雇い主の品格を貶めるような外聞上よろしくないやり取りであることを自戒したライラは態度を改める。


「はぁ、わかりました。朝食の用意をお願いします。」


 当夜は泉部屋に恥ずかし気に引っ込むと、泉から湧き出る水を桶に入れ、うがいと顔洗いを済ませる。そして、庭に生えていた【レーム】という殺菌作用のあるハーブを噛んで口をさっぱりさせる。この【レーム】という植物であるが、見た目はただの雑草と大差ないがミントよりも強い香りが周囲に漂うために容易に見つけることができる。ちなみにお味の方はお世辞にも良いとは言えない。強いて例えるならわさびとゴーヤを合わせたような味だ。お子様舌の当夜は幾度となく挫折しそうになったものだ。

 そこから、ライトの部屋に入って着替えを始める。この世界に日本にあるような下着は無かったので子供用の短パンを代用している。そのほかの服はライラがいつの間にか買っていた。資金はエレールさんがあらかじめ食費や生活用品用として準備してくれていたとの話である。正直、申し訳なかったがそこは甘えることにした。


「ほら、冷める前に食べちゃいなさい。」


 着慣れていない異世界の服に手間取りながら着替えた当夜はようやく朝食の場に姿を現す。例によって着こなせていない当夜の乱れた服装を正すライラはまさに母親の姿であり、当夜はと言うと出来の悪い息子のようだ。どうやらその雰囲気に飲まれてライラが普段通りの言葉遣いに戻ってしまう。


「わかってるよ。」


 食事の乗せられたテーブルの普段の定位置につく当夜は目の前の食事とライラに感謝しつつもぶっきらぼうに返事する。要は照れ隠しである。


「ほう、お二人は親子だったか。ずいぶん仲が良くて微笑ましいものだな。」


 当夜の様子を静かに見守っていたザイアスは容姿の似ても似つかぬ二人を比べながら評する。


「あ、」「いえ、そういうわけでは...」


 ザイアスの言葉にハッとする二人はお互いに顔を見合わせる。


「お客様の前で失礼いたしました。こう見えて私はトーヤ様に雇われている家政婦でございます。主人は懐の大変深い人物でありまして、私のこのような態度もお許しくださる寛容なお方なのです。

でもね、トーヤ君、私のことはお母さんと思ってくれて良いんだよ。」


「ハハハ。僕の年でライラさんみたいな若い母親のいる人間はいませんよ。奥さんに間違えられるならあるかもしれませんが。」


「何言っているの。」


 当夜とライラの間では話がかみ合っていないのだが本人たちは実に楽しそうに笑いあっている。


「失礼した。どうやら複雑な事情のようだな。」


 ザイアスは彼らの関係性と会話の齟齬を短くまとめ切った。いや、面倒そうなので追及も思考もやめたというのが正しいか。


「この子は変に大人びているところがありますけど親元を離れて寂しい想いをきっとしているはずなんです。私はそこが心配なのです。だから、ザイアスさん、トーヤ様のことをしっかり導いてあげてください」


「ライラさん...」

(僕は、もう30近いんです。エレールさんが敷いてくれた設定がめちゃくちゃすぎて若い年齢を演じてますけど。)


 当夜はここのところそのことでずいぶんと悩んでいる。果たして本当のところを受け入れてもらえるのか、それとも一笑に付されるか。どうやらその姿がライラには先の会話に見られた寂しい想いとやらにつながってしまったようでもある。


「そう、だったのか。」


 ザイアスもまたライラの話をしみじみと受け取った。またしても、当夜の年齢後退に拍車がかかりそうだ。


「はいはい。湿っぽくなる話は終了! ところで、ザイアスさん、紅茶でもいかがですか?」


「では、ありがたくいただこう。」


 この世界ではコーヒーが見受けられない。かのギルドの酒場、もといレストランであっても見当たらなかった。当夜としては朝のパンにはコーヒーが良いのだが、それを解決するには豆を探す長い旅と試行錯誤が必要となるのだった。


 当夜が食事を終え、訓練の準備を整える頃には4鐘が鳴っていた。

 先に下見に向かったザイアスに訓練所で合流する。


「来たか。では、まずはトーヤ、君の戦闘スタイルについて考えようか。ギルドマスターから聞いた限りでは、筋力はお世辞にもあるとは言えん。ともすれば、武器や防具は大きく絞られてしまう。上げられるとすれば、」


「あの、お言葉の途中ですみません。実はもう武器と防具を発注してしまいして...」


「ほう。どんなのだ?」


「えぇっと。武器は主力としてショートソード、補助として投げナイフで、防具は除魔の服と小手になります。」


「うむ。まぁ、考えられる範囲内だな。魔法使いという案もあったのだが、そっちは良かったのか?」


「ええ。時空の精霊の能力は近接戦にこそ活きると思うんです。魔法は僕の中では補助的な感じです。」


「そうか。なら、これを持って構えて見せろ。」


 ザイアスが投げてきたのは訓練所のショートソードであった。

 当夜は無事落とすことなく受け取ると、何となく構える。その様子を見てザイアスの顔がひくついたのが見えた。


(うーん。思っていたよりひどいな。足の位置、体軸のバランス、目線、何より剣の持ち方、どれも10戦級だとしてもあまりに稚拙だ。まるで、剣を持ったのが初めてのようだな。)


 表情に変化の乏しいザイアスであったが、ギルドマスターと一戦交え、彼を驚かせたと聞いていただけに落胆が大きく、どうやらその考えは表情を大きく曇らせたようだ。


「変ですか、いえ、変なんですね。わかっていたんです。どうしたらいいですか。こうですか?」


 そこには教えを請いている身であることをすっかり忘れて、拗ねるように問いただす当夜の姿があった。そして、構えたのはテレビで見た剣道の中段の構えもどきであった。


(ん? 構えはそれなりになったな。ロングソードならちょっとは様になるかもしれんが、その体格ではな。何にせよ、最初は小剣での戦闘を教えておこう。そこからの派生となればいくらでもつぶしが利くはずだ。)

「まぁ、その型ならだいぶマシといったところだな。だが、人型の相手をするくらいにしか向かないな。いずれにしても実戦では、使いもんにならん。」


 そこからは、ザイアス指導のもとに剣の構えや防御姿勢、回避姿勢といった基礎訓練が始まった。訓練は、食事と小休憩を除いて夜まで続いた。

 翌朝も早くから始まり、剣と剣がぶつかり合う金属音が閑静な住宅街に響くこととなった。この日の夜ともなると、付け焼刃ながらにそこそこな構えを取れるようになっていた。


「よし! そこまで!

 明日は野外に出て魔物と戦う。装備は俺が用意したものとする。5鐘までに準備を整えるように。本日はここまでとする。しっかり休め。」


「フヒィー。つ、疲れた~」


 ショートソードを落として自身もそのまま床へと崩れ落ちる当夜。


「お疲れ~」


 そんな当夜を背後からがっしりと受け止めるライラ。本来ならばすでに帰宅してここにはいないはずの人物であった。


「うわっ、ライラさん!? 今日は大丈夫ですよ。っていうか、もう帰っているはずの時間でしょ。ただでさえ、昨日は家に帰らなかったのに、今日は早く帰らないと旦那さんが怒りますよ。」


 本来ならば喜ばれるような情景であるが、当の本人は至って迷惑そうに断りを入れる。


「そんなつれないこと言わないの。さぁ~て、今夜もう~んと揉んじゃうぞ~。」

(さ~あ、今日もう~んと抱きしめちゃうぞ。この子、小動物ぽくってかわいいんだよね。いじりがいがあるって言うのかな。もう、たまんない! さぁ、行こう! トーヤ君。)


 当夜を強引に振り向かせたライラはそのまま当夜の頭で頬ずりする。


「い、いや、大丈夫ですよ。昨日はものすごくたいへ『ギロリ』、ハイ、オネガイシマス。」

(ライラさん、見かけによらず物凄い力があるんだよ。昨日も筋肉つぶれるかと思ったよ。しかも、ダウンした僕を抱き枕にするまでは良いけど、たまに本当に息ができなくなるくらい強く抱きしめるんだよなぁ。あれ、本当にやめてほしい...)


「まぁ、ライラさんもあまりトーヤを苛めるものでは『ギロリッ!』、いや、何でもありません。」


(せ、先生! もっと頑張ってくださいよ!!)

(すまん。トーヤ。俺にはどうにもできん。明日、無事な姿を拝ませてくれよ。)


 颯爽と帰っていくザイアスに恨めしい目線を送るも、上機嫌なライラによってベットに運ばれていく当夜であった。

ライラ「ほらほら、ここ?ここでしょ?」

当 夜「にゃぎゃー!!(痛い、痛いって!)」

ライラ「あら、ここも大変!」

当 夜「ちょっ!ちょーーー!!(脇はくすぐらないで~!)」

ライラ「はぁ~~~。☆ヽ(*’∀’*)/☆。『ギュッ、ギュッ!』」

当 夜「ぐっふ。_(´ཀ` ∠)_ 」


2017/08/07本文更新

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